(7)

「釣りに行こう、カカシ」
任務が終わったその週末、イルカはまた眠りに就くカカシを揺り起こした。
まさか本当にイルカが再びやって来るとは思っていなかったカカシは、

…勘弁してよ…ほんともう、まじで。

ガクガクと揺すられながらも、頑なに目蓋を閉じていた。
釣りに行くような気分じゃない。イルカと一緒の任務に赴いてから、何か苛立ちにも似た感情がカカシの胸の奥に燻っていた。陽炎のように暗い感情が揺れている。それをどうしても消す事ができない。
「カカシ、」
イルカは反応を返さないカカシの体を更に乱暴に揺さぶった。
それだけで脳震盪になってしまいそうな勢いだ。
「カカシ、ねえってば、」
ねえねえとしつこく耳元で囁かれて。
「…煩いよ、」
カカシは観念してイルカに返答を返した。
「あ、やっと返事した」
嬉しそうに笑顔を浮かべるイルカに一気に捲くし立てる。
「俺はね、生憎今日は疲れて具合が悪いの。分かる?釣りに行くのは無理って事。」
ある意味嘘ではない、それはカカシにとって真実だった。
イルカといると疲れる。酷く、苛々する。
心の奥深くから這い出した何かが暴走してしまいそうになる。
実際任務中でも無いのに、現れたイルカの姿にカカシの神経はピリピリしていた。

今、こいつと一緒にいたくない…

カカシはイルカの手を払い除け、
「分かったら、出てってくれる?」
ハイ、さよ〜なら〜
わざとらしく手をひらひらさせて、布団を頭から被り直した。イルカがどんなに粘っても、カカシは頷くつもりはなかった。

実力行使に出て、俺の腕の一本でも折ってみせればいいのに…

カカシは剣呑な事を考えた。そうすれば堂々と、火影に抗議する事が出来る。イルカと離れる事が。今まで上手くやってきたのに、何故今更イルカなどを自分の元へ寄越すのか。

…イルカをつけたところで何も変わらない〜よ、変わる筈が無い。

敵を殺す。
殺す。
殺す。
殺す。
殺す事事態に何の意味も無い。何か意味を感じちゃいけない。ただ任務依頼の言葉通りに、人間を肉塊に変える。
自分自身が敵を切り裂く刃物になってしまったかのような錯覚。
だけど少しは人間らしくある為に。

切り裂く獲物に愉悦を求めるは別にいいんじゃないの?
だって、任務に罪の意識を持つなかれと教わった。
後悔や悲しみが許されないなら…楽しむしかないじゃない、違うの?

…よく分からない。

どうしてイルカがあんなに悲しそうな目で自分を見たのか、分からない。
分かっているは、再びその時のような瞳で、イルカに見られたくないという事実だった。
「カカシ…」
布団の中で身を縮めるカカシの背中で、イルカがふうと大袈裟に溜息をつく音が聞こえた。
次いでどんと何か荷物を床に置く音がする。それはおそらくイルカが持参した釣り道具一式を床に下ろした音だと知れた。

……?どうして釣り道具を置いて…

カカシが首を傾げていると、傍らに暖かな物体がするりと入り込んできた。それはイルカだった。なんとイルカがカカシの布団に入ってきたのだ。

えっ、

あまりの驚きに固まるカカシに、
「…実は俺もなんか疲れてて…一緒に眠ってもいいかなあ?」
イルカは了承の返事を待たずして、すぐにくうくうと寝息を立て始めた。
「ななななな、な、なな……っ、」
漸く体の自由を取り戻したカカシが、慌ててイルカの体をどけようとした時。
カカシはその異変に気付いた。

イルカの体が…物凄く熱い…

咄嗟にイルカの額に手を置くと、恐ろしいほどの高熱を感じた。
ただの風邪にしては熱が高すぎる。
嫌な予感にカカシの胸がざわめいていた。

続く