(2)


「じゃあ行きますか、カカシ先生。中庭で食べるんでしたっけ、」
「は、はい…!」
 そうしてふたりで歩き出して間も無く、イルカは不思議な事に気付いた。
 すたすたと先を歩くイルカの後ろを、カカシが背後霊の如くヒタヒタとついて来るのだ。
 歩幅的にも忍の地位的にも、カカシの方が前を歩くというならともかく、この構図はおかしい……というか、何だか怖い。
 
 普通、こういう時は肩を並べて談笑しつつ移動するもんじゃねえの……?

 それにイルカだとて忍の端くれ。背後を取られていると思うとそれだけでなんとなく落ち着かない気持ちになる。
 イルカは堪え切れなくなって、くるりとカカシを振り返って言った。
「あの、カカシ先生……」
「はい、なんでしょう?イルカ先生。」
「なんで俺の後ろを歩いてるんです?」
「なんでって……」
 カカシは何故かポッと頬を赤く染め、恥ずかしそうに答えた。
「昔言われたんです……三歩下がってついていくような奥ゆかしいひとになれって……俺、ちゃんとなれてますかねぇ?」
「はあ?」
 イルカは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 昔言われたって誰に?
 三歩下がってって……三尺下がって師の影を踏まず、みたいな教えの事を言ってるか?
 四代目から教えられた忍の心得か何かなのかな……?
  
 よく分からなかったが、これ以上掘り下げて聞くのも面倒で、
「あぁ、まあ…ちゃんとなれてるんじゃないですかね……すごいですね、昔言われた事をちゃんと守ってるなんて、」
 イルカが適当に相槌を打つと、途端にカカシがパアア!と顔を輝かせた。
「す、すごいなんて……ちっともそんな事ないですよ……!で、でも、嬉しいです、イルカ先生にそんな風に言ってもらえて……」
 何がツボッたのか、カカシは大袈裟なほど喜んで、真っ赤な顔でひとりモジモジくねくねしている。
 イルカはどう返したらいいか分からず、
「い、いや、そんな……ハハ、」
 モゴモゴとよく分からない事を口にしただけだった。
 結局イルカはそれ以上何もいう事ができず、その後ヒタヒタと幽霊の如くついて来るカカシのプレッシャーに耐えねばならなかった。
 

 そうしてようやく中庭に着くと、カカシが早速とばかりに持って来た重箱弁当を広げた。
 重箱弁当を包む風呂敷はリアル犬柄で、イルカは内心ゲンナリしていたのだが、中身を見た瞬間そんな気分も全て吹っ飛んでしまった。
 三段重ねのその弁当箱には今まで見た事も無いような手の込んだ色とりどりのおかずがギッシリ詰まって、まるで宝石箱のようだった。
 もう、滅茶苦茶美味そうで、
「すっげ―――!!!!!」
 イルカは先程までの仏頂面をコロッと笑顔に変えて、思わず子供のように歓声を上げてしまった。
「俺、こんな弁当見た事ありません……っっっ!!!高級料亭の仕出し弁当か何かですか???流石上忍、食べてるものまで違うな―――!!!」
 イルカが手放しで称賛すると、何故だかカカシがポッと頬を染めて、恥ずかしそうに言った。
「そ、それ……俺の手作りなんです……」
「ええええええぇぇぇぇ……っっっ!!!???」
 驚きのあまり、イルカは持っていたお箸を落としそうになってしまった。

 て、手作り……!?カカシ先生すげー…っていうか……三十路近い男の……愛犬家の手作り…………

「……」
 イルカは急速に食欲が失せるのを感じた。
「イルカ先生のお口に合うといいんですけど、」
 そうとは知らないカカシがいそいそとおかずを皿に取って寄越す。
「……」
 カカシの視線を痛いほど感じた。ここは絶対に食べねばなるまい。
 イルカは意を決して、ええいままよ!と肉団子らしきものを口に放り込んだ。
 本当は美味しいのだろうけど、こうなってしまうと味なんて分からない。ジャリジャリと泥団子を食っているような気分だった。
「……」

 無理だ……やっぱり無理だよ!!!

 なかなか次を食べれないでいると、それを見ていたカカシが悲しそうに眉を下げた。
「どうしました?イルカ先生。お箸が止まっているようですけど……もしかして美味しくなかった?」
「い、いえ!!すっげー美味しいです……!!!!だっ、だから味わって食べてるというか……あ、あの、カカシ先生って、いつもこんなすごいの作ってるんですか!?」
 イルカが慌てて誤魔化すように言えば、そんな、とまたカカシが恥ずかしそうに身を捩った。
「全然すごくないですよ〜」
「す、すごいですよー普通(の男は)こんなの作れませんって!(軽く引きましたよ。)カカシ先生、忍を引退したら料理屋を開くといいですよ。絶対成功する事間違いナシ!!俺、毎日通って常連になっちゃいますよ、きっと!!」
 その時は安くしてくださいね☆とその場しのぎに思ってもみない事をイルカがぺらぺらと一気に捲し立てると、カカシも満更でもない様子で、
「イルカ先生がそう言うなら、やってみようかなぁ。」
 などと意外にも話に乗ってきた。
「はい、それがいいですよ。」
 話が逸れた事にホッとしつつイルカは頷いた。
「毎日通って常連になっちゃうってホント?」
「はい、」
「お世辞じゃなくて?」
「はい、」
「イルカ先生、俺のご飯を毎日食べたいの?」
「はい…、」
 流れのままについつい頷いてしまった後で、イルカはハッと我に返った。

 い、今……なんだかとてつもなくマズい事を言ってしまったような気がする……

 その時カカシがキラリと目を煌かせて言った。
「そう、それなら……毎日、ご飯作ってあげる。」



 続く