Calling


「よっ!カカシ、今日はよろしくな!」
大きな体を持て余すようにして、男はカカシに声を掛けた。
その男――うみのという名の上忍。よりにもよって、このはたけカカシに子守を押しつけた男だ。
6才で中忍になった、天才忍者と誉れの高いこの俺に!
「アンタさあ、いくら何でも子守はないでショ。俺を何だと思ってんの?」
そりゃ下忍の仕事でしょ。
「何もくそも。お前ははたけカカシだろう?けどな、どんなに実力があったってお前はまだガキだよ。ガキはガキらしく、子守でもやってりゃいいんだよ」
大体これは任務じゃないぞ?純粋なボランティアだ。
そう言って笑って、大きな手でカカシの背中をバンバンと叩いた。それでなくても大柄な男が、この年にしては華奢すぎるカカシの背中を 手加減無しで叩くのだ。痛みに顔をしかめながら、「余計悪いじゃん」とカカシが文句を言う。
それがここ最近の二人の日課だった。
「ちょ…っ!ヤメロってば!アンタ、馬鹿力なんだから見境なく叩くなよな〜」
「何言ってやがる。このくらいで、どうにかなる程ヤワじゃないだろうが」
「体格差を考えろって言ってんの!それにガキだって思ってんなら手加減しなよ」
「手加減すりゃ怒るくせによ。まあ、子供は気まぐれだからな」
こうやっていつも同じようなくだらないことを言い合う。初めてあったときからそれは変わらない。
四代目に連れられてこの男と引き合わされたのは三ヶ月前だ。
すでに中忍昇格は決まっていたのだが、とりあえず年が明けてから、 正式には四代目の火影就任と同時にという話が付いていた。それでしばらくの間、上忍とツーマンセルで任務に当たるようにと言われて紹介されたのがうみの上忍だった。
四代目とは違った意味で、破格な大人だとカカシは思っている。よく言えば懐の広い男と言えるだろう。 難しい質のカカシとも上手く合わせてくれている。子供だからと言って蔑んだり過小評価したりはしない。等身大で見てくれる大人なんて、 三代目と四代目くらいしか知らなかったから、そういう意味ではカカシはこの男をとても気に入っていた。
まあ、単に大雑把なだけかもしれないけれど。

そんな事を考えている間に、男は木の陰で大人しくしていた自分の子供を呼び寄せた。
「イルカ、こっちにおいで」
その方に目をやると、ひょこりとまん丸い物体が木の陰からこちらを窺うように動いた。どうやらこれの子守が今日のカカシのやるべきことらしい。
子供は大きな目で父親とカカシを交互に見つめた後、とたたたと擬音が付きそうな感じで父親の元に走り寄った。
そんな急いで走ったら転げるんじゃないかな…。
別にハラハラしたわけじゃないけれども、そんな事を思った自分にカカシは舌打ちした。

うみのの思惑通りになるのなんか癪だし。

そもそも、そう思ってる時点で男の手のひらなのだが、中忍になったとはいえまだ子供でしかないカカシは気付かない。
「カカシ、うちの王子様だ。イルカってんだ。可愛いだろう?」
「可愛いもくそも、アンタの背中に隠れて見えないよ。でも丸っこいのだけは分った」
「お前本当に口が悪いな。まあ、確かに丸っこいけど、子供ってのは大抵丸いぞ」
そんなことは分っている。
「でも、走るより転がった方が早そう…」
ぼそりと悪気なく呟いた一言が、男のツボにはまったらしい。盛大に笑う父親の姿に、子供の方も何となく自分が笑われているのが分ったようで、むうっとふくれる。それがまた更に丸みを帯びて父親の笑いを誘った。
「ちょっとうみの。いいの?アンタの子供すねちゃってるよ?」
男は「悪い悪い」と涙が浮かぶ目を擦りながら、ぐいっと我が子をカカシの方に押しやった。
「いいか、イルカ。こいつは、はたけカカシって言ってな。今日からお前の遊び相手になる奴だ。好きなコトして思い切り遊べよ?」
…今日から?今日からって言った?
「待てよ!今日だけじゃないわけ、これって!?」
「実は今日から1週間上忍の任務が入ってんだよ。で、お前さんはその間、自主鍛錬とこいつの子守だ」
「い、いっしゅうかん!?」
1週間も子守だって?冗談じゃないっ!
しかし心の叫びが口を吐いて出る前に、その子供はさっさとカカシを遊び相手と決めてしまっていた。
「…カァチ?」
ピキッとカカシが固まった。その様子を男は面白そうに眺めている。
「カカシだよ、イルカ。ほら、こいつ固まってやがる」
くつくつと笑いながら男が「カカシ」と言い直す。子供はきょとんとした目で父親を見た後、舌足らずな口調でカカシの名前を再び口にした。
「…カァ…カ、カチ…」
それって俺の名前?カカチって、それはないでショ。トホホと情けない気持ちで子供を見ると、キラキラとした瞳のすぐ下、 鼻の頭ペタリと貼られた大きな絆創膏が目に飛び込んできた。
「うみの、この絆創膏どうしたの?」
ああそれ、と男は苦笑する。

