カカシ日記

(1〜5)

○月某日。
今日は雪だった。
寒いし、あられまじりでパチパチ当たって痛いし、それなのに任務だしでサイアクだ。
腐った気持ちで歩いてたら、イルカ先生が俺の前を歩いてる事に気付いた。
イルカ先生はこんな日にコートも着ていない。
暑がりだって言ってたけど、こんな日にマフラー一枚って幾らなんでも、すご過ぎだ〜よね?
寒くないのかなあとぼんやり見ていたら、
イルカ先生が「へくち、」と小さくくしゃみして、「しっかし、さみぃなあ…」と体を震わせた。
やっぱり寒いらしい。
コート着ればいいのにと思ったけど、まさかコート持ってないのかな。
あの人貧乏そうだし、ありうる。
今度こっそりプレゼントしてあげようかな。
イルカ先生は手袋もしてなくて、かじかんだ手にはあと息を吹きかけたり、擦ったりしていた。
手袋も持ってないのかと驚いてたら、よく見たら尻のポケットから橙色をした毛糸の手袋が半分飛び出していた。
絶対そこに入れた事を忘れている感じだ。

せんせ、手袋後ろのポッケに入ってますよ!

教えてあげようとした瞬間、手袋が片方、ぽとっと雪の上に落ちた。
イルカ先生はそれに気付かずにそのまま行ってしまった。
勿論俺はそれを拾った。
後でちゃんと返すつもりだけど、今日の任務はこれをお守りにしよう。
すごく御利益がありそうだ。



○月某日。
御利益あった。イルカ先生の手袋はすごい。
Sランクの任務で半分死に掛けて、半分どころか本当はほとんど死んでたんだけど、
俺もここまでかなあと思っていたら、霞む意識の中にかじかむ手にはあっと息を吹きかけるイルカ先生の姿がぼんやり浮んで。

イルカ先生に手袋返さなくちゃなァ…

なんて、思った。
買い換えるだろうなあとか考えなかった。だってあの人ビンボだから。
物を大切にする人だから、この冬の間中落とした手袋をさがして、手をかじかませたまま過ごしてしまうんじゃないだろうか。
イルカ先生が寒いのは嫌だなあ、死んでる場合じゃないと思った。
そしたら、なんとかなった。
足は潰れて腕の骨は折れて、切り裂かれた背中の傷からだらだら血が流れてたけど、なんとかなった。
生きて木の葉に戻れた。
まだ病院のベッドの上で、自由に身動きが取れないけれど、これでイルカ先生に手袋返せるなあ。
ちょっとホッとした。




○月某日。
面会謝絶がとけて、一日の短い面会時間の内に、爺さんやら強面のやら獣面の奴やら、果ては七班のジャリどもも押しかけてきた。
来る人来る人、皆「大丈夫か?」って聞くけど、見てわかんないのかなー。
全身管だらけだし、まだ呼吸器つけてるし、どう見ても大丈夫じゃないっつうの!
でも俺は人間ができてるので、苦しい息の下で「だいじょぶ、」と頷いて見せた。
ストレス溜まる。
どーでもいいけど、イルカ先生はお見舞いに来てくれないのかなあ。




○月某日。
来た。ついに。
イルカ先生がお見舞いに来た。
「大丈夫ですか。」と果物籠を小脇に抱えて。
俺はまだ全身管だらけだし、呼吸器つけてるし。
どう見ても大丈夫じゃないんだけど、イルカ先生が来てくれたから大丈夫。今、大丈夫になりました。
外は雪だというのに、やはりイルカ先生はコートの一枚も着ていなかった。
相変わらずマフラーを首に巻いただけ。手袋もしていない。
手袋くらいしたらいいのにと言ったら、
「片方なくしちゃって。捜してるんですけどねえ、なかなか見つからなくて。」
イルカ先生はそう言って赤い鼻先をぽりぽり掻いた。
そんな事だろうと思った。
俺はイルカ先生の事がよく分かっているのだ。
手袋を返してあげなくちゃと思ったが、何故か俺はイルカ先生に手袋の事を言い出せなかった。
ま、いっか。次に会った時で。
ベタだけど、イルカ先生にお見舞いの果物籠の中にあった、りんごをむいてくれるように頼んだ。
あーんして食べさせてくださいとお願いすると、
「さっき看護婦さんにまだ固形物は食べさせないで下さいって、言われたんですよね…俺知らなくて、こんなものをすみません。」
謝罪の言葉と共に頭を下げられてしまった。
でも食べられるようになったらむいてくれると約束してくれた。
あーすごく楽しみ。




○月某日。
今日病院を退院した。
結局イルカ先生は一回お見舞いに来てくれただけだった。
仕事が忙しかったんだろうか。
髯に言ったら、「ばあか。社交辞令だろうが。」と笑われた。
シャコウジレイ。なんだろね、それ。俺の辞書にはない言葉だ。後で調べてみなければ。
兎に角イルカ先生に何があったか心配だった。
薄着が祟って、ついに風邪を引いて寝込んでしまったのかもしれない。
それにまだ約束のアーンをしてもらっていない。
俺はイルカ先生の様子を見に行く事にした。
イルカ先生のアパートを訪ねると、
「カカシ先生?どうしてここに…?」
イルカ先生はすごく吃驚した顔をした。
とても元気そうだ。
それにホッとしながら、もしもの場合にお見舞いに持って来たりんごの用途を急遽変更した。
「りんごむいて、あーんって食べさせてください。」
約束しましたよねと俺が言うと、イルカ先生は目を白黒させた。
「いや、確かに約束しましたけど、でも…」
口篭るイルカ先生に、まだ俺の体を心配しているのかと思って、
「イルカ先生御心配なく!俺、もう退院しましたし、こんなにぴんぴんしてますし、何でも喰っていいんですよ!」
りんご食べても、大丈夫です!とグッと親指を突き出してみせた。
イルカ先生ははーっと深い溜息をつきながらも、ようやく納得してくれたのか、
「…分かりました。りんご、むかせていただきますので、中に入って下さい。」と、俺を家の中に招き入れてくれた。
あーんして食べさせてもらったりんごは格別に美味しかった。
幸せだ。怪我の功名ってこういう事を言うんだろうか。
今日をイルカ先生との「アーン記念日」にしよう。
浮かれていたら、また手袋を返し忘れた。次こそちゃんと返そう。