【Star Dust Serenade】
「ねぇ、イルカせんせ…。ちょっと外に出ませ〜んか?」
その日の夕食が済んで、後片付けを終えたイルカが居間へと戻れば、其処で寛いでいたカカシにそんな風に声を掛けられる。
その声に、イルカが不思議そうに小首を傾げた。
視線の先に居るカカシは他の誰にも向けることの無い、イルカだけに見せる優しげな表情を浮かべている。
「…カカシさん……?」
イルカは彼の名前を呼びながら、言外にどうしたのか…と問うた。
夕食も終わり、この後特に任務が入っているというワケではないから、あとの時間は二人でのんびりと寛ぐだけ。
こういう時はいつでも、カカシはイルカに甘えるように纏い付いては他愛のない話に花を咲かせる。
それから。
いつしかカカシの腕はイルカの身体を抱きしめていて。
熱い口接けを交し合い。
そして、抱き合うのが、もう当たり前のようになっていた。
それは。
もう数えきれないくらい、何度も回数を重ねてきたことだったけれど。
それでも、イルカの心の中にはやはりまだ僅かに羞恥と緊張を伴う行為には違いなく…。
今宵もそうなるのかな…と、心の片隅で僅かばかりの緊張と期待をしていたイルカだった。
だからこそ珍しく外に行こうだなんて事を言い出した意図が解らない…と、イルカは疑問に…というか、不思議に思ったのだ。
そんな気持ちが含まれたイルカの問いかけに、カカシは浮かべていた笑みを深くする。
そして。
「いいから。ちょっとだけ…。ね? イイでしょ?」
そう、明確な理由は口にしないままイルカに再度告げた。
決して強制するわけではなく、それでも否と言わせないような、言葉。
そんなカカシの様子にイルカは小さくため息を零し
それでも特に異存はないから…とイルカは彼の言葉に従う事にした。
**********
二人揃ってイルカの家から出て。
カカシの促すままにイルカが付いて行けば、向かった先は里の外れにある小高い丘だった。
その丘の向こう側には川が流れている為に、近付くにつれて水音が耳に届くようになってくる。
日中は暑さが厳しかったが、日も落ち、水場も近い事からか、大分涼しく感じられる空気をイルカは心地よく思う。
その丘に上ったところで、カカシは腰を下ろした。
「イルカ先生も座って」
そう促されて、イルカはカカシの隣に腰を下ろす。
黙って隣に腰を下ろしたイルカのことを、カカシは嬉しそうに見つめていた。
だが。
何を言うでもなくただそうして座っているカカシ。
そんなカカシに、イルカは不思議そうに小首を傾げた。
「…カカシさん、こんなトコに来て…何かあるんでしょうか?」
イルカが思ったままの事を口にすれば、カカシはフイ…と視線を上げた。
「ほら、見て下さいよ、イルカせんせ…」
ふわりと優しい笑みを浮かべながら紡がれたカカシの言葉に促され、イルカは彼が見つめている方へと視線を向けた。
「…あ……」
イルカが視線を向けた先に見えたものは
沢山の星の輝きが、まるで河のように夜空を渡っている光景。
「これは…天の川……」
「そ。さ〜すが、アカデミーの先生で〜すね」
「まぁ、これぐらいは……」
僅かにムッとしながらそう答えるイルカに、カカシは苦笑を浮かべながら言葉を続ける。
「じゃあ、今日…何の日か知ってま〜すか?」
そう問われて。
イルカはハッと気が付いた。
「あ…、今日は……」
イルカが星空に向けていた視線をカカシの方へと戻せば、彼も柔らかな笑みを浮かべて自分を見つめていた。
「そ。七夕サマで〜すよ、今日は。雲もない夜空だったから、明かりの少ないトコに来れば見えるかなぁと思ったんです」
イルカ先生んトコからじゃ明るくて綺麗に見えないですからね…と、カカシき言葉を付け加える。
イルカの家がある場所は里の中心部の外れに位置おり、外れとはいっても街灯等は多く設置されている。
だから、停電にでもならない限りは辺りが真っ暗になるという事はないのだ。
その為、輝きの強い星は見えても、夜空一面に散らばる星空というものは殆ど拝める事はなかった。
だからこそ、カカシは街灯等の人工的な光のない場所へと来たのだ…と、暗にそうイルカに告げているワケで。
「イルカ先生と一緒に見たいなぁ…とか、ふとそう思ったりしたんですよ」
実は今日、子供たちの話を聞いてて七夕って事を思い出したんですけどね。
照れたようにそう言葉を付け足したカカシは、それだけ言うともう一度星空へと視線を戻した。
それに釣られるようにイルカも視線を戻す。
視界一面に映るその星の河は、どこか幻想的な想いを齎してくれるようだ。
「本当だったら短冊に願い事を書いて笹に吊るしたいトコなんだけど、そんな風流なコトやるような柄でもないですか〜らねぇ…」
