(15)

ヘマをした。

カカシは疲れた足を引き摺りながら思った。

ヘマを、してしまった。

背中が燃えるように熱かった。熱が出るかもしれないな、とカカシは冷静に考えた。燃えるような熱さが、しかし段々とカカシから体温を奪っていくのを感じた。背中をぬるいものが流れ落ちている。一歩また一歩と前に進む度に、体が重くなる。カカシは焦った。はやく辿り着かなければ。まだこの体が動くうちに。意識を手放す前に。

今日カカシはAランクの任務についていた。火の国を訪れている要人の護衛がその任務だった。
カカシを含む、木の葉の中でも腕の立つ上忍6名で編成された部隊でそれに当った。
簡単な任務だった。リスクの少ない、簡単な任務。

だが、そんな簡単な任務で俺はヘマをしてしまったのだ。
背中に大怪我を負ってしまった。
敵の攻撃を避けきれなかった。また右足に激痛が走ったのだ。

カカシはギュッと目を閉じた。一緒にこの任務についていた、アスマの驚いた顔が浮かんだ。

カカシ、お前ぇ....

それだけ言って、アスマは絶句した。アスマはその続きを口にせずに、カカシに応急処置を施した。

その時の、アスマの目。
何か痛ましいものを見るかのような。

お終いだ、とカカシは思った。

アスマに、悟られてしまったのだ。
俺の右足がポンコツだと。


もう、お終いだ。


今日の任務につく前から、予感めいたものはあった。近いうちに終わりの時がやってくるだろうと。
何故なら、あの日以来。郭で熱を感じなかったあの日以来。
右足が慢性的に鈍痛を訴えるようになっていたからだ。その上、発作的に襲ってくる激痛も頻度を増し、カカシを苛んだ。それは日常生活でも支障を来すほどであった。

もう隠し通せないかもしれない。

カカシはぼんやりと思った。しかしそれはまだカカシの心の中で、現実の問題として形を成していなかった。本当は分かっているのに、心の安全弁がそれを明確にすることを阻んでいた。

しかし今日任務についた時、その予感は確信に変わった。

任務を前にして、いつもなら感じる気分の高揚がなかったのだ。
湧き上がるものは何もなかった。興奮も。狂喜も。熱も。カカシを高ぶらせるものは何もなかった。
そんなことは初めてだった。こんな状態で戦えるのかと、カカシは不安になった。不安になったことなんて、今まで無かった。

何の高ぶりも感じないまま、カカシは敵と交戦した。
敵と対峙すれば興奮が戻ってくるかもしれないという僅かな期待は、あっさり裏切られた。

何かが変わってしまった、とカカシは思った。
何処が変わったのか。
どうして変わってしまったのか、それは全く分からないのに。

いつから俺はおかしくなってしまったのか。

考えたくない。考えちゃ、いけない。

だが、数ある疑問の中で、カカシはその答えだけは分かっていた。いつからおかしくなったのか。
それに対する、答えだけは。


イルカに、会ってから。


そう思った時、右足に激痛が走ったのだ。


敵から受けた傷は重傷で、アスマは何遍も、病院へ行くようにとカカシに言った。そのついでに、他もいろいろ検査して貰え、とアスマは付け加えた。アスマは真剣な目をしていた。その気遣いがカカシを余計に惨めにした。カカシは適当に頷きながら、病院ではない、別の場所に行く決心をしていた。

カカシは今日全て無くしてしまったので。
生きていくための場所を、失ってしまったので。

もう縋るものは一つしか残されていなかった。

憎むことだけしか。
イルカを、憎むことだけしか。

カカシは久しく足の遠のいていたアパートの前まで、ようやく辿り着いた。
限界を訴える体を叱責して、カカシはアパートの階段を、手摺に捉まるようにしながらゆっくりと昇った。


続く