櫻古

 

           桜の森と呼ばれながらも上忍ですら立ち入り禁止となっているその森へと入って行く
           人影を見たのは偶然だった。
           任務明けなのだろう闇の装束を纏った思い人。
           気配すら感じられないその人はまるで夜の闇に溶け込むようにしてその森へと入って行った。
           同じく仕事を終えたカカシは報告をしなければ・・そう思いながらその背を追いかけて森へと足を踏み
           入れた。
           不気味な程に闇に包まれたこの森にカカシが足を踏み入れるのは初めてである。

           「こんなところで何を・・・」

           すでに追いかけた背はどこにも見当たらない。僅かに感じ取った血の香りすらも消えている。
           それでもカカシの足は確かにしっかりと地面を踏みしめていた。
           何となく本当に何となくなのだが呼ばれているような気がするのだ。
           暗く不気味な夜の森。桜の木が群生しているその森は濃厚なまでの桜の香りに満ちている。

           「何がでてきたって不思議じゃないな〜」

           のんびりと歩きながら周囲を見渡す。
           幽霊というものが本当にいるのならばこういった場所は彼らのイメージにぴったりだ。

           「幽霊ね〜」

           絵本などによくでてくる死者の霊。

           「幽霊でも、会えるなら・・・会いたいな・・・・」

           これまで失って来た存在を思いながらぽつりと呟いた言葉。
           その声に呼応するかのように桜の枝が風に吹かれて鳴く。
           その音は酷く寂しげで耳に入ってくる音に胸が痛む。
           走馬灯のように思い起こされる人々。
           もう戻っては来ない過去の人。
           思い出さないようにそう思ったことすら忘れるように自らにかけた暗示。
           その暗示がとけて懐かしい人々が
           自分が手にかけてきた人々が目の前に次々と現れては名を呼んでくる。
           涙が滲み出す。
           泣きたくなどないのに
           こんな涙いらないのに
           カカシの意思に反して一度溢れ出してきた涙は関を切ったかのように止まらずに
           頬を伝い、流れ落ちる。
           涙と共に体の力をも抜けていく。
           脱力感。
           次第に重くなっていく体。
           近くの桜の幹に手を付き、そしてずるりと崩れ落ちる。
           幹に背を預け天を見上げると青白い月が目に入った。
           ふ、と何やら泣き声が聞こえてきた。
           いや、声は聞こえない。
           ただ静かに涙を零す音が聞こえて来るのだ。
           それは酷く悲しく
           カカシの心をも揺さぶる程に
           哀しみに溢れていた。

           「イルカ、先生?」

           思い至ったのは突然。
           無意識のうちにその名を紡ぐ。
           頭にふいにイルカの姿が見えたのだ。
           その顔に涙はなくそれでも静かに泣いているイルカ。

           「呼んでる。」

           ふらりと立ち上がれば目の前にいたはずの過去の残影はなく

           「行かなきゃ・・」

           そう呟いて姿を消した。




           風を切るように走り、辿り着いた先に求めた人物の姿を見つけて足を止める。
           周囲の桜の中でも郡を抜いて咲き誇っている若木。
           その前にひっそりと佇んでいるのはカカシと同じく木の葉の里の暗部の装束を
           身につけている愛しい人。
           何のとり得もない中忍だと思っていた。
           自分よりも下の者だと侮っていたイルカが暗部の部隊長をも務めるほどの
           実力者であったということを知ったのは少し前。
           いつもは高い位置でくくっている髪は暗部の仕事中は解かれており、
           今は無造作に夜の闇へと溶けている。
           ゆっくりと静かに近づく。
           気配は完全に絶ったまま。
           それでもイルカは気づいているだろう。
           気づいているだろうにイルカは桜を見上げたままに微動だにせず

           「見事な桜ですね。」

           言いながら背から抱き締めるようにして腰へと腕をまわす。
           イルカの熱が触れた個所から伝わってくる。
           風に揺れる黒髪が肌をくすぐる。
           そして、極々僅かに香る血の匂い。
           自分にも染み付いているその香りが混ざり合い、桜の香りと結合する。

           「この下には死体が埋まってますから。」

           花を見上げたままに返って来る言葉。

           「・・・あなたが言うと冗談に聞こえないんですけど。」

           クスリと笑うと腕の中のイルカが身を返す。
           暗闇でもはっきりと見えるイルカの顔。
           その顔に普段の笑みはどこにもなく
           ただ無表情にカカシを見つめてくる。

           「冗談ではありませんよ。俺が、殺して埋めたんですから。」

           静かな声。
           言葉の後に柔らかく微笑むイルカ。
           ザッと風が音を立ててそよぐ。
           乱れる髪を掻きあげながらイルカはカカシと向き直ったままに
           視線だけを天上の桜へと移す。

