イルカと謎の暗部・中





しかし暗部の男はトロロを擂るのを止めるどころか更にその手を加速させて言った。
「お、俺の傷なんてどうでもいい……トロロを擂るのが先だ〜よ……っ!早く擂って麦トロ飯作らなくちゃ……あんたの誕生日が終っちゃう……!!!」
それがなんだとイルカは言ってやりたかったが、男の鬼気迫る様子に、それ以上何も言う事ができなくなってしまった。

ど、どうしてなんだ……?どうしてそこまでして俺の誕生日を祝おうとするんだ……!?

イルカはポタポタと血を流しながら懸命にトロロを擂る男の側で、救急箱を抱えてオロオロするばかりだった。
わけが分からなかった。
何が男をそこまで駆り立てるのか?

まるで誕生日内に麦トロ飯を作り上げねばこの世が終ってしまうかのようだ……

何気にそんな事を考えて、次の瞬間イルカはハッ!とした。

バタフライエフェクト……!

その言葉がひとつの可能性として頭に浮かんだ。
バタフライエフェクトとは、カオス理論において、通常なら無視できると思われるような極めて小さな差が、やがては無視できない大きな差となる現象の事を指す。
例えば蝶の羽ばたきというごく小さい要素であっても、それが巡り巡って遠く離れた地でトルネードが起きるという気候変動に大きく影響を与える可能性があるという事だ。
イルカは最近「ヴァニラフィクション」という本を読んでその言葉を知った。
その本の中では、主人公の男がひとりの少女と遠く離れた孤島の岬でクッキーを食べさえすれば、その小さな出来事が連鎖し連鎖し、世界が救われるのだが、世界を破滅させたい者達の邪魔が入ってなかなかそこまで辿り着けず、イルカはハラハラドキドキしたものだ。
まぁそれは兎も角……
その本を読んだばかりのイルカは目の前の光景もそういう事なんじゃ?と思ったのだ。
どういう事かというと、

もしや、俺の誕生日にこの暗部の男が俺に料理をふるまってお祝いする事が、巡り巡って世界の危機を救う事になる、とか……?
未来を読む事ができるという大蝦蟇仙人から何かそういう神託が火影様にあったのかもしれない……それでこの男が極秘の命を受けてここへやって来たのかも……
だって重大な使命でもなければ、見ず知らずの暗部が命懸けで俺の為に麦トロ飯を作るなんておかしいよな……!
第一暗部ってそんな暇じゃないだろうし……
そうだとしたら、嫌な運命背負っちゃったな、オイ!!

……とまぁこんな感じである。
突拍子も無い考えだが、暗部の男の常軌を逸した行動に感覚が麻痺していたイルカは、自分の考えがそんなにおかしいとは思わなかった。
「お待たせしました……」
男は23時59分に出来上がった麦トロ飯の丼をイルカに差し出すと、ものすごい早巻きで「ハッピバースデートゥ‐ユ‐ ハッピバースデートゥ‐ユ‐」と歌を歌い、24時きっかりに突然「うっ!」と腹の傷を押さえてバタリとその場に倒れ込んでしまった。
「ちょ、ちょっと!あんた大丈夫か……!?いわんこっちゃない、どうしてこんなになってまで俺の誕生日を祝おうとするんだよ……!?」
イルカは慌てて男の身体を抱き起こしつつ、我慢できずにそう尋ねた。
すると男は動揺した様子でしどもどと言った。
「そ、それは……い、今は言えない〜よ……」
「今は……?」
「そ、その時が来たら……か、必ず言う、から……」
「……」

あやしい……!今は理由は言えない、なんて……やっぱりこれ、極秘任務だよ絶対……!!
任務が完了したら、全てを明かしてくれるつもりなんだな……

イルカは勝手に解釈して己の考えに確信を強めた。
念のため、暗部の男を手当てしつつ、
「……俺とあんたが誕生日にこうしている事で何か救える事があるのか?」
そう尋ねると、男はちょっと躊躇した後こくりと頷いたのだった。


つづく