(3)

不機嫌そうに口を尖らせながらイルカが俎板と包丁をシンクの上に置く。

「カカシがあんなに釣りが上手なんて知らなかった!」

ぷうとイルカが頬を膨らませる。今時小さな子供でもやらない仕草だ。カカシはやれやれと呆れながらも、ここぞとばかりに意地悪く口の端を吊り上げた。

「お前が下手すぎるんじゃないの?」

腕を組んで高飛車な調子で言えば、すぐにイルカはムッとした顔をして、「いつもはこんなんじゃない・・・!」と手にした包丁で無意味にダンダンと俎板を叩いた。危なっかしい事この上ない。イルカの不機嫌な理由は釣りの軍配がカカシに上がったからだ。同じ場所で糸を垂れながら、カカシは大漁でイルカは丸ボウズだった。要するにイルカは一匹も釣れなかったのだ。カカシにはどうでもいい事だったが、そんなどうでもいい事に一喜一憂するイルカが良くわからない。
「そんなに欲しいならくれてやる、」と魚を押し付けてすぐに帰ろうとしたら、案の定「駄目駄目、」とイルカにがっちりと腕を掴まれた。

「今から俺のうちでこの魚をさばくんだから。刺身を食べようって言っただろ?」

朝から刺身。その事にもげんなりしたが、イルカの家に連れて行かれるという事実にもっとげんなりした。

こいつの親父やお袋も、人の話を聞かない強引な輩なんじゃないだろうか・・・・

嫌な予感に顔を暗くしながらも掴まれた腕を解けない。悔しいがイルカの方が筋力では勝っていた。

もう好きにしてくれ・・・。

投げやりな気持ちのまま連れて行かれたのは築何十年といった古ぼけた民家だった。ここが俺の家、と言いながらイルカは慣れた様子で鍵を取り出した。イルカはただいまも言わず、無造作に長靴を脱ぎ捨てると「俺しかいないから遠慮すんなよ!」とカカシに言った。

まさか一人で暮らしてるのか・・・・?

その予感は正しく、通された部屋には敷きっぱなしの布団が持ち主が出て行った時のままの形を保っていた。その側には畳まれずに寝巻きが脱ぎ捨てられている。

「今朝寝坊しちゃったから慌てちゃってさ・・・!いつもはちゃんと畳んでるんだけど。」

イルカは少しだけへへっと笑って照れ臭そうな顔をした。

「お前一人暮らしだったのか・・・」

思わずカカシが尋ねると、「うん、早くに父ちゃんも母ちゃんも任務で死んじゃってさ、」イルカは台所の流しに魚のバケツを置きながら言った。

「それからずっと一人でここに住んでる。」

カカシは何でもないことのように言うイルカを意外に思っていた。
てっきり優しい両親の元、甘やかされて育てられたのだとばかり思っていた。まるで暗部に向かない世間知らずな性格。

そりゃあ、腕っぷしはたつけど。それだけじゃ生き残れない・・・・

カカシは台所で魚をさばく準備を始めるイルカを見詰めながら、どうしてこいつは暗部に入ったんだろうと不思議に思っていた。

「カカシも手伝えよ」

イルカは有無も言わさずカカシを台所に引っ張り込む。最早カカシは抵抗する気力もなかった。
ガスコンロにはラーメンを噴きこぼした跡こそあったが台所は概ね清潔で、鍋に残った肉じゃがや水切り籠に伏せられたお椀に生活の臭いがした。一生懸命一人で生きている、イルカの生活の臭いが。
カカシの家に台所はあるが使われた例はない。こんなに人が生きている温もりも感じさせない。

それを当たり前のように思っていた。

でも。

こいつは違うんだな。

ぼんやりとしていると、ほい、と軍手を渡された。

「軍手してないと手、怪我するぞ。」

真面目な顔をしてイルカは言った。

「じゃあ、俺が見ててやるから・・・カカシ、ちょっとその魚を下ろしてみろよ。」

本気だったのか・・・・

カカシはがっくりと肩を落としながらも、びちびちと跳ねる活きのいい鯵を受け取った。

 

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