うみのの家は夫婦共に忍びだ。そんな家はこの里では少なくないのだが、夫婦揃って上忍というのはどちらかというと珍しかった。それ故に任務が重なることも多い。その度に一粒種であるイルカは隣人や友人に預けられた。
人見知りをしない子供だったのでそれが出来たのだろう。
「俺たちが任務で家を空けるのはいつもの事で、こいつも慣れっこだったんだが。その日は妙にぐずってなあ、母親の後を追いかけて転んだんだよ」
運悪くそこに石があって、顔から転んだイルカの柔い皮膚をザックリと裂いた。
「それで、母親は…」
「そのまま振り返りもせずに任務に行っちまったなあ。あいつは昔っから気が強くて変なところで頑固だからな。イルカも盛大に泣きわめいたんだが」
まあ、後ろから俺がイルカを追いかけてきているのが分ってたからな。
「すごいね、その母親も…」

カカシは自分の両親を知らない。だから母親という物が、そういう時にどうするか、本当にはわからないのだけれども。
「普通、子供のトコに戻るよね…」
「血は盛大に出たが、傷自体はそう酷くはなかったんだよ。ま、後は残るだろうが男の傷は勲章だもんな、イルカ」
男が子供の髪をわしゃわしゃと撫でる。それもいつもの事なのだろう、子供は嫌がりもせずにきゃっきゃっと笑う。
「転けて出来た傷は勲章とは言わないと思うけどね…」
余計な一言をカカシが加えた。
「ホントに一言多いよ、お前」
男は苦笑する。
「ま、そういう訳でな。こいつのことよろしく」
だけども。父親が1週間任務で出て、じゃあ今母親はどうしているんだ?
「ああ、アイツも任務だ」
「………」
「今回は悪友共に迷惑掛けずにすんで大助かりだよ、いや全く!」
がはははと笑う男を一瞬括り殺したくなるカカシだった。
「…時間制限のない子守かよ…」
カカシは大きく溜息を吐いた。


