黒蝶


はあ〜何人いるのよ、一体。

暗闇に包まれた森の中を駆けながら、カカシは追って来る敵の数を数えて溜息をついた。全く今日はついてない。
作戦指揮の上官がヘボだったおかげで、敵に作戦が筒抜けだ。逆手を取った敵の陽動作戦に乗せられて、むざむざと命を散らした仲間のことを思うと本当に嫌になる。しかもある程度予想できた事態だっただけに。

こんなんじゃ、幾ら命があっても足りないねぇ。

カカシが暗部の精鋭といっても、全ての戦いに万能というわけではなかった。ずば抜けて腕は立つ。だけどそれだけじゃ生き残れない。やはり最後は多少の神の采配を感じるのだ。こんなに鍛錬して99%勝利を確実なものにしても、残り1%は運なのだ。それを思い知る度に、やってられないと思う。

今日のカカシはついていなかった。
その証拠に脇腹に一発食らってしまった。それも結構な深手だ。

流れ落ちる血を止める暇も無く、カカシは木々の上を流れるように移動する。

しかももうすぐ森を抜ける。
敵とカカシを阻むものが消える。月明かりに助けられ、敵はすぐにカカシの姿を捉えるだろう。

視界が開けた時が勝負だ。

だが、もうカカシはどうでもい気分になっていた。なんだか投遣りな気分だ。上司はヘボいし、作戦は失敗、しかも滅多に無い深手を負ってしまった。今日はついてない。ついに俺の悪運が尽きる時が来たか、とカカシは口元に笑みを浮かべた。

ま、それもいいか。

カカシは淡々と思った。生に対する未練は無かった。生きていても心は空っぽだ。それは死んでいることと大して違わないような気がする。殺して逃げて殺して逃げて。そんな反復ばかりの人生、どこで終わっても一緒だとカカシは考えていた。

視界が開けた。木々の上を走っていたカカシの足が、トン、と地面に着いた瞬間、敵に四方を囲まれた。
その数、十数人。高名な忍の噂を知る敵は、それでも充分に間合いを取って警戒を怠らなかった。

どうしようかな。ここで死んでみる?

心の中で自分にそう問い質しながらも、カカシは殺気で敵を威圧しながら、閉じていた左目をゆっくりと開けた。

と、その時。

一陣の風と共に黒い影がカカシの前に降り立った。
その姿を確認するより早く、影が動いた。

「ぐわあっ!」
「うご...っ!」
「あがっ!」

辺りで次々と倒れる敵が断末魔の呻き声を上げる。

カカシはその光景に心奪われて動けないままだった。

月光に照らされて浮き上がるその姿は、獣の面をつけ白装束を身に纏っていた。カカシと同じくらいの背格好から、まだ年若い少年なのだと知れた。暗部の仲間か、と思ったが腕に暗部の印がなかった。
秒殺だった。十数人の敵の間を縫うように、軽やかに少年が移動する度、真紅の花が散るように血飛沫が舞った。少年の高い位置で括った長い黒髪が、動きに合わせて蝶のようにゆらゆらと揺れていた。

月明かりの下で、咲いては散る真紅の花の中を死の化身の黒蝶がひらひらと舞う。

殺戮の現場とは思われないほど幻想的な光景だった。

全てが終わってその少年がカカシの方を振り向いた時も、カカシは毒気に当てられて呆然としたままだった。

するとその少年は腰に手を当てて、フン、と鼻を鳴らした。

「あんなのに梃子摺って死にかけてるなんて、写輪眼のカカシもたいしたことないな!」

何処か拗ねたような、突っ掛ってくるような口調で少年は言い放つと、現われた時と同じ様に風のように姿を消した。
「死にたくなければ、もっと頑張れよ!」と偉そうに言い残して。

そこでようやくカカシは我に返った。

な、なんだ、あいつ。
誰なんだ。
暗部みたいだけど、あんな奴見たこと無い。
言いたい放題言いやがってムカツク。
ムカツクけど。

空っぽだった心に、黒い蝶が入り込んだ。
カカシの中で、羽をヒラヒラさせて飛んでいる。

.....もっと、頑張ってみるか。

カカシは口元を緩く綻ばせて、重い腰を上げた。





カカシは目の前でゆらゆら揺れる括り髪を見ながら、そんな暗部の頃の思い出に浸っていた。
あの少年とは全く違う雰囲気なのに、少し似ているような気がしてしまうのはこの黒い括り髪のせいか。
ぼんやりしていると括り髪の持ち主が言った。

「どうかしましたか?カカシ先生」

「いえいえ、別に。イルカ先生、飲んでますか?」

そう言って銚子を傾ければ、あ、すみません、とイルカが杯を差し出す。
イルカはそのまま一口含むと、「おいしいですね!」と会心の笑みを浮かべた。
カカシは頭がクラリとした。

はあ〜イルカ先生の笑顔はやっぱりいいなあ〜。

ナルトを通じて知り合ってから幾度と無く見てきたその笑顔に、カカシは目下夢中だ。
こんなに夢中になれる人に出会えるなんて、自分でも思ってもみなかった。
生きててよかったなあ、とカカシはしみじみ思う。

黒蝶。あいつのおかげかな。

すっかりイルカで一杯になってしまったカカシの心の中を、今でも時々ひらひらと飛んでいる。

初恋、だったもんなあ。今頃どうしてるんだろうな。

あの後カカシは必死になって黒蝶を探したが、その消息すら掴めなかった。火影に問い詰めてみたりもしたが、知らぬ存ぜぬで、頑として口を割らなかった。このクソジジイ!と心の中で悪態をついたものだ。

もうこの気持ちは恋ではないけれど、会ってみたい。会って俺も頑張ってるだろう、と言い返してやりたい。

カカシはハア、と溜息をついた。




なんだろう、カカシ先生。溜息なんかついちゃって。
何か悩みがあるのかな。俺で良ければ相談にのるのに。

イルカはそう思いながらカカシの顔を盗み見て、その端正な顔にカアと顔を赤らめた。

写輪眼のカカシ。実は結構前から憧れていた。
暗部に一時席を置いたのは、カカシに会いたかったためだ。
といっても火影の身辺警護をするための暗部だったので、あまり戦線に出ることは無かった。
それでも暗部生活の中で、一度だけカカシに会った事がある。カカシは覚えていないようだけど。
イルカが駆けつけると、カカシは深手を負って敵に囲まれていた。
頭に血が上った。
躊躇うことなく敵を倒してしまったのは、あれが最初で最後だ。
敵が片付いて二人きりになると、こんどはパニックに陥った。
憧れの人を目の前に、何を喋ったらいいんだ!?と焦る自分を悟られたくないあまりに、「写輪眼のカカシもたいしたことないな」なんて憎まれ口を叩いてしまった。自分で言った言葉に自分でショックを受けて、その場を逃げるように去った。

嫌な奴だと思っただろうなあ、カカシ先生。

覚えてないみたいでよかった、とイルカは胸を撫で下ろす。
ナルトが心配で傍にいてやりたくて暗部を抜けたイルカだったが、ナルトがアカデミーを卒業して手を離れたので、火影が身辺警護役として暗部に戻って来いと最近しつこい。
火影には悪いと思うのだが、今はこうしてカカシと同じ教師でいる方が、断然近くにいられる。

もうちょっと、こうしていたいんです。ごめんなさい、火影様。

イルカは心の中で手を合わせた。



                       終
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なんだか中途半端なところで終ってしまってすみません。しかも、ヘッポコ暗部...(汗)
話が広がってしまったので、機会があったら続編を書きたいと思います。
アキ様、リクエストありがとうございました!!