(10)

事が終ると荒い息の整わぬ間に、カカシはジッパーを引き上げた。
引き上げられたジッパーがセックスの余韻を隠し、カカシは既に何事も無かったような顔をしていた。

カカシは結局一度のみならず、イルカの中に何度か精を吐き出した。
不思議な気持ちだった。おぞましさしか感じなかった男とのセックスに興奮した。陵辱が目的のその行為が、最後の方は快楽を拾ってくるための行為になっていた。イルカの、泣きながらも腰を揺らすいやらしさに、吐き出しても吐き出しても、欲が尽きなかった。

男も意外とそそるもんだな。
それとも、イルカの具合がいいのか。

栓の無いことを考えて、カカシは苦笑した。俺もとんだ変態だ。

イルカは畳の上にぐったりとうつ伏せていた。汗と精液にまみれたイルカの身体は淫靡な匂いを放ち、下肢の狭間からはカカシが吐き出した残滓を滴らせていた。それを満足げに見つめながら、カカシは腰を上げた。もう帰るつもりだった。
そしてイルカに背を向けたその瞬間、カカシの右足にツキリと鋭い痛みが走った。

「くっ...!」

カカシは思わず小さく呻き、前のめりに体を折った。その声にイルカがピクリと体を震わせたのが分かった。

くそ。なんだってこんな時に。気取られたら、お終いだというのに。

カカシは焦ってイルカを見遣った。
イルカはうつ伏せたまま両肘を床について、僅かに顔を上げていた。そしてそのまま、カカシの方を振り返らずに言った。

「何処か、怪我しているんじゃないですか...?」まるでイルカの方が痛みを感じているような声だった。

イルカは右足に気付いていない。

イルカの言葉にカカシは安堵して、質問に答えることなくそのままその場を去った。




パタンと閉じられるドアの音を背後に聞きながら、イルカは唇を噛み締めた。


やはり何処か怪我をしていたんだ...


それはセックスの最中も感じていた。
汗と精液の匂いに僅かに混じる、鉄錆びの臭い。最初は自分の血の臭いかと思った。だけど違った。それはカカシの血の臭いだった。

何処か怪我してるのか、とイルカは心配した。カカシがイルカを激しく揺さぶる度に、その臭いは濃厚さを増した。

馬鹿だ、とイルカは思った。怪我をしているのに、この人はこんなことをして。
こんなに自分を粗末にして。この人は馬鹿だ。

昔と同じだった。イルカと通じ合う以前のカカシもそうだった。
まるで自分のことを価値の無いガラクタの様に扱った。自分をちっとも大切にしてくれない。その上カカシは他人にも自分をガラクタの様に扱うことを強いた。イルカから見ると、それはとても腹立たしいことだった。

こんな命、いつ捨てちゃってもいいんだから。
丁度今、捨てようと思ってたとこ。だから邪魔しないで。

血の滴り落ちる腹部を押さえながら、あの時カカシはあっさりと告げた。カカシが自分を嫌っていることは分かっていた。だけど、自分だって怒っていた。カカシに自分の怒りを分からせてやると思った。だから言った。

それじゃあ、俺があんたを拾います。
捨ててあるなら拾っても構わないでしょう。それであんたを一番大切な宝物にします。
本当は宝物は大事に箱に仕舞っておく方がいいんでしょうけど、あんた仕舞うにはでかすぎだから。
自分で大事にしてください。仕方ないでしょう?勝手に傷とかつけたら承知しませんよ?

カカシはひどく嫌そうな、呆れた顔をして、それでも差し伸ばしたイルカの手を振り払わなかった。


大切にして欲しいのに。


イルカは胸の奥がキュウと締めつけられるのを感じた。自分が酷くされるのは、まだいい。それを自ら甘んじて受けているのだから。それでも愛しているのだから。もうカカシから一生分の幸せを、愛を、....そして約束を、貰っているのだから。


だけど、カカシは今幸せなんだろうか。


ふと思い至った考えにイルカは苦悩していた。
カカシは自分と通じ合う以前のカカシに戻ってしまった。
彼はまたガラクタの様に。
自分を貶めて。
気がつかぬままに。
暗闇の中に身を浸しているのだ。

その事実が一番イルカには耐えられそうにも無かった。




続く