(10)

戦地に逗留していた総指揮官と各部隊長とで、大雑把ながらも入念な打ち合わせをした。
総指揮の上忍は里でも名を馳せる、屈指の実力者だった。強靭な精神力で知られるその男は悲壮な状況下に於いても、冷静に判断を下した。幾ら憂えたところで状況は好転しない。ならば動くしかないのだ、と。カカシもアスマもそれに異論は無かった。撤退できるような状態ではないが、動かなければそのうち敵に囲まれて死ぬ。

「怪我人はどうする?」アスマが至極まともなことを尋ねた。返事は知れたことので、確認したいだけだろう。

「犠牲は免れ得ない。」総指揮の男は言った。「動けないものは置いて行く。」

アスマは答えないまま、深い溜息をついた。カカシはその様子を横目で見ながら、やはりアスマは変わったな、と思っていた。

そして俺も。

こんな状況下において、不謹慎にもカカシの頭の中はイルカのことで一杯だった。怪我人を置いて行くと知ったら、イルカはどうするのだろう。その事ばかりが気になった。

だが、そんな杞憂もすぐに吹き飛んだ。
見張り番の銅鑼の音が陣営に鳴り響いた。

敵だ。

幸い敵の足が陣営に届く前だった。すぐさま、散り散りになった部下たちに指示を飛ばす。最早一刻の猶予も許されなかった。
退路に部下を押しやりながら、カカシは敵の軍勢を待ちうけた。カカシの役目は足止めだった。敵の奇襲を想定して先程作戦を決めていた。

「悪りいな、カカシ。先行くぜ。」退路を確保する役割のアスマが、気軽な調子で言った。しかしその瞳は真剣そのものだった。

「絶対追いつけよ。」

カカシは退路を流れゆく群衆の中に、誰かに肩を貸しながら歩くイルカの姿を見つけて、胸を撫で下ろしながら言った。

「誰に言ってるの?そんなの、当たり前デショ。」

言いながらカカシは面を外していた。これから先暫くは被る事が無いであろうそれを、無造作に地面に投げ捨てる。剥き出しになった異形の目が赤々と燃えていた。
敵の軍勢は多いといっても所詮殆どが素人だ。しかし、敵も要所要所に忍を配している。その忍達がかなりの腕前だと前情報で知っていた。そうでなければ木の葉の部隊があそこまで壊滅状態に陥るはずは無かった。歩の悪い話だった。元よりカカシには徹底交戦する気は無かった。時間を稼いで適当なところで逃げるつもりだ。だが果たして逃げられるのか。

「そこが問題なんだよねえ。」

近くなる敵のチャクラを感じながら、カカシは薄く笑った。
いつもと同じだった。生死を賭けた狂気じみたゲームが始まろうとしている。
自分はまた、自分のあるべき世界に戻るのだ。血と腐臭に満ちた、暗い世界へ。

カカシは一瞬目を閉じた。

包みを解いて蓋を開けてしまった箱を、もう一度綺麗に包み直す。
向けられた無防備な笑顔を。
触れた唇のぬくもりを。
慄くほどの感情を全部、その中に閉じ込めて。


夢は、終りだ。



次にカカシが目を開けた時には、敵が陣営に流れこんでいた。


続く