しっかりとカカシに言い含めた後、男は息子にキスをして任務に出向いた。
「まったく。熊のくせに似合わないっての」
どの面下げて息子にキスなんかかますんだ。
当のイルカは小さな手でしっかりカカシの服の端を掴んだまま、父親が去っていった方向から目を離さないでいた。
(やっぱり寂しいのかな?当たり前か。まだ小さいんだし)
ひとつしか違わないという事をカカシは当然知らない。だからとりあえず、頼まれたからには守ってやるしかないと腹を括った。こいつの両親が帰ってくるまでの1週間。うみのの家に泊まり込む覚悟はついた。
イルカはまだ動かない。父親が戻ってくるはずもないのに。
「おい」
「おいってば。聞こえてんだろ?」
子供はゆるゆると顔をカカシに向けた。
「いつまでもここにいたって仕方ないだろ。遊んでやるから好きなとこ連れてけよ」
普段大人に囲まれているカカシには、子供に対する物言いがわからない。ぶっきらぼうとしか思えないようなその言葉に、しかしイルカはにこりと笑った。
「カァチ、イルカとあそんでくれんの?」
「カァチじゃない、カカシだ」
「…カァチ、カ…カチ…」
「……」
「……イルカゆえない。カァチでいいじゃん」
いいじゃんってお前…。
「カァチ、こっち。ねえ、カァチも父ちゃや母ちゃとおんなじにんじゃなんだよね?つよいの?」
「…強いよ」
「すごいね、カァチつよいんだ!イルカの父ちゃもつよいよ!」
あー、そりゃうみのは上忍だしなあ。
「お前も忍者になるつもり?」
「お前じゃなくてイルカだもん。なるよ、イルカもつよいにんじゃになる。カァチよりつよくなるもん」
子供には無限の可能性がある、なんてくさいセリフを言ったアカデミー教師が居たが、まさにこいつはそんな子供の代表だなとカカシは思った。キラキラと瞳を輝かせて自分の未来を語る。
記憶を探ってみても、自分にはそんな時期はなかった。物心がつく頃には、すでにいっぱしの力量を有していたカカシである。
何も知らずに力だけある子供に危惧を抱いた里は、その潜在能力の高さをかって最高の師を付けた。それが今の四代目火影になる青年で。警戒心ばかり強い子供だったカカシを、その持ち前の柔らかな人当たりと天然さで懐柔したのだった。それでもカカシは、この師と巡り会った幸運を深く感謝していた。
四代目火影は強くて潔い。里を思う心は人一倍強い。カカシはその四代目から強く影響を受けている。
「ばぁか。俺を追い抜こうなんて、まだまだ早いよ。イルカはアカデミーにさえ通ってないんだろ?」
「う…、うん。アカデミーっておもしろい?」
「さ〜ね。俺もアカデミーには行ってなかったから」
「カァチも?でもにんじゃになるにはアカデミーにいくんでしょ?」
「俺は特別なの。でもイルカは行かなきゃ忍者になれないからな」
カカシの言う意味を掴みかねてイルカは首を傾ける。それにくすりと笑みを零して、カカシはイルカの手を取った。
「ま、いいよ。それより忍者になりたいんならいいトコ連れてってやる」



カカシがイルカを連れて向かったのは、火影の執務室だった。
「四代目いるかな…」
「カァチ、よんだいめのとこいくの?イルカもあえるの?」
小さな子供にとって火影は英雄だ。それが忍者を目指しているのならば、さらに特別だろう。
「そう、会わせてあげるか〜らね」
ぱあっと子供の顔が輝く。しかしすぐにそれは消えて、沈んだ声がカカシを押しとどめた。
「でもよんだいめはいそがしいひとだから、だめだって父ちゃがゆってた…。だからイルカがまんするんだ」
火影の仕事はそりゃあ色々あって忙しい。けれども師である四代目の日頃の態度を知っているカカシは、お構いなしで突き進んでいく。イルカが何を言っても気にせず歩を進めた。
「カァチ、だめだよ!」
「いいからおいで。大丈夫だから」
ノックもせずに執務室の扉を開けると、そこにはうんざりとした表情で書類に向かう四代目と、それを傍で見張っている三代目が揃っていた。いきなり開いた扉に二人にの視線が向かう。
「なんじゃ、カカシ。ノックもせずに。いつも言うとろうが。きちんとノックをして返事を聞いてから入れと」
「あー、はいはい。悪かったよ」
三代目まで居たのは余計なおまけだ。四代目と違って口うるさいのが敵わない。しかしイルカにしてみれば、英雄が二人揃っているわけで、それはもう嬉しそうに顔をほころばせた。
一方四代目はカカシの登場で、いい加減飽き飽きしていた書類整理から解放されると期待して、やはりにこにこと愛想が良かった。
「カカシ!いいところに…っ!じゃなくて、どうしたんだい?何か用事でも…って、その子は?まさかどこかから攫ってきたんじゃないだろうねっ?」
四代目の言葉でようやく、執務室に侵入してきたのがカカシ一人ではないことに三代目も気付いた。
「そんな事するわけないでショ」
「なんじゃ、イルカではないか。ほれ、うみののところの息子じゃよ」
「ええ?うみのさんの?へえ〜、おいでイルカくん」
イルカは二人の英雄に呼ばれて、恥ずかしそうにしながらもカカシから離れてちょこちょこと近付いていった。
「可愛いなあ、こんな素直な子供だったら育てるのも楽だったのにねえ」
「菓子でも食うかの?これは好きか?」
二人の大人は思わぬ訪問者に相好を崩しっぱなしだ。それを傍で見ていたカカシはどうにも面白くない。さっきまで自分の服を掴んで離さなかったくせに。なのに、四代目に会ったらさっさと離すなんて。そう思うと段々イライラしてくるのが分った。
(あれ?これってまさか嫉妬ってやつ?でも誰に?四代目に?たかがガキ一人のために?)
「この絆創膏どうしたんでしょうね?」
「うむ、まあ子供は良く怪我をするもんじゃからな。これも転んだか何かだろうよ」
「可哀相に。痛かったかい?」
そんな言葉が聞こえてきて、ふとカカシは衝動に駆られてイルカの絆創膏を力任せに引っぺがしてしまった。
ぴっと音を立てて絆創膏が顔から矧がれた。その一瞬の出来事にイルカは着いていけず、びっくりして身動き出来ずにいた。そうしてその驚きが徐々に薄れると、今度はじわじわ広がる痛みにくしゃりと顔を歪ませた。
「カカシ!?」
「こりゃ!何をするんじゃっ!!」
びええええ…と泣きわめくイルカと驚いてその行為を諫める大人に挟まれてカカシはその傷跡を見やる。絆創膏の粘着に引っ張られて、塞がっていた傷から瘡蓋が矧がれて再び血が滲んでいた。それをペロリと舌で舐め取る。
「甘い…。子供の血って甘いもんなの?」
「カァチ…?」
イルカもびっくりして泣くのを止めてしまった。無論のこと大人達も、その突飛な行動に着いていけず絶句する。カカシひとりが悠然として自分のポーチから絆創膏を取り出し、同じ場所にぺったりと貼り付けた。
「なんか、コレ気に入ったみたい。先生、俺この子が欲しいんだけど」
うみのは怒るかなあ?


