第六回

「―――遺体を確認しても?」
ぼんやりとするイルカに、キース=スケアクローは落ち着いた声で尋ねた。
「あ…は、はい…どうぞ…!」
イルカはハッとして、テントの奥へと男を招きいれた。

ば、馬鹿、何やってんだ…?目の前の男がちょっとカカシに似ているからって…一瞬でも職務を忘れるなんて最低だ…

遺族の気持ちを思えば、今はそれどころではないのに。
しっかりとした足取りで遺体袋に近付く男に、
「何かお手伝いしましょうか?」
イルカが声をかけると、
「いや、結構。」
男はイルカの手を借りず、自分の手でそのチャックを下ろした。
ジー…と躊躇い無く下ろされるチャックの間から、最後の遺体が顔を出す。
瞬間イルカは思わず呻き声を上げそうになって、慌てて手で口を塞いだ。
布の下から現れた遺体は今までの中で特に損傷が激しかった。
頭の左半分が吹き飛び、脳味噌が散っている。崩れかかった血塗れの顔の中で、今にも何か叫びだしそうに口が半分開いていた。
多分、そう―――‘助けて’と叫ぼうとして。
この子供はそのまま…
その遺体の酷い有様は、辛うじてその場に立っていたイルカの気力を、根こそぎ奪い去った。ペンを走らせ、チェックを入れなければいけないのに、手が動かない。手が、どうしようもなく震えていた。

…しっかりしろ、

イルカは心の中で自分を叱咤した。
肉親である筈の男は背中を向けていて、その表情は窺い知れない。男の顔に浮ぶのは悲嘆なのか絶望なのか。それとも…。
イルカがそんな事を考えていると、目の前の男が突然身をかがめた。
男は子供の吹き飛んだ頭を撫で、血で汚れた頬に頬擦りし、そして最後に。
「アーニー…」
優しくその名前を呼んで、その頬に口付けた。
慈しむように。
とても穏やかな微笑を浮かべて。
恐怖を抱えて逝ってしまった魂を宥めるように。

もう、大丈夫だからね

男の心の声が聞こえるような気がした。
その姿を見ていたら、どうしてだかイルカの方が。イルカの方が堪えきれなくなった。
「……っ、」
震えるイルカの手からペンが滑り落ちる。
「す、すみませ…」
慌てて拾おうと身をかがめ、イルカはぼやける視界に悪戯に手を彷徨わせた。
その時、先にペンを拾った男がどうぞとばかりにイルカにペンを差し出した。
「ど、どうも…」
顔を上げてちゃんと言いたいのに、頬を伝い落ちる涙の感触に、とても顔を上げられない。

…俺は警官失格だ…こんな事くらいでいつも動揺して…

目の前の肉親を失った男は、一滴の涙も零さず気丈に振舞っているのに。

さぞ呆れてるだろうな…情けない、

イルカの想像が正しい事を裏打ちするように、
「貴方は警官に向かないようだね、」
キース=スケアクローは少し呆れた声で言った。イルカの頬が羞恥でカアッと熱を持つ。
「でも、アーニーの為に泣いてくれてありがとう、」
男はテントから出て行きながら、イルカに向かって微笑んだ。
イルカはそれを聞きながら、自分は子供の為に泣いているのだろうかと疑問に思った。

よく分からないけれど、多分違う。自分が泣いているのは、あの人が…

ぼんやりとテントの中で立ち尽くしていると、
「吃驚した…まさかキース=スケアクロー本人が来るとは思わなかったわ、」
男と入れ違いで紅が入って来た。
「く、紅さん…、今の男の人をご存知なんですか…?」
イルカは大慌てでごしごしと目元を擦りながら、紅に尋ねた。
「イルカ…あなた石器時代からやって来たんじゃないでしょうね?キース=スケアクローといったら…」
紅が呆れたようにその男について話し始めるのを、イルカはただ黙って聞いていた。

続く