音色



調子はずれな歌声とフガフガとたどたどしいオルガンの音が、音楽室から漏れていた。

「下手ですねえ。」カカシがクックッと肩を揺らして笑った。
「下手だから練習しているんです!」イルカがキッ、と睨みつける。

黄昏が音楽室を赤く染め、沈みかけた夕陽の最後の残り火が二人を照らしていた。
夜の闇はすぐそこまで来ていた。

「まだ帰らないんですか〜?」帰りましょうよ〜、折角俺もはやく終わったんだし、とカカシがイルカの腕を引っ張る。
イルカはそれを払いのけると、構わずまたオルガンに向かった。秋の音楽発表会が近かった。
イルカは子供たちにこの歌を教えねばならなかったし、当日の伴奏も自分がやるのだ。だから、どうしても練習しておかねばならなかった。

イルカが懸命にオルガンを弾く様子を、カカシは暫く見つめていた。それから徐にイルカの背後に回ると、イルカの肩越しに鍵盤に指を下ろした。

「何するんです!?邪魔しないで....」

イルカの抗議の言葉は途中で途切れた。
どうしたことか、カカシがなんとも上手にオルガンを弾いているではないか!
その上、「イルカ先生、この音は中指で押さえた方が、その後うまく指運びができますよ。」とかなんとか、アドバイスまでしてくれる。

「カカシ先生、オルガン弾けたんですか?」

驚きで呆然としながら、イルカがそう尋ねると、いいえ、全然とカカシが首を横に振る。

「イルカ先生の弾くところを見てたら、覚えちゃいました。」事も無げに言い放つカカシにイルカは脱力した。

そうだ、この人はそういう人だった。俺が一生懸命やってもできないようなことを、一足飛びに習得してしまうのだ。なんだか世の中理不尽だ。

イルカは何となく虚しい気持ちになった。そんなイルカの気持ちを余所に、
「ほらほら、早く終わらせて帰りましょう。」とカカシが急かす。

「もう一度カカシ先生が弾いて見せてくれませんか。」

イルカがそう言うと、カカシはいいですよ、とイルカの背後から手を回したままの姿勢で、オルガンを弾いて見せた。
カカシの長くて綺麗な指が、鍵盤の上を流れるように滑る様を、イルカは恍惚と見つめた。
カカシは器用だから、きっと音楽家としても大成しただろう。
優しくて案外ロマンチストなカカシには、そのほうが向いていたかもしれない。
忍として、殺戮に血塗られ磨耗していく今よりも。

美しい音色を奏でるカカシの手が、夕陽に赤い。
それがまるで血のようで。
黄昏に染まる音楽室はさながら、地獄の業火に包まれているようで。


オルガンの音色は、こんなに優しいのに。


「...イルカ先生?ど、どうしたの!?」急に音楽が止んで、カカシが慌てたようにイルカの様子を窺った。

「どうしたの?」

イルカは溢れ出るものを止められないでいた。


                          終
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