体術
「イルカ先生、明日の休みはたまには何処か遠出をしませんか?」
カカシの提案にイルカは顔を顰めた。
「カカシ先生、俺、明日は予定があるって言ったでしょう。」聞いてなかったんですか?
少し咎めるような声で、イルカは擦り寄ってくるカカシの眉間をペシッと軽く叩いた。
「てて、乱暴だなあ、イルカ先生は。」
そう言いながら懲りもせず、カカシは鼻先をイルカの頬にすりすりと擦りつける。
「休んじゃいなさいよ、体術演習なんか。」カカシが拗ねるように言った。
「なんだ、ちゃんと聞いてたんじゃないですか。」イルカは少し呆れ気味だ。
明日は中忍の技能向上と維持の為に、定期的に執り行われる集団演習の日なのだ。
日によって演習科目は幻術だったり忍術だったりと異なるのだが、明日はたまたま体術だった。
「休むなんて駄目ですよ。出席するのが中忍の義務です。それに」とイルカは続けた。
「体術は俺、意外と得意なんです。」だから結構楽しくて。
そう言って本当に楽しそうに笑うイルカを、カカシは憮然とした表情で見つめた。
そんなカカシの様子に、そんなに何処か遠出をしたかったんだろうか、とイルカは少し申し訳無い気持ちになった。
「遠出するんだったら来週の休みにしましょう。約束しますから。」
ご機嫌を取るようにイルカが言うと、カカシがプイと横を向いた。あれ?とイルカが思っていると、カカシが唐突に言った。
「イルカ先生、明日の体術の組み手の練習、俺が相手するから、ちょっとやってみませんか?」
休めと言ったかと思えば今度は練習に付き合うという。カカシの言っていることは支離滅裂だ。まあ、いつものことだが。
「ヘンなこと、しないでくださいね?」
組み手からヘンなことに傾れ込みそうで、イルカが警戒して念を押した。明日は休みたくない。
「しませんよ。」カカシが構える。
「それじゃあ、遠慮しませんよ!」
言い終わらぬうちに、イルカが先制攻撃を仕掛けた。
先手必勝。カカシの手が先に入ったら、自分の負けだとイルカは分かっていた。
まずは中段突き。上、下と突きを散らし、相手の動きを封じる。イルカの突きは軽いが速さがある。カカシが防戦一本槍になっているのをほくそえみながら、上段受けの構えでガードがガラ空きになったカカシの胴に、イルカは回し蹴りを放った。
決まった!と思った瞬間、カカシが今までとは比べ物にならない速さでイルカの攻撃をかわし、空を切るイルカの足を思いきり掬い上げた。
「わわわっ!!」
イルカはそのままバランスを失って後に倒れこんだ。と同時にカカシがイルカの上に伸し掛かる。
「ヘンなことしないって言ったでしょう!?」
イルカが抗議の声をあげると、カカシが違います、と言いながらギュウッとイルカを抱きしめる。
いや、違わないし。
イルカが尚も言い募ろうとすると、カカシが「どう思いました、今の組み手?」と突然言い出した。
「ど、どう思うって...」
「あんな至近距離でっ!体と体が触れ合うんですよ!?」
声を荒げるカカシにイルカはポカンとした。
はあ?
「今の俺みたいに、どさくさに紛れてあんたに伸し掛かってきたり、あらぬところに触れてきたり、そういう不埒な輩が絶対います!!」
カカシの言い分が何となく飲み込めてきた。イルカは脱力した。
そんな物好き、あんたしかいないだろ!と突っ込んでやりたいが、それすらも馬鹿らしい。
かわいい嫉妬は歓迎するところだが、カカシのはちょっとずれていて笑えない。
行かないで〜イルカせんせ〜!!
ぎゅうぎゅうとイルカにしがみつくカカシの背中を、ポンポンと叩いて宥める。
鬱陶しい。
でも。
突き放せないんだよなあ。
イルカは一際大きい溜息をついた。
終
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