(5)
思いの外深酒をしちまったな。
イルカは覚束無い足取りで家路を辿っていた。イルカにとってアスマと飲むことは過去を遡ることだった。
過去はイルカにとって儚く淡い灯火のようだった。その灯火は時に優しくイルカを照らし、時に消えそうに揺らいでイルカを切なくさせた。今日は後者だった。最近ではそんな風に感じることもなくなっていたのに、傾ける杯がほろ苦かった。ほろ苦くて胸が詰まった。胸が詰まって苦しくて、苦しくて。最後には泣きたくなった。
もう慣れてしまった筈なのに。
崩れ落ちそうになる自分を奮い立たせるように、イルカは杯を呷った。酔いが弱い自分を麻痺させてくれると信じて。慣れてしまった筈のことが、今更こんなにも痛い理由をイルカは分かっていた。
イルカがようやくアパートの前まで来ると、階段の下に佇む影があった。
暗くて顔が見えないと言うのに、それが誰なのかイルカにはすぐに分かった。
「イルカ先生。」
足を止めたイルカに影の方がゆっくりと近寄った。僅かな月明かりが銀色の輪郭を薄くなぞった。
「カカシ、先生...」言いながらイルカは自然と俯いた。
こんなところで、どうしたんですか。そう言おうとしたのに言葉にならなかった。
昔もこんなことがあった。
カカシがイルカを待っていた。
あの夜もカカシはアパートの階段の下に佇んで。
冬の風に身体を凍らせながら、イルカの帰りを待っていた。
今日と違うところと言えば、銀色の輪郭を薄くなぞっていたのは、降り出した白い雪だったことだ。
家の中で待っていれば良かったのに、風邪ひきますよ、と心配して窘めるイルカに、カカシが三日月の形に目を細めて笑った。
だって、はやくおかえりなさいって、言いたかったから。
少しでもはやくイルカに会いたかったから。
待ちきれなくて。
おかえりなさい、イルカ。
カカシはそう言ってイルカの首に自分のしていたマフラーを巻いた。
帰り道、寒かったデショ?
絡めた指先はカカシの方がずっと冷たかった。冷たかったのに。
イルカは込み上げてくるものを我慢できなかった。
続く