(6)

その行程で最後の休息地に着くと、少年には薬と栄養剤が投与され、柔らかな寝床が与えられた。
別にカカシも鬼という訳ではなかった。一応同胞意識も持ち合わせている。
ただ緊急時の優先事項として、部隊の全滅よりも個人の犠牲を取った。それだけだ。
日没までの休息の間に、少年がどの程度回復するのかは分からないが、これから先は平坦な道だ。気候条件も良い。なんとかなるだろう、とカカシは思った。それに例え置いていくことになったとしても、ここならば自力で凌ぐことができるだろう。次の助けが来るまで。

皆が炊き出しの前で生気を得ている時、その中にイルカの姿がないことにカカシは気付いた。

全く。何やってんのかねぇ。食べなくちゃ保たないでしょうに。

「海野イルカはどうした?」カカシは何とは無しに、がつがつと意地汚く食事を貪る面々に尋ねた。
上官の質問に皆暫し食事の手を休め、首を捻った。

え、イルカ?そういえば、見ないな。
休んでるんじゃないか。
いや、テントにはいなかったぞ。

次々と声は上がるが、誰もその所在をはっきりとは把握していないようだった。
カカシが嘆息して、もういい、と切り上げ様とした時、その中のひとりが思い出したかのように言った。

「そう言えば、水汲みに行くって行ったきりだな。」

カカシはその言葉を信じることにして、取りあえず少し離れた泉に向かいながら、道中イルカの姿を探した。今晩出立したら、その次の朝には最終目的地に辿り着く。ここまで来たら、なるべく脱落者を出したくなかった。

程無くしてカカシはイルカを見つけた。
木の幹に寄りかかるようにして座ったまま、イルカは眠っていた。疲労の色の濃いその寝顔には、うっすらと隈のようなものまでできていた。カカシは身を屈めてイルカの頬をピタピタと軽く叩いた。それでもイルカは起きるどころか、ピクリとも動くことはなかった。触れた手がイルカの頬の熱さをカカシに伝えた。カカシは眉を顰めた。

熱が出てる。

カカシは沸沸と怒りが沸立つのを感じた。

馬鹿じゃないの、この人。普通ここまでするかね。

イルカの投げ出された足の上に、手から零れ落ちた水筒があった。カカシが水筒を拾い上げると、それはとても軽かった。それもそのはずだった。カカシが水筒の蓋を開けてみると、中は空っぽのままだった。イルカは泉まで辿り着けなかったのだ。辿り着く前に、力尽きて。カカシは乾いたイルカの唇をじっと見つめた。脱水症状を起こしているのではないかという危惧が頭を掠める。

迷惑をかけないと言ったのは、どこのどいつだ。

散々心の中でイルカを罵倒しながら、カカシはイルカの水筒を拾い上げると、そのまま泉まで走った。そして水筒を水で満たして再びイルカの元へ戻る。カカシはイルカの口元に水筒の口を押し付け、水を流しこもうとしたが上手くいかなかった。嚥下されることの無かった水がイルカの口の端から零れ落ち、悪戯にイルカの衣服を濡らす。

全く世話の焼ける。

カカシはち、と小さく舌打ちした。そして急いで自分の面を外し、躊躇うことなく水筒の水を口に含むと、イルカに口付けた。舌を伝わせるようにして、ゆっくりとイルカの口の奥に水を流しこむ。するとイルカの喉が小さくコクリと動いてそれを嚥下した。カカシはそれを確認すると、また水を口に含んだ。カカシは何度も何度もイルカに口付けた。口付けながらもカカシは噴出すような怒りを押さえられないでいた。

本当に馬鹿だ。
他人のために、こんなになるまで。
結局俺に迷惑をかけてるじゃないか。嘘吐きめ。
脱落者を最小限に押さえたい、俺の気持ちがわからないのか。
くそ。熱が下がらなかったら切り捨てだ、あんたなんか。

カカシは自分の胸ポケットを乱暴に弄った。そこには兵糧丸があった。それは普通の兵糧丸とは違い、カカシのように消耗が激しいもの向けに作られた、特別製のものだった。勿論、その効果のほどは普通のものと比べると段違いだ。カカシは水と一緒にそれを一粒口に含むと、同じようにしてイルカの口に流し込んだ。

あんたなんか、置き去りだ。
馬鹿め。大馬鹿め。

水筒の水がまた空になるまで唇を押し付けながら、カカシは心の中でイルカを詰った。その怒りの溢れるままに。


続く