(2)
カカシが火影に呼び出され、今度の下忍候補生に関する密命を受けた帰り道のことだった。
背後から「はたけ上忍、」と自分を呼び止める声がした。
カカシが振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
鼻の上を横に大きく走る傷と、黒い瞳が印象的な男だった。
誰だ、こいつ。
怪訝な顔をするカカシに男は言った。
「はじめまして、はたけ上忍。」
ペコリとお辞儀をする男の頭上で、括られた黒髪がゆらゆらと揺れていた。
尻尾みたいだな。
カカシがボンヤリと見入っていると、男は言葉を続けた。
「アカデミーでナルト達の担任をしておりました、海野イルカといいます。よろしくお願いいたします。」
海野イルカ。
その名前を告げられた時のカカシの衝撃は、例え様もないほどだった。
この男か。
この男の所為で、俺は。
それは目の前の男にとって、謂れのないことだと頭では理解していた。
だが、理屈ではないのだ。理屈ではなく。
カカシはイルカという男に詰寄って、なじりたい衝動に駆られた。
はじめまして。
はじめまして、とイルカは言った。
イルカは覚えていないのだ。俺が庇ったことを。
いいや、ひょっとすると庇ったことすら知らないのかもしれない。
自分の命が、誰かの犠牲の上に存えていることをイルカは知らないでいるのだ。
そして今、カカシの目の前で屈託ない笑みを浮かべている。
それは罪ではないか。
カカシは言い知れぬ憤りを覚えた。胸に燻っていた黒い炎が煙る。それはイルカへの憎悪だった。
罪は贖われねばならない。
カカシは自分の決意に酷薄な笑みを浮かべた。
あんたがそうして知らない顔をするんだったら。
俺も知らない振りをして。
あんたがそうして笑うんだったら。
俺も笑う振りをして。
屈託のない振りをして。
じわじわとあんたの日常を壊してやる。
あんたが俺から奪ったように。
カカシの右足が鈍く痛んだ。
続く