流れ星に願う


「あんたね、もう少し気をつけたらどうですか。」

カカシが苛立ちを隠さずに、辛辣な口調で言った。

「はぁ。すみません...。」

イルカは本当に悪いと思っていたので、しおらしく頭を垂れた。
それでもカカシの苛立ちは収まらないようだった。

「こんな火傷をして...!」

カカシはわざと乱暴にイルカの右手を引っ張った。うっ、とイルカは思わず小さく呻いた。右肩から背中にかけて負ってしまった火傷が、引き攣れて痛かった。今日アカデミーで小火騒動があった。思ったより火の回りは早く、轟々と燃え盛る炎に年端のいかない子供達は恐慌を来した。イルカは安全な避難階段へと生徒を誘導していたのだが、なかなか進まない列に焦れた子供が、別の退路を求めてパッと列から離れた。一瞬の出来事だった。あっと思ってその姿を目で追うと、その子供の頭上で天井の一部が焼け落ちようとしているのがイルカの目に映った。駆け出したイルカがその子供を庇うように突き飛ばすのと、天井が崩れ落ちてくるのはほぼ同時のことだった。斯くしてイルカはその下敷きになって、大火傷を負ってしまったのである。その為イルカは木の葉病院に搬送され、しばらく入院せねばならないことになった。そこへその知らせを聞いたカカシが、血相を変えて飛び込んで来たというわけである。

確かにちょっとうっかりしていた、とイルカは自分の不注意さを反省した。忍にあるまじき失態だ。カカシが怒るのも無理はない。イルカはカカシの剣幕に、しどもどと言い訳をした。

「ああ、でもそんなに酷い火傷じゃないんですよ。それに生徒は無傷で助けることができたんです、だから...」

よかったと思って。

そうイルカが続けた瞬間、パシンと音がした。
一瞬、何が起こったのか、イルカには分からなかった。ジンジンと痛みを訴える左頬に、カカシに叩かれたのだとようやく分かった。

何で俺が。

そんなに怒らせるようなことをしたか、とイルカは沸沸と怒りが込み上げてきた。大体、俺は大火傷を負っているんだから、普通は優しく身を案じてくれるんじゃないか。無事で良かったと、喜んでくれるんじゃないか。確かに俺が不注意で悪かったと思うけど、そんなに怒ることはないだろうに。

イルカはカカシに文句を言おうとしてカカシを見遣って、驚きに目を見開いた。

カカシは泣いていた。

「カ、カカシ先生...」イルカは先ほどまでの怒りも忘れてオロオロした。どうしてカカシ先生が。

「あんたは非道い...俺に、あんたを叩かせた....。」

カカシは零れ落ちる涙を拭うこともせずに、濡れた瞳でイルカを睨みつけた。

「叩きたくないのに...!大事な、一番大事なあんたを、叩きたくないのに....!よかった、って何です?大火傷をして、もしかしたら死んでいたかもしれないのに、よかったって?....あんたは非道い...俺の気持ちなんて、全然考えてくれない。全然、分かってない...俺があんたをどんなに大事に思ってるか、全然、分かっちゃいないんだ...!」

イルカは茫然とカカシを見つめた。
そんなことはない、と思った。
そんなことはない。カカシのことを、分かってる。いつだって、カカシのことを考えている。
そう反論しようとするのに、言葉にすることが出来ない。叩かれた左頬の痛みが、イルカの胸を締めつけた。

涙の粒が、カカシの頬を伝っては落ちる。
瞬いては消えるそれを、イルカは流れ星のようだと思った。
きらきらと輝くそれがカカシの願いを乗せては落ちる。
その願いが何なのか、イルカは今ようやく分かったのだ。

イルカは胸が苦しかった。自分をひどく愚かしく、残酷な存在のように感じた。

俺は全然分かっていなかった。

「カカシ先生...俺は、その...ごめんなさい...。」

そんな陳腐な謝罪の言葉しか思いつかない。それだけでは足りない気がするのに。
俯くイルカの頬に、震えるカカシの手がそっと触れた。

「....痛かった?イルカ先生。ごめんね?...ごめん...俺、こんな...あんたを叩くなんて...」

カカシは突然自分の振る舞いを後悔したかのように、何度も謝りながらイルカの頬を優しく撫でた。
さっきまでの怒りが嘘のように、どこか狼狽したようなカカシの様子にイルカは胸が詰まった。
謝るべきは自分の方なのだ。傷つけたのはイルカの方なのだ。

イルカはカカシの辛そうな声を聞いていたくなくて、カカシの唇に自分の唇を押しつけて、その言葉を遮った。
何度も口付けた。その口に舌を滑りこませて、宥めるようにカカシの舌を舐めては優しく啜り上げた。
カカシが言葉を紡ぐのを諦めるまで。カカシの嗚咽が甘やかな吐息に変わるまで。

カカシから零れる流れ星にイルカは願う。

繰り返す口付けが、言葉にできない思いを伝えてくれるようにと。


終り
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