(11)

カカシは走っていた。
早く仲間に追いつかねば、とカカシは珍しく焦っていた。大分遅れてしまった。
ハアハアと荒い息を吐きながら、カカシは休むことなく走り続けた。写輪眼を使い過ぎた身体が、限界を訴えて悲鳴を上げていた。少しでも気を抜くと倒れそうな自分を叱咤する。
幻術で素人の大勢を昏倒させたのは予定通りだったが、やはり敵の忍どもは一筋縄ではいかなかった。

なかなか、手強かったよねぇ。

カカシはまるで他人事のように何の感慨も無く、先程までの激闘を顧みた。撒いても撒いても敵は追って来た。幾ら写輪眼のカカシと言えども多勢に無勢だった。体力の消耗を避ける為に、なるべく術は使いたくなかったが、途中凌ぎ切れなくなって仕方無く術を使って交戦した。ようやく敵を振り切れたと安心した頃には。既に。

これだもん。

左の脇腹が火を噴いているかの如く熱かった。無意識にそこを押さえるようにしていた手の間から、赤くぬらぬらとした、生暖かいものが零れ落ちる。こんなに地面を汚しては、敵に道標を残しているようなものだとカカシは苦笑した。足を止めて包帯を巻いた方がいいと分かっていた。こんな大怪我とあっては、それはあまり止血の役割を果たさないだろうが、少しばかりは時間稼ぎになる筈だ。しかし、カカシは疾走する足を止めなかった。今立ち止まってしまったら、多分。いや、絶対に。自分は二度と駆け出せないであろうことを知っていたから。

だから今は、走り続けるしかないのだ。

カカシは歯を食いしばって耐えた。

追いつけなかったら、最後だ。
いや、追いつけたとしても最後だろう。こんな深手を負っては。
敵の猛追が予想される中、迅速に動くことは必要最低条件だ。俺はもう仲間の行軍については行けまい。
追いついても、切り捨てられる。
かつて自分が散々そうしたように。

自分に相応しい最後だ、とカカシは薄く笑った。
深手を負った時点で、最早急ぐ必要は何処にも無かった。
それなのにカカシは急いでいた。

とてもくだらない理由の為に。

追いついて。もし、追いついて、そこにイルカが居たら。祈ってくれるのではないかと思った。イルカが。自分の為に。
ゆるゆると血を流しながら、冷たい骸と成り果てた俺に、イルカが祈りを捧げてくれるのでは、と。あの時のように。
あれだけその行為を詰っておいて、俺は何と卑しい奴なんだ、とカカシは自嘲する。
イルカからの優しい言葉や温もりは期待していなかった。そんなものが貰えるような事は何一つしていない。

ただ祈って欲しかった。俺の骸に。
その祈りは確かに自分だけに向けられるものなのだ。
その瞬間だけはイルカの心は自分だけにむけられているのだ。
イルカが自分の為に。自分だけの為にしてくれるとしたら、それくらいしか思いつかなかったから。
神なんか、信じていないけど。
イルカの祈りが欲しかった。


続く