(6)

赤い炎の中で赤子は泣いていた。事切れた母親の腕の中に大切そうに抱かれて。
母親の剥き出しの手には疫病の兆候があった。黒ずんだ部分がぐずぐずと腐って崩れている。
その光景を前にイルカは無言のまま立ち尽くしていた。炎の熱で息苦しいのか、また無頓着にも面をずらして素顔を晒している。イルカは悲しそうな瞳をして唇を固く引き結んでいた。

は。なんつー顔してんだか…

イルカの様子にカカシは驚き呆れた。この程度の事で一々感傷に浸ってたら、暗部なんてやっていられない。
どうしてこいつが暗部なんだと内心悪態をつきながら、カカシは面の下で捻じ曲がった笑みを浮かべて言った。
「あんた、まさかその赤ん坊を助けようなんて思ってないよね?」
皮肉に彩られた言葉にイルカは行動で応えた。すらりと刀を抜くと躊躇う事無く振り下ろす。
ひゅんと空気を切る音がして、その勢いに火柱が揺れて形を崩した。
次の瞬間。
赤子の泣き声が止んだ。
茫然とするカカシの目の前で、イルカが何事もなかったかのように小さな骸から切っ先を引き抜いた。
急所を一突きだった。見事な手並みに赤子は苦しまずに逝けただろう。

…甘ちゃんだと思っていたけど結構やるね…

カカシは感心しながらも、一方でイルカに対しよく分からない苛立ちを感じていた。
イルカは当然の事をしたまでだ。それなのに何故だろう、落胆にも似た気持ちがカカシを支配する。
それがどうしてなのか分からず、カカシは苛々を募らせた。
「放っておいてもすぐに焼け死んだのに…」
思わず口を吐いて出た言葉が、まるで赤子に刃を立てたイルカを非難しているようでカカシは慌てた。自分で自分が信じられなかった。

何言ってんの?俺…これじゃどっちが甘ちゃんなのか分からない〜よ…

一人わたわたしていると、
「…苦しまないようにしてあげなくちゃ、」
イルカがポツリと呟いた。
「殺さなくちゃいけないなら、せめて少しでも苦しまないようにしてあげなくちゃって思ったんだ…」

だから。じわじわと灼熱の炎が赤子の柔肌を焼き、骨までをも灰にするまで。
苦しみのた打ち回る赤子を放っておく事なんてできなかった。

言いながらイルカは悲しそうに顔を歪めた。
イルカの言っている事は分かりそうでよく分からなかった。
苦しまないように、などとそんなものは加害者側の自己満足じゃないかとカカシは思う。
「結局命を奪う事にはかわりが無いのに…何の違いがあるの?」
カカシの言葉にイルカは困惑した表情を浮かべた。
「…全然違うよ、カカシ。」
イルカはそう答えただけで口を噤んでしまった。何処に違いがあるのかは、遂に教えてくれなかった。




続く