「ass hole(くそったれ)!」
口汚いアスマの叫びに、いつもは顰め面をして窘めるイルカも今日は無言のままだった。
本当に息を吐く暇も無く、犯罪はあちこちで起こっている。
昨日カカシの事件に頭を悩ませていたかと思えば、今日はまた別の事件で頭が一杯だ。
現在進行形のバスジャック事件は立て篭もりから四時間が過ぎていた。
バスを乗っ取った時点で運転手は凶弾の餌食になっている。
悲愴なのはそのバスがただのバスではない事だった。小学校のスクールバスなのだ。
乗っ取られた直後、恐怖に泣き叫ぶ子供達に向けて何発か銃弾が撃ち込まれたようだ。
その銃声を確かに聞いたと目撃者は震える声で言った。今バスは静寂に包まれている。恐怖が子供達の口を噤ませているのだ。
撃たれた子供はいるんだろうか…それは何人なのか…失血の状態は…
考えてイルカは知らず十字を切った。穢れなき全き魂が摘み取られる残酷に体が震える。
こんな事件は遣り切れない。
「こうしている間にも誰か子供が死んでるかも知れねえ…いつまで待ちゃあいいんだ?」
悲劇はいつもマスコミの格好の餌食だ。早くも事件を嗅ぎ付けたマスコミのヘリが頭上高くばらばらと飛ぶ。
アスマはまた悪態を吐きながら、苛々と煙草に火をつけた。
「ネゴシエイターの力量次第ですね、」
立て篭もった犯人は離婚した妻と、その妻が連れて行った娘との面会を求めていた。
職も無くアルコールに依存する男に法律の壁は厳しかった。この何年か娘との面会を拒否されているというのだ。
銃を子供につきつけ、自分の娘への愛を切々と訴える。反吐が出そうだった。
スクールバスに乗っている子供は二十四人。これ以上犠牲を広げない方向で慎重に進めている。ネゴシエイターも根気強く彼是二時間男の相手をしていた。気の長い話だと吐き捨てるアスマに、
「交渉次第では怪我人を先に解放してもらえるかもしれません。」
イルカは自分に言い聞かせるように言った。しかし不確定な希望は慰めにもならない。
「それは何時間後の話?怪我人どころかその頃にはもう遺体じゃなくて?」
きつい口調で紅が口を挟む。血の気の多いアスマと紅に謂われも無く責められて、イルカは身を竦めた。
「犯人が発砲しなくても、後二時間もすれば自動的に死体が一つできるわ…心臓病の子がいるの。定刻に飲まなければいけない薬があるのよ。」
イルカは暗澹たる気持ちで紅の言葉を聞いた。
目と鼻の先にバスは留まっている。その中で子供達が苦しんでいる。それなのに何もする事が出来ない。
ふとナルトの姿が頭に浮かんだ。今日はちゃんと学校へいっただろうか。
思い浮かべるだけで心が和む筈のナルトの笑顔が、今日は胸を苦しくさせる。
理由は分かっていた。

馬鹿馬鹿しい。あんな得体の知れない紙切れ一枚に…こんなに動揺して…

無論イルカも信じているわけではない。ただ一体誰が何のつもりでこの紙切れを郵便受けに押し込んだのかと、それが気になった。

もう十年以上前の話を。一体誰が…

その時突然静寂を破って銃声が鳴った。ぱりんと硝子の割れる音と共に恐怖に満ちた幼い悲鳴が上がる。
「交渉に失敗しやがった…っ!」
アスマの反応は早かった。
「お前ら援護しろ!」
一瞬凍りついた現場にアスマの咆哮が響き渡る。
イルカがハッとした時には飛び出したアスマご自慢のデザートイーグルが火を噴いていた。

続く