カカシ日記

最終回

○月某日。
今日も相変わらず雪。
任務のない俺は炬燵にあたりながら、ぼへーっと窓の外を眺めた。
しんしんと降り積もる雪に、イルカ先生の寒々しい薄着姿を思い浮かべる。
…凍える空の下、イルカ先生はまた体を震わせてるんだろうな。
だって昨日コート破いてズタボロにしちゃったから、まだ代わりが無い。
落とした手袋を拾った日から、何も変わっていない。
イルカ先生は寒いまま…
俺、今まで何してたんだろ、となんだか落ち込んだ。
上忍で写輪眼なのに、大好きな人をあっためてあげる事さえできない…
…でも。
でもでも。
でもでもでも!
落ち込んでばかりはいられない〜よ!!!
あっためられないなら…イルカ先生をあっためられないなら…
せめて俺もイルカ先生と同じ寒さを味わわなくちゃ…!
大好きな人に一人寒い思いばかりさせていられない。
俺は心を決めると、ていっと衣服を脱捨て、パンツ一丁になった。
コートを羽織らない程度では生ぬるい。
イルカ先生が凍えていた間、ひとりぬくぬくしていた自分への罰も含め、俺はパンツ一丁でイルカ先生を迎えに行くことにした。
それくらいの事をしないと、見合わない気がしたんだ〜よ。
ドアを開けた途端、ぴゅるううう〜と身を切るような冷たい風が吹き付けた。
うっ、寒い…
一瞬怯んで身を仰け反らせてしまったが、俺は負けなかった。
俺のイルカ先生への思いが試されている時だと思った。
コートも羽織らず、マフラーも巻かず、パンツ一丁でアカデミーへと急いだ。
半端じゃない寒さだった。滝のように鼻水が出た。中途半端に顔に口布だけ巻いてる為に、鼻水の沁みた口布が凍って呼吸困難になったりした。
アカデミーには終業時間前に着いてしまったので、そのままいつものように門の前に立ってイルカ先生が出て来るのを待った。
ただ立っているだけだと、走っていた時よりも寒さを感じる。
でも、でも俺は負けなかったんだ〜よ…!
体は降り積もる雪の冷たさを感じないくらい、もう感覚が麻痺してしまっていたけれど。
鼻水だらだらで、髪はパキパキだったけど。
寒いなあと思いながらも、イルカ先生も毎日これくらい寒かったのかなあとか考えて…あったかくしてあげられなくてゴメ〜ンねと少し悲しくなったりしたけど。
こうやって、イルカ先生を待っているのは嫌いじゃない。
イルカ先生が俺の姿を見つけて、駆け寄ってくる。その姿を見るのが好きなんだ。
早く来ないかなあと思っていると、
「あ、あんた何やってんだ…!?」
血相を変えてイルカ先生が駆けて来たので吃驚した。
想像してたよりも早い。まだ終業時間前なのに。
「何やってって…イルカせんせひを待ってまひた…もう仕事おわったんれすか…?いっひょ、いっひょに帰りまひょ…」
寒さで呂律が回らない俺に、イルカ先生は怒り心頭に達すといった様子で、大声で怒鳴りつけた。
「俺が訊いてるのはそういう事じゃありません…!なんでこの雪の中パンツ一丁なのか訊いてるんです…!ったく正気の沙汰じゃない、何考えてんだあんたは…!?」
怒鳴りつけられて俺は身を縮ませた。
イルカ先生を思っての行動だったのに。
やっぱりパンツ一丁になるくらいじゃ、俺の気持ちは伝わらなかったかな…
でもこれ以上脱いだら、警吏に捕まっちゃうし。
あったかくしてあげる事もできなくて、一緒に寒さを共有する事もできなくて…他に俺は何ができるんだろ…?
イルカ先生の為に、何が。
何も思いつかない。
何かしてあげたいのに、何もできない。
「何考えてって…イルカせんせひのこと、考えてまひた…」
一生懸命答えながら、情けなくも涙が零れてきた。
「らって、コート破れひゃったから…イルカせんせひ寒いままでひょ…イルカせんせひ寒いのに…俺らけぬくぬくしてたら駄目でひょ…」

俺らけあったかいのは嫌なんれふ。

ぼろぼろ零れる涙とともに、たりたりと大量の鼻水も垂れる。
そこに雪が吹き付けて、何だか顔ががびがびダラダラと物凄い事になっていたが、どうでもよかった。
イルカ先生はそんな俺をしばらく黙ったまま見詰めていたが、やがてフーッと大きい溜息をついた。今まで聞いた中で一番大きな溜息だった。
「…えーと…カカシ先生の思考の流れは大体分かりました…でも、だからって…何もパンツ一丁になる事ないでしょう…」
イルカ先生は眉間に深い皺を寄せながら、俺の頭を持ってきたタオルでごしごしと拭いて言った。
「それに、コートがなくても俺はもう、十分にあったかいですよ…」
嘘だ、と俺は反論しようとしたけど、遂にその言葉を口にする事はできなかった。
だって俺が口にするよりも早く、イルカ先生が俺の体をぎゅうっと両腕の中に抱き締めて、こう言ったから。

「あんたが側にいるだけで、もう、こんなにあったかいでしょうが。」

それは甘さの欠片もない、滅茶苦茶不機嫌な声だったけど。
押し付けられたイルカ先生の体は物凄くあったかくて。
ああ、そうかと俺はようやく気付いた。
俺だけがあったかかったんじゃない。

ふたりでいるから、あったかい。

俺はもう、イルカ先生をあったかくしてあげられてたんだ〜ね…

嬉しくてホッとして。俺はまた涙を零した、勿論それ以上の鼻水も。
「イルカせんせひ、俺っ、イルカせんせひの側を離れましぇん…ずっとずっと側にいまひゅ…っ!頑張って、イルカせんせひをあっため続けましゅ…!!」
夢中になってぎゅぎゅうーっとイルカ年生の体を抱き締め返す俺に、イルカ先生は溜息混じりに苦笑を漏らした。
「はいはい。もう好きなだけ側にいてください…とりあえず早く、この服着て。雪の日じゃなくても、パンツ一丁で外出は不味いですよ。」
「は、はひ…!じゃ、じゃあ俺、一生イルカせんせひの側にいましゅ…!」
イルカ先生の差し出した服を着ながら、俺はそう叫んでいた。
好きなだけ側にいていいって言った。
だから、一生。一生側にいて、いいんだよね?
アンダーから半分顔を出したままイルカ先生の返事を待つ俺に、イルカ先生はまるでなんでもない事のないように答えた。
「はいはい…じゃあ一生側にいてください。」
その時のイルカ先生の笑顔は今迄で一番の笑顔で。
この冬で一番俺があったかいと感じた瞬間だった。

お終い