イルカと謎の暗部・上


終業のチャイムが鳴ると同時に受付に駆け込んできた七班の子供達が、せーの!の掛け声でイルカに向ってパパパ、パン!と盛大にクラッカーを鳴らした。
何事かと思えば、
「イルカ先生、誕生日おめでとう!!!」
……まぁ、そういう事である。
「お前達……ありがとな、」
イルカは照れ臭そうに鼻の頭を掻きつつも、
「でも受付には他の人もいるんだから静かにな、」
一言注意するのも忘れない。
だが子供たちはそんなのお構い無しで、
「イルカ先生は相変わらず頭固えな!そんな事よりもよォ、もう仕事終ったんだろ!?一楽行こうぜ!」
「先生、一楽特製チャーシュー&もやしキャベツ大盛りラーメン食べたいって言ってたでしょ?」
「今日は俺達が特別に奢ってやる……餃子もプレゼントだ。」
イルカの誕生日を祝おうと滅茶苦茶張り切った様子だ。
ナルトなんて、よくわからないけれど、腕捲りなんかしている。
受付の同僚達も、「おーイルカ、今日誕生日だったのか?言えよ〜!」「おめでとうさん!!」
パチパチと拍手したりなんかして、
「なんか……皆ホントにありがとな……」
感激屋のイルカはじ〜んとして鼻を愚図つかせた。
みんなの気持ちがとても嬉しかった。
今日は今まで生きてきた中で一番嬉しい誕生日だ、とさえ思う。
自分の財布から出す気にはなれないが、一度食べたいと思っていた3500円の一楽特製ラーメン。
今すぐ行って皆で食べたかった。

が、しかし。

「……気持ちは嬉しいけど……きょ、今日は駄目なんだ……一楽には行けない……皆すまん!!」
イルカはくっと唇を噛み締め、断腸の思いで子供達の申し出を断った。
「えええっっっ!?ど、どうしてだってばよ!!??」
「あ、わかった。遠慮してるんでしょ?イルカ先生。」
「遠慮する必要は無い、俺達だってラーメン代くらいは稼いでる。」
「おいイルカ、仕事が残ってるなら今日は俺達がやっといてやるから気にすんな、子供達と一緒に行って来いよ!」
子供達や同僚が気を遣ってやいのやいのと言ってきたが、どれも見当違いだ。
遠慮なんかしてないし、仕事も残業するほど無い。
他に止むに止まれぬ理由があるのだ。
だけどイルカは言えなかった。

だって秘密だから。

「皆、ほんっっっとうにスマン……!!!!!今日だけは……今日だけは許してくれ――――!!!!」
イルカは大絶叫しながら受付所を飛び出した。




その秘密は十年前の誕生日から始まった。
当時十六歳だったイルカが「ただいまー」と家に帰ると、誰もいないはずの部屋の中から、
「……お帰りなさい。」
と返事が返って来て、ギョッとしたイルカが声のした方を見ると、なんとそこには大きなイノシシを担いだ血だらけの暗部が立っていた。
「……」
あまりの驚きにイルカは無言のままパタンとドアを締めた後、表の表札を確かめてしまった。
部屋を間違えたかと思ったのだが、しかしそこにはちゃんと「うみの」とあった。

なっ、お、俺のうちに、ななな、なんで暗部が……っっっ!?
い、いや、待てよ……慣れない中忍の任務に疲れて幻覚でも見てるのかもしれない……もう一度見たら消えてるかも……

イルカはもう一度ドアを開けてみた。
だがやはり暗部は消える事なくそこに同じポーズのまま立っている。

ひいいい……!

イルカは心の中で叫びつつも、
「あ、あの……部屋間違ってませんか?……ここ俺んちなんですけど、」
恐る恐るそう尋ねた。
だってもう、そうとしか思えなかったのだ。見知らぬ暗部の男が自分のうちにいる理由なんて。
しかし。
暗部の男は何も言わず、獣面をつけた顔をただふるふると横に振った。
要するに、間違ってない……という事だ。

えっ?えええええ――――っっっ!!!???い、一体どういう事だ……っっっ!!!???

……とイルカは叫びたかったが、何かただ事ならぬ空気を漂わせている血塗れの暗部が怖くて、何のリアクションも取れなかった。
どうしたらいいかわからず、
「…………」
ただただ立ち尽くしていると、
「……そんなとこで立ってないで入ったら?」
暗部の男にそう言われた。

なんでお前にそんな事言われないといけないんだ!?ここ、俺んちィ!!!