カカシはクスリと笑いながらそう言うと、天へと向けていた視線をゆるりとイルカの方に向けた。
その視線を感じてイルカもカカシの方を見れば、凄く優しい眼差しが自分を見つめていた事を知ることになって。
ただジッとカカシを見つめれば、彼は小さく肩を竦めながら少しばかり軽い口調で告げた。
「ま、俺は…短冊に願い事を書かなきゃなんないコトなんかないですけ〜どね?」
自分に向けられた言葉の意味が掴めず、イルカはどんな言葉を返せばいいのか迷ってしまい、ただカカシを見つめ返すだけしか出来ない。
そうすれば、視線の先のカカシの表情が
ゆっくりと微笑みに彩られていく。
そんなカカシの表情から、イルカは目が離せなくなる。
互いに見詰め合って。
そのまま自然に引き寄せられて。
口唇が重なる。
その口接けは。
深く激しいキスではなく、軽く舌を絡め合わせるだけの、もの。
そして。
二人の口唇は、自然と離れた。
そのまま再び言葉もなく見詰め合えば。
不意に。
カカシがニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「俺の願いを適えてくれる女神サマは、いつでも俺の傍にいてくれるし? ね、イルカせ〜んせ」
一瞬何の事か…と思ったイルカだったが、何を指してそう言っているのかを理解した途端、イルカの頬が紅く染まった。
「…なに言ってんですか。…ったく、恥ずかしいヒトですね…」
「え〜? ホントウの事でしょ? 俺は事実しか言ってませ〜んよ?」
「………」
「だって…、イルカ先生はずっと傍にいてくれるんですよね? この俺の傍に……」
確かに。
そんな言葉を交わした事は、あったかもしれない。
だから、それを否定するつもりは
イルカにもない。
けれど。
「…誰が…貴方の傍にずっといるなんて…言いました?」
そうボソリと呟けば、カカシは驚きに目を見開いた。
「え? う、嘘…、イルカせんせ…っ…!?」
自分の言葉に慌てるカカシの様子に、イルカは一矢報いた…とばかりに微かに笑みを浮かべる。
そして。
カカシに言わせればきっと妖艶という形容詞が付きそうな表情を浮かべて、イルカは彼に言い放った。
「俺が貴方の傍にいるんじゃないでしょう? 貴方が俺の傍にいるんですよね? この先、一生……」
その言葉に、カカシはハッと目を瞠る。
だがすぐに、ニッコリと幸せそうな笑みを浮かべた。
「もちろん! アンタが嫌だって言ったって、一生離れてやるもんですか!!」
そう言いながら、カカシは両の手をイルカへと伸ばしてその身体を抱きしめる。
カカシの腕の中でイルカも幸せそうに笑みを浮かべ、身体の力を抜いて全てを相手に預けた。
暫くカカシの腕の中におとなしく収まっていたイルカだったが、ポツリと小さい声で呟きを零した。
「…七夕の一夜だけしか逢えない織姫と彦星みたいなのは…絶対にごめんですから…ね……」
一年に一度しか逢えないなんて、そんな関係だったらない方がマシだ…とイルカは思う。
自分が心を許した相手に、愛していると告げることの出来る相手に、逢えなくなるのかどれだけ辛い事か…。
それはまだ幼いと言える年齢だった頃に、痛いほどに思い知らされた、こと。
だから。
もうそんな想いはしたくない
。
そんな意味を込めた、その呟き。
それを耳にしたカカシは、イルカの身体を抱きしめている腕に更にギュッと力を込める。
「俺だって…そんなのはゴメンで〜すよ。どんなコトがあったって、イルカ先生の傍を離れないし、離すつもりもないですから…」
忍という生業の中に身を置いている以上、絶対という保障は出来ない。
しかし、こうして言葉として紡ぐことによって、それが現実となるように…という願いがあるから。
言霊という事だって、ある。
だからこそ、カカシはそう真摯に告げる。
自分たちの願いを、現実のものとする為に。
それから、カカシはそっと身体を離してイルカの顔を覗き込むと。
もう一度。
今度は熱い口接けを交わした。
**********
天に天の川が眩く光り輝く七夕の夜に。
二人は長い時間、そうして口接けを交し合っていた。
終わり
Celestial Moonの本庄美琴さんから暑中お見舞いSSをいただきました〜!
嗚呼っ、なんて読んでいるだけで幸せになるお話でしょう…!しかも美琴さんの文章の相変わらず艶やかなる事よ…!(溜息)
ちっすだけでこんなにどきどきしてしまうのは、やはり美琴さんならでは!と思います。
何気にイルカに男気があるところも涎。
美琴さんのお話は兎に角色気があります!
美琴さん、素敵な暑中見舞いをありがとうございました!二人の熱気が暑さを払ってくれそうです(笑)
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