           「親友だったんです。アカデミーの頃から一緒で。
           両親が九尾に殺された時にも傍にいてくれたんです。
           ずっと傍にいるから、絶対にひとりになんかさせないから。
           そう、言ってたのに・・・」

           ポツリ、ポツリと紡がれる言葉。
           その声に抑揚はなく
           ただ音を発しているだけといった風態。
           しかし、それこそが
           そんなもの言いこそが
           イルカの深い哀しみを現しているようで
           胸が締め付けられるように痛む。

           「人の命って、なんて脆いんでしょうね。」

           「イルカ先生・・・」

           こういう時に何と言葉を返せばいいのか分らない。
           ガイやアスマ、三代目辺りならば気の利いた言葉を返せるのかもしれない。
           それでも、この場を自分以外の者へ委ねる気はさらさらない。

           「そいつの処分が決まって、その話を火影様から聞いて俺が志願したんです。
           どうせ狩られるのならば俺が狩ろうと。この格好で、この面をつけて。
           そいつの前に出たんです。そうしたらどうしたと思います?」

           緩やかな風が流れる。
           やわらかい風。
           不気味な程に深い闇の中にいるというのに
           何故だか心が酷く落ち着いている。
       
           「あいつ、笑ったんです。これから殺されるというのに。
           静かに、柔らかく。ただの中忍として接していたのに。
           暗部に所属しているなんて告げた事ないのに。
           約束守れなくてごめんって・・・そう言って微笑んだんです。」

           イルカの声が小さく揺れる。
           それと同じく肩も小刻みに揺れている。

           「何人も殺してきました。この面をつけて。この刀を握って。
           何人もの血を浴びてきたんです。
           人を殺してもどうも思わなかった。任務だから。
           そう割り切っていたのに。子供ですらも手にかけてきたのに。
           それでも、それなのに、こいつに手をかけた時に初めて、
           自分のしている事が怖くなったんです。」

           言葉を切って俯くイルカ。
           首を巡らせた際に頬が濡れて見えたのは見間違いではないだろう。

           「俺はっ最低だ!あんなにも簡単に人の命を薙いできて!
           それなのにっ・・自分のものだけは守ろうとしているっっ!
           あんなに嫌悪感を抱いたというのにまだ人の命を奪っている!!」

           くうっ・・とイルカの嗚咽が耳に届く。
           一度は離したイルカ。
           その体をもう一度、先程よりも強く、きつく抱き締める。

           「俺はっ絶対にあなたの傍から離れません!」

           「そんな言葉・・いりません。絶対なんて俺は信じない。」

           そっけない言葉。
           それでも、抱き締めている肩が震えているのは確かな事で

           「それでも!」

           イルカが望まなくとも
           一生傍にいると誓う。
           肩を抱く腕に力を篭める。
           腕から逃れないということは多少は望みもあるのだろう。
           イルカに守ってやるなどと鎮撫な事を言うことはできない。
           自分の腕の中でしか生きていけないような人ではないのだから
           でも
           泣きたい時に
           弱音を吐きたい時に
           傍にいられる相手でありたいのだ。

           「好きです。」

           だから

           「好きなんです。」

           たまにでいい こうして抱き締めさせて欲しい。

           「俺はあなたに守ってもらう程弱くないです。絶対なんて言葉も信じない。
           それでも、たまにでいいんです。こうして抱き締めてくれますか?」

           言葉と共にカカシの胸にイルカの頬が触れ、背に腕がまわされる。
           ゆっくりと預けられるイルカの重み。

           「すごく身勝手な事を言っているというのは分っています。分かっているんです。
           でもっ・・どうしようもなく寂しくなった時に、泣きたくなった時に、
           この胸を、少しでいいんで貸してもらえませんか?」

           触れている個所がイルカの涙で濡れる。
           続く嗚咽に胸の位置に埋まっているイルカの髪をそっと梳く。
           この人が
           こんなにも不器用だとは思わなかった。
           いつも笑っていて
           こんな風に泣く人だとは思わなかった。

           「俺はいつだってあなたの傍にありたいですよ。」

           そっと囁いた声は桜の花弁と共に風に流れていった。

 

           終

 

           翠空花の叶さんから相互リンクの記念に頂いちゃいました!!
           しかも、暗部カカイル恋愛物という私の無理なお願いをきいてくださったのですよ!!
           きゃ〜〜〜(><)!どうです、この格好良さ!?
           切なさ、キュンキュン度MAX〜〜〜!!
           不器用なイルカを優しく包む、甘々カカシにくらり!
           超ツボでした!叶さん、素敵な作品をありがとうございましたvv

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