10000HIT御礼連載小説「歌を歌おう」


心の中に秘密の棲家を持ってる。
誰も知らない、
誰も踏み入ることができない。
荒涼とした大地にその棲家は建っている。
鍵を持っているのは、自分だけだ。

そこには色々なものが隠してある。

もう捨ててしまったような振りをして。
もう信じていないような振りをして。

それでも手放しきれなかったもの達が。
埃を被ったガラクタ達が。

その場所で、密やかに。
俺は歌を歌う。
もう二度と歌うまいと思っていた歌を。

誰も聴く人のいないその場所で。





「まずい時に帰ってきちゃったねぇ〜。」

カカシは荒い息で呼吸を乱しながらも、のんびりとした声で独りごちた。身に纏う暗部の白い服に滲む赤い血が、その面積をどんどん広げていた。カカシは木の葉の里へたった今、長期の任務を終えて帰って来たばかりだった。大人数の部隊を組んで出立したのに戻って来れたのはカカシ一人きりだ。そのカカシも結構な深手を負っていた。早く手当てを受けねばと思っていたのに、急速にその気持ちが萎えていくのを感じる。

よりにもよって、こんな日に帰って来るとは。

カカシは木の葉の里の其処彼処で焚かれる松明を見遣って、ちっ、と舌打ちした。
その日木の葉の里は年に一度の慰霊祭の日だったのだ。忍として任務中に命を落とした者達に、鎮魂のための祈りを捧げ哀悼の意を表するための。その日は一日中皆黒い服を着て過ごし、慰霊碑を参って供物を捧げるのが習しだった。
実はカカシはこの日が嫌いだった。里中が沈痛な悲しみに包まれるこの日が。
だからカカシは慰霊祭の日には必ずと言っていいほど任務を入れ、里に寄りつかないようにしていた。悲しみに眩れる人々を見ると、カカシは腹立たしい気持ちになるのだ。

泣いてどうする。
もう帰って来ないのに。
そんなものは生き残った者達の自己満足でしかない。
死者は何も求めないというのに。

ご苦労なことだ、と口元を皮肉に歪め、カカシは小さく呟いた。

里を襲った九尾の妖狐の事件から3年の歳月が経とうとしていたが、里の受けた被害は大きく、未だにその事件の爪跡をくっきりと残していた。今や大国の獅子と謳われた木の葉の里は見る影も無く、その隙に乗じて木の葉を落とさんと目論む近隣勢力との鍔迫り合いは激しさを増すばかりだった。

悲しみや憂いに身を浸している場合ではない。
今はもっと他に、やらねばならないことがあるというのに。

カカシは暫くぼんやりと木の葉の里の様子を眺めていたが、不意に踵を返すと、零れる血もそのままに里の外れへと足を向けた。今日一日は里外れの東の森で過ごそう、とカカシは考えていた。東の森は忍の個人修行の場としてよく使われていた。あそこには雨露を凌げる小屋もあるし、忍のための薬や非常食が常備されているはずだ。誰かに出くわすと面倒だが、よもや今日のような日にそこにいるものはないだろう。

俺みたいなへそ曲り以外は。

ポトポトと血の道標を作りながら東の森にようやく辿り着くと、休息の為の小屋へ向かって真っ直ぐ進む。カカシの体はもう限界に来ていた。

やば...手当てしてる暇無いかも。

カカシの視界が僅かに霞んでいた。だから最初は見間違いかと思った。
その霞む視界に人影のようなものが映った時。霞む目が誤認したのだと。
だが今度はカカシの耳が嗚咽のような響きを拾った。
カカシは驚いて、思わず急ぐ足を止めた。
習慣で木の蔭に身を隠しながら、カカシはこっそりとその嗚咽がする方向を覗き込んだ。

するとそこには、少年が座っていた。大木に背中を預けて。
黒い髪を頭の後ろで括った少年は背格好から鑑みて、カカシと然程年が変わらないように見えた。
少年は顔も隠さずに、黒い大きな瞳から大粒の涙を零していた。
誰にも見咎められることの無いこの場所で、安心して泣いているようだった。
木の葉の里の者だと思うのに、少年は慰霊のための黒い服を着てはいなかった。

今日こんな場所に、俺以外の奴がいるとは。

カカシはその事実に少しだけ驚いていた。しかも何故こんなところで泣いているのだろうか。



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