……とイルカは言ってやりたかったが、やはり暗部の男が怖いので、その言葉に従って部屋に入ってしまった。
その後暗部の男は「お風呂場を借ります」と言って、風呂場でイノシシを解体し風呂場を血の惨状にした。

こ、この人、おおお、俺んちで何しちゃってんの―――!!!???グロオオオオオオオ―――!!!
ああああ、今日風呂はいれねえエエエ―――!!!ありえねえだろ、今すぐ出てけ、この野郎!!!!

……とイルカは怒鳴りつけてやりたかったが、暗部の男が怖……(以下略)。
イルカはその光景を蒼白な顔でただただ呆然と見守っているだけだった。
すると暗部の男が今度は「台所を借ります」と言って、そのイノシシの肉でなんと牡丹鍋を作り始めたではないか!

へ……っ?なんで牡丹鍋……???

ここまでくると、もう何が何だか……イルカは男が一体何をしたいのか、男の真意が読めなかった。
そんなイルカを他所に、暗部の男は出来上がったほかほかの鍋を卓袱台の上にセッティングすると、それをお碗によそり、イルカに向って差し出しながら淡々と言った。
「……冷めないうちに食べたら?」

はあああ〜〜〜〜!?そんな血塗れの見知らぬ男が作ったもんを食えと……???
怪しすぎて食えるかああああああ〜〜〜〜!!!!

……とイルカは卓袱台をひっくり返してやりたかったが……やりたかったが……そんな事できるはずも無く、かといって受け取るのもためらわれ、
「……」
卓袱台の前で俯いたまま、ただただ黙っていたら、
「……イノシシ、嫌いだった?」
暗部の男が不意にそう尋ねた。
「……」
好きとか嫌いの問題じゃないんだけど……と思いつつ尚もイルカが黙ったままでいると、暗部の男がフーッと溜息を吐いてお碗を卓袱台の上に置いたかと思うと、前後の脈絡も無く唐突に、抑揚の無い声で歌い出した。
「……はっぴばすでーとぅーゆーはっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーでぃあ、イルカー…」
しかもパチパチ拍手つきで。
はああああ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!????
これには流石のイルカも我慢できずに大声を上げてしまった。
確かに今日はイルカの誕生日であったが、こんな男に祝われる謂われはない。
すると暗部の男がびくっと身体を震わせて、何故かオロオロしたような様子でおぶおぶと不思議な手の動きを見せたかと思うと、
「……また、来年の誕生日に出直します。」
一言そういい残して、いきなりドロンと姿を消してしまった

なっ、何だったんだ一体……!!!???
まさかと思うけど、来年の誕生日に出直すって言ってなかったか……???
いやそれよりも、なんであの暗部の男は俺の誕生日を知ってるんだ……???
も、もしかして、この牡丹鍋……俺の誕生日祝い……???
というか、新手の嫌がらせか……?????

いろいろ疑問は尽きなかったが、とりあえず、
「出て行く前にスプラッタな風呂場とこの得体の知れない牡丹鍋を片付けていけ――――!!!!」
暗部の男に面と向って言ってやりたかったなァと思いつつ、イルカは既に誰もいなくなった部屋でひとり絶叫した。

それから暫らくの間、またドアを開けたらあの暗部の男が部屋にいるのでは……?とイルカは自分の家のドアを開けるのに恐怖を覚えたが、男はそれ以降現れず、イルカもまた忙しい日々に男の事なんて隅っこに追い遣られて、やがてすっかり忘れてしまった。
が、しかし。
予告した通り、一年後のイルカの誕生日にまた現れたのだ。
イルカの前に、血塗れの暗部の男が泥のついた自然薯を背負って。
しかもその年は誕生日が終る三十分ほど前の夜中にやって来た上、暗部の男は返り血で血塗れなのではなく、自分の腹部の傷からの出血で血塗れという、前年度にも増して酷い有様だった。
それなのに男はハアハア苦しそうに息を吐きながらも、最後の力を振り絞るようにして、何故か自然薯を擂って麦トロ飯を作ろうとする。
これには堪らず、イルカはとうとう暗部の男を怒鳴りつけてしまった。
「あんた大怪我してるのに何してるんだ……っ!?手当てが先だろっ!!こんな時にトロロ擂るなんて頭おかしいんじゃないか!?」



下につづく