(5)

暗夜の下轟々と燃え盛る火の中を異形の面をつけた影が跳梁する。その影は四つ。
影が躍る度に、悲鳴を上げ逃げ惑う人々が道端に倒れ、動かぬ肉塊と成り果てた。それは一瞬の事だった。

つまんないの…

カカシは獲物に突き立てた刃を面倒臭そうに引き抜くと、後方に大きく飛んで身を離す。今回は自分の好きなように嬲り殺せない。それはカカシにとって任務を酷く退屈なものに変えた。だが仕方が無い。飛沫を浴びると感染する。出血の少ない方法で、一撃で仕留めねばならなかった。

疫病に侵された村を焼き払い、皆殺し…か。

つまらない任務だとカカシは欠伸を噛み殺す。もとより相手は忍でも何でもない。手応えが無い上にじわじわと追い詰め恐怖を煽る事もできない。カカシは無表情に手にした刃をただ閃かせた。疾走するカカシに道をあけるように、前方に逃げ惑う村人がドサドサと両脇に崩れ落ちる。上がる血飛沫はなく、刃の先をつうと黒い血が一滴伝い落ちるばかりだ。その時。
「鯵で練習しておいてよかったな、カカシ。わかってきたみたいじゃないか、」
併走する影が、緊張感の無い声で囁いた。
「大体練習しとかなかったら、お前今頃血塗れで感染してたと思うよ!意外にぶきっちょだからなあ、」
俺のお陰だね、と場違いにもニッコリ微笑むその影は、言わずもがなイルカであった。

意外にぶきっちょってなんだ…!?俺は木の葉一の業師と言われてるんだぞ…!

カカシは怒鳴りつけたい思いをぐっと堪えて無視しながらも、内心で大きく嘆息した。

こいつも一緒なんて…

元々緊張なんてしていなかったが、イルカの声を聞いていると更に脱力してしまう。

というか、やる気削がれるんだよね…なんでこんな編制なのかなァ…

カカシの頭の中で糞爺の高笑いが木霊する。ちっとカカシは忌々しげに舌打ちした。
幾ら素人の村人相手とはいえ、飛沫を一滴も浴びずに任務を遂行するなど至難の業だった。それ相応の腕がなければこなせない任務。選ばれたのはカカシと暗部の手だれと新入りのイルカだった。カカシと古参の二人はともかく、イルカは大抜擢だ。

まあ…確かに腕は俺と同じくらい立つけど…

なんだか調子が狂うとカカシは眉間に皺を寄せた。これからもイルカと組む事が頻繁にあるんだろうかとその可能性を考えると、眉間の皺は更に深くなった。思わず、うう、と呻き声まで上げてしまう。
「何呻いてんだよ?気を抜いてると命取りになるぞ!しっかりしろよ、カカシ。」
バアンと景気よくイルカに背中を叩かれて、カカシはうう、と先程よりも大袈裟に呻いて、猫背な背中を更に丸くした。イルカは力の加減を知らず、その馬鹿力に骨が軋んだ。

お前のその何気ない振る舞い方がよっぽど命取りになるっての…!

恨みがましくイルカを睨み付けてみたところで、イルカはそんなカカシに既に全く気を払っていなかった。
「もうそろそろ終わりかな…」
後衛の古参二人が死体の数を確認しながら火を放っている様をちらと振り返り、イルカが呟いた。一応カカシとイルカも村人の数を数えながら進んでいた。視界にも動く影は見当たらない。

これでお終いか…つまんない任務…

カカシがフウと溜息をつくと、
「カカシ…つまんないって顔してるな…」
イルカが呆れたように苦笑した。
その時。轟々と唸り声を上げる炎の中から微かな声が聞こえた気がした。

まだ誰か生きている。

一瞬緊張が走り、すぐに耳を欹てる。聞こえてくるのは泣き声だった。
微かに、赤ん坊の泣き声が炎の中から。
カカシはそれを確認すると、ほっと息をついた。
「なんだ、赤ん坊か…この火の回りだ。放って置いても直に焼け死ぬでしょ。」
だからわざわざ止めを刺す必要も無い。その為にこんな火の海の中に飛び込むほうが危ない。
だが次の瞬間、イルカは身を翻し躊躇う事無く火の海に突っ込んでいった。
赤ん坊の声のする方へ。
「イルカ…っ、」
カカシは驚愕に思わずその名を叫んだが、イルカは振り返らなかった。
炎にその背中はあっという間に掻き消されていく。
「あの馬鹿…っ!」
悪態をつきながら、カカシも思わず炎の中に飛び込んでいた。

続く