虹の端っこ

雨上がりの空に大きな虹がかかっていた。

「あっ!虹だ!虹が出ているよ!」見て見て!わあ、きれい!

突然の虹の出現に大はしゃぎの子供たちは、授業中だということも忘れてワアッと窓際に詰め寄った。

「こらこら、授業中だぞ!」

イルカはそう子供たちを窘めながらも、自分も窓際に近寄って虹を仰ぎ見た。
ただの雨滴が光りを反射させているだけなのに、その光景の何と神秘的で美しいことか。
子供たちも口々に、きれいだねえと感嘆の声を上げた。

「先生、虹って何でできているの?」
「虹の橋は渡れるの?」
「虹の端っこって、どうなってるの?」

イルカは子供たちに質問攻めにされながら、無邪気なものだなあ、と目を細めた。さて、どう答えようか。
学問的に答えるのは簡単だったが、子供たちのきらきらと輝く瞳を見れば、そんなありきたりな答えを彼らが求めていないことは明白だった。イルカは困ったように鼻の上をポリポリと掻きながら言った。

「虹の橋はお日様の光りでできていて、虹の端っこには幸せの国があるんだよ。そこには神様が住んでいて、時々この世界の人たちを招待してくれるんだ。その時に虹の橋を渡れるんだよ。」

イルカの両親からの受け売りだった。
いいなー、俺も行きたい、私も!次々に声を上げる子供たちに、そうだな、いつか行けるといいな、とイルカは相槌を打ちながら、ほらほら授業を続けるぞ、みんな席に戻れと号令をかけた。


「童話か何かですか。」アカデミーの仕事が終る頃、ひょっこりと姿を現したカカシがイルカに向かって突然尋ねた。

「何のことです?」話が見えなくてイルカは顔をしかめた。カカシはいつもそうだった。話がいきなり過ぎてよくわからないのだ。

「ええっと。子供たちに虹の話、してたデショ?」

「聞いてたんですか。」一体何処で、いつの間に!?あんた、任務はどうした?と、もう突っ込む気にもなれないほど、イルカはこの男の行動に慣れてしまっていた。

「はい。イルカ先生があんな非現実的な返事をするなんて、びっくりしました〜。」
いつもだったら絶対に、空気中の雨滴が太陽の光を屈折反射してできる帯状のものを虹というんだ、とかなんとか超現実的な答えしかしないでしょう、イルカ先生は。真面目というか融通が利かないというか。ねえ?

「あんたね、喧嘩売りに来たんですか!?」カカシのあんまりな物言いにイルカはカッとなった。

「いえね、だからイルカ先生に何かあったのかなあ、と思って。」いつもと違うから。

しれっと告げるカカシに、イルカは先ほどまでの怒りが急速に萎んでいくのを感じた。そして同時に言い様の無い気持ちが込み上げてくる。

どうしてなんだ。
どうして。
この人には分かってしまうんだろう。

「あの話はね、俺が小さい頃、よく両親が話して聞かせてくれたんです。子供たちに話して聞かせたのとはちょっと違うんですけど。」

虹の端っこには幸せの国があってね、
こちらの世界で心や身体の傷ついた人々がその傷を癒すための場所なんだ。
傷ついた人だけが神様に許されて、虹を渡って幸せの国へ行けるんだよ。
そしてその傷が癒えたらまた帰ってくるんだ。

だからもし。
私達がお前の前から消えるようなことがあったら。
それは幸せの国に行っているんだよ。
傷が癒えたら必ず戻ってくるから。
お前は心配しないで待っておいで。

先に逝ってしまった時、イルカの悲しみを少しでも和らげるための、優しい嘘。

「でも俺は信じてたんです。半分は嘘だと思いながら、半分は。」

だから虹が出るたび。
イルカは走った。虹の端っこを目指して。
山の中腹に架かっているように見えれば、山を登った。
虹が消えてしまう前に辿り着かねば、と焦りながら。

「今日はね、なんとなくそんなことを思い出していたんですよ。」イルカはそう言いながら笑った。

カカシは告げる言葉も無く、きゅうとイルカを抱きしめた。
イルカはそれに抗うでもなく体を預けた。
カカシのぬくもりがイルカの心をじんわりと暖める。

ああ、ここだとイルカは思った。
傷ついた心も身体も癒してくれる、幸せの国。

カカシの腕の中が虹の端っこだった。


                  終
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