三代目は目玉が飛び出るくらいきつい説教をされて、その間四代目は苦笑して見つめるだけだった。這々の体でカカシが解放された後、彼の師はこっそりと教え子に耳打ちしたものだった。
「イルカくんを貰いに行くときは、ちゃんと私も着いていって一緒に頼んであげるからね」と。

イルカには痛くしたことを謝って、許して貰ってから色々言いくるめよう。攻略法は分っている。多分うみのもなんとかなるだろう。問題は噂でしか知らない母親だけだ。でもきっと大丈夫。そんな気がする。だって…。
「イルカ、そこにいるんでショ?」
出ておいで、と声を掛けるとひょこりと顔を覗かせた。
「カァチ…。おこられたの?」
「怒られたけど平気。それよりごめんね?もう痛くない?」
「へいきだも。イルカもうないてないもん」
「イルカは俺のこと好き?」
「カァチすき!父ちゃや母ちゃとおなじくらいすき!」
「痛くしたのに?」
「だってしってるもん。あれやきもちでしょう?まえに母ちゃがゆってた。たにんとなかよくすると父ちゃがやきもちやくからたのしいって」
「………お前んちの母親って…」
カカシの事を待っていた時点で、嫌われていないことはわかった。けれど、もしかしたら自分よりこの子供の方が、人間関係はずっと上手かも知れない。そんな予感に駆られながらカカシはイルカと帰路に着いた。
イルカとの生活は始まったばかり。これからの長い人生で、どんなことが起こるか分らないけれども。きっといつでも自分の手の先にはイルカが居るだろう。そうであると良いなと思う。
十年先も二十年先も、ずっと。





いつもお世話になっているお友達・Platina veilのマツフジさんの8万打御礼SSです。
自由にお持ち帰りしていいとのことでしたので、「メルヘンゲットオオオオォォォーーー!!!!」とばかりにお持ち帰りさせていただきました。
ああああ;仔イルカ…かわいい、かわいいよう…!貰えるカカシが羨ましい…!!
ってか、この四代目、なんてカカシに甘いんだ(笑)萌えました!
素敵なSSをありがとね、マツフジさんvv


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