顧みすれば月傾きぬ
すぐに出発するつもりだったのに、随分と遅れてしまったものだ。
遅刻は俺の常習だけど、とカカシは苦笑を浮かべる。
夜の深淵に沈む道を、カカシは急いでいた。
これからSランクの任務に赴くのだ。帰還の時期も覚束無い。それよりも無事に帰ってこれるのか。
先発隊の戦況はかなり思わしくないという。
だけど、必ず帰って来ますからね。
「イルカ先生...」我知らず愛しい人の名前を呟く。
これから殺し合いにいくというのに、俺の心はなんて静に凪いでいることか。いつもは全く違っていた。生死を天秤にかけた遊戯の始まりに気分は高揚し、心の中を狂気を孕んだ興奮が吹き荒れていた。
それなのに。
危険な人だなあ、とカカシは思う。
イルカの傍にいると、俺のようなものですら感化されてしまう。
平穏は身体に毒だ。特に俺達のような者にとっては。だから平穏を身に纏ったようなあの人は毒も同然だった。
それなのにその毒のなんと甘美なことか。気付いた時にはもう中毒になった後だった。
今日出発が遅れた理由もイルカだった。
今し方までカカシはイルカの家にいたのだ。厳密に言えば、イルカのベッドの中に。
そしてそれはイルカとの初めての交わりだった。
好きだったんです、イルカ先生。
カカシが告げれば、
だった、なんて過去形にしないで下さい。
怒ったようにイルカが窘める。
「今でもあんた俺のこと好きなんでしょう。勝手に終らせないで下さい。」
だから無事に帰ってきて下さい。勝手に終らせたら承知しませんよ。
そんな風に強がりながらイルカが泣きそうな顔をするので、俺は愛しくて夢中になってしまった。
必ず帰ってきますよ。イルカ先生のことずっと好きでいますから。
もう任務に出ないといけない時間が迫っていたが、あまりにイルカが愛しくて。触れ合う肌があまりに心地良くて。
あと少し、もうちょっとだけ、と自分を誤魔化しながらその場を離れられないでいた。
カカシはふと急ぐ足を止めて、今辿ってきた道を振り返った。
その道はイルカへと続く道だ。
「すぐに戻るからね、イルカ先生。」この道の先で待っている、あの人に届くように。
カカシが振り返った空にはもう月が傾いていた。
終
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