(4)

鯵の三枚おろしは悲惨な結果に終った。
ビチビチ跳ねる鯵を押さえつけ、まずは頭を落とそうと刃を立てたら。

びちん!

鯵は俎板から勢いよく飛び上がって床に落下した。中途半端に切られた傷跡から赤黒い血を振り撒きながら、鯵は床の上で喘ぐように口をパクパクさせながら跳ねていた。

「ああ〜!何やってんだよ、もう!」

イルカが雑巾を手にしながら呆れ返ったような声を上げた。その様子にカカシはムッとした。別に魚など下ろしたくないのに、無理矢理やらせておいてその言い草はなんだ。しかしカカシが怒鳴るより早くイルカが鯵を拾い上げ、「魚が可哀想だろうが!」と反対にカカシを怒鳴りつけた。その言葉にカカシは不覚にも瞬間ぽかんとしてしまった。

さ、魚が可哀想・・・?

聞き間違いかと思ったが、イルカは大真面目な様子で再度言った。

「美味しい刺身になってくれるんだから・・・包丁を入れる時は苦しまないようにすぐ楽にしてあげるのが鉄則だろ?」

「どうせ食べるのに・・・何言ってんの?」カカシが呆れた調子で返すと、

「食べるからだろ!?」とイルカが当然の事に言う。

「俺達が食べるから・・・苦しまないようにしてあげるんだ。」

言いながら血だらけになった鯵のえらの横にサッと包丁を通すと、跳ねていた鯵の動きがぴたりと止まった。それからゆっくりと頭を切り落とす。イルカは慣れた手つきで三枚に下ろすとその皮をはいで薄く削ぎ切りにした。カカシはその手際のよさを感心したように眺めながら、イルカの言葉を頭の中で反芻していた。イルカは何が言いたいのかカカシにはさっぱり分からなかった。

言ってる事が矛盾してるんだよ・・・可哀想なら食べなきゃいいじゃないか・・・

思いながらも何となく。

へえ、ああやってやるのか。・・・・次には俺にもできそうだな。

魚の下ろし方は分かったような気がした。確かにあんなにビチビチ跳ねて血を撒き散らせるよりは、さっと殺してしまった方が面倒が無い。そう考えながらカカシははっとした。

何魚の下ろし方について考えちゃってるんだよ・・・!?つ、次はもう無いけどな絶対!

そのカカシの心の内の動揺を知ってかしら知らずか、イルカは出来上がった刺身を皿に盛り付けながら言った。

「これは冷蔵庫で冷やしておくとして・・・次もバンバンいってみようか、カカシ?」

イルカは明るい笑顔でバケツの中から再びビチビチと跳ねる鯵を掴んでカカシに差し出した。

「一杯釣ったから、今日は沢山練習ができるな・・・!」

「はあ・・・!?」カカシは思わず間の抜けた声を上げていた。イルカといるとそんな事ばかりだ。

まさか・・・バケツの中の魚を全部下ろすのか・・・!?

カカシは自分の釣った大量の魚を見詰め顔を青褪めさせた。悔しがるイルカの顔を見たくて調子に乗って釣り過ぎた。こんな結末が待っていようとは。

そのカカシの様子をイルカはどうとったのか、

「心配すんな、全部刺身にするわけじゃないから。後は天麩羅にしてやるから持って帰って夕飯にでも食えよ。」それがさも良い事の様に呑気に言った。

よりにもよって天麩羅。カカシの嫌いな料理だったがカカシはそのことを口にしなかった。言ったが最後、またお小言を食らいながら無理矢理口に捻じ込まれそうだった。

何でこんな面倒な事に・・・

何でと思いながらもイルカに逆らえない。本当になんでなんだろうか。カカシは手渡された活きのいい鯵を見詰めながら、ハアと大きく溜息をついた。

 

何十匹という魚を下ろし終わった後、ようやく朝食をとった。
カカシは何十匹という魚を下ろしまくって、食べる前に既に食傷気味だったのだが、いざ口に運んでみると刺身は意外に美味しかった。魚が新鮮な所為だろうか。
思いながら正面に座るイルカをちらと見遣った。すると掻き込んでいるただの白米がとても美味しく感じられた。

「釣り、来週も行こうな」

イルカはもりもりとご飯を食べながら当然のように言った。

マジかよ・・・

思いながらも何故かカカシは何も答えなかった。いいとも嫌だとも。

イルカはそれには気を払わず、ちょっとだけ面白くなさそうな顔をして、

「まあ、その前に俺達任務だけどな!釣りに行けるように、ちゃっちゃと終らせちゃおうぜ?」

ぽりぽりと沢庵を噛んだ。

に、任務・・・?俺達って・・・え・・・・!?

「・・・・はああああああ〜〜〜〜〜!?」

カカシはその日何度目になるかも知れぬ間の抜けた声を盛大に上げていた。

 

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