「Friends」番外「湯煙ハネムーン」



「うわあ・・・本当にこんな山奥にこんな立派な旅館が・・・!すごいですね!」
イルカは渓谷に掛けられた吊橋を渡りながら、目の前に見えてきた高級そうな温泉旅籠の姿に感嘆の声を上げた。
「ええ、ここは各国のVIPもお忍びで利用する、知る人ぞ知る秘湯中の秘湯なんですよ〜
イルカ先生は温泉好きだから、喜んでくれると思ってvv」
えへへと身を捩らせるカカシの姿が、何だか今日は愛しい。

この宿、3年先の予約まで一杯だって噂なのに・・・
カカシ先生俺の為に無理してくれたんだなあ・・・

イルカは何となく胸をじ〜んとさせながら、潤む瞳でカカシを見詰めた。
二人は二泊三日の予定でこの温泉旅館に来ていた。世間一般で言うところのハネムーンである。
短すぎる気もするが、本当のところハネムーン自体に乗り気でなかったイルカだ。

外ではいつカカシ先生の変態が暴走するかと心配で気が休まらないからなあ・・・
それに何処に行ってもやることは一緒なんだろうし・・・

しかし結局新婚旅行に行きたがるカカシにほだされてしまった。

でもやっぱり来てよかったな。温泉も楽しみだけど・・・

イルカはちらとカカシを見遣った。
カカシはこれ以上嬉しい事はないという満面の笑顔で、「イルカ先生、はやくはやく!」と子供のようにはしゃいでいる。

カカシ先生・・・あんなに喜んで・・・うんうん、やっぱりきてよかった・・・

イルカは微笑みながら、「待ってくださいカカシ先生」と先を行くカカシの後を追う。
「待ちきれません〜〜〜!!!露天風呂・・・はやく露天風呂に行かなくちゃ・・・イルカ先生っ、はやくはやくう〜〜〜!!!!」
うお〜〜〜とカカシが怪しい咆哮をあげて宿屋めがけて走り出した。

服を脱ぎながら。

「あ、あんた何やってんだーーーー!?ふ、ふく、服脱ぐなーーーー!!!」
イルカはカカシの脱いだ服を拾いながら、大慌て叫んだ。
カカシはまるで聞こえていないようで、「イルカ先生と露天風呂ーーーー!」と叫びながら遂にはすっぽんぽんになってしまった。
「カ、カカシ先生・・・!!」
イルカがカカシのシースルーなカルヴァンクラインのブリーフを拾い上げ、「こ、こんなのはいて・・・!」とどぎまぎした時には、
カカシが鼻血を噴きながら旅館の入り口に駆け込んでいくところだった。
しかもその股間にはにょっきりと上を向くマツタケ。
「カカカカ、カカシ先生、ま、ままま、待っ・・・!!!」
止めようとするイルカの必死の追走も虚しく、流石の上忍はあっという間に旅館の中に姿を消した。
次の瞬間、そこかしこで上がる恐ろしい悲鳴に揺れる旅籠屋を前に、イルカは蒼白のまま呆然と立ち尽くしていた。

あわわ・・・!こ、この二泊三日の間・・・俺は一体どうなってしまうんだろう・・・!?

今更ながら恐ろしい予感に震えるイルカの手から、ぽとりとカカシのブリーフが落ちた。

 



「イルカ先生と早く露天風呂に入りたくて、焦りすぎて何だか失敗しちゃいました〜。」
すみません、とカカシは申し訳なさそうに言いながらも、その顔はニコニコとこれ以上ないほど緩んでいる。
それもその筈だった。カカシは念願かなってイルカと今まさに露天風呂に入っているのだ。
イルカはカカシの嬉しそうな顔を見つめながら、やれやれと溜息を吐いた。
「今度からはちゃんと脱衣所で脱いでくださいよ・・・。」
阿呆な事言ってるなあとイルカは苦笑しながらも、岩肌に背もたれて乳白色の湯を肩にかけた。
見上げた青空にもうもうと上がる湯煙。
サワサワと葉擦れの音をさせながら、上気した頬を撫でていく爽やかな風。
なんて気持ちがいいんだろうとイルカはうっとりした。
しかもイルカとカカシが浸かっているのはプライベート露天風呂で何の気兼ねもない。
イルカは思わず、いい湯だな、はははん、とご機嫌に口ずさみながら、

しかし、よく追い出されなかったよなあ・・・

しみじみ思った。
旅館側はカカシの全裸を前に、全く動じないばかりか、恭しい態度で「いらっしゃいませ」と頭を下げてみせた。
そうした旅館側の態度もどうやらカカシが並外れた上客だった所為らしい。
それにイルカが気づいたのは、旅館の離れの別邸に通された時だった。
離れの別邸は五部屋もあり、そのどれもが無駄に広かった。しかも日本庭園にプライベート露天風呂、サウナ、ジャグジーまで付いている。その豪華さに一泊の宿泊料金を尋ねたイルカは腰を抜かしそうになった。
中忍の給料半年分の値段もした。

敷居の高い旅館を気取っても、所詮は金・・・金なのか・・・?
金は変態に勝るのか・・・!?

イルカがそこはかとなく人生の虚しさを感じて顔を顰めると、
「そんな顔をしないでイルカ先生。ねえ、笑ってください?」
カカシが優しく気遣った。

そ、そんな顔って・・・お、俺、変な顔をしてたのかな・・・?

イルカが慌てて顔を上げると、カカシがにっこりと微笑みながら言った。
「イルカ先生、ネッシーです、」

はあ?

訳が分からずイルカがカカシに胡乱な目を向けた時。
ぴょこん。
乳白色の水面に何かが顔を出した。
「ほら、ネッシーが現れましたよ!」
それはネッシーならぬ、カカシの先っぽだった。
ネッシーが泳いでますよ〜と言いながらカカシは湯の中を腰を突き出した形で移動する。
すい〜と湯の上を走る先っぽはまるで本当にネッシーそのものだった。
(といっても、二人ともネッシーを見たことなど勿論なかったのだが。)
「あははははは!!!!」
イルカはその馬鹿馬鹿しさに思わずひーひーと腹を抱えて笑ってしまった。

俺がしかめ面してたからって・・・
ここまで捨て身で笑いをとるか!?
本当に阿呆だな、この人・・・・

仮にも天下の上忍がこんな阿呆な姿を晒すのは俺にだけなんだろうなあと思うと、
イルカは何だかカカシがたまらなく愛しい気持ちになって、自分も負けじと思いついた一発芸を披露した。
カカシにも笑って欲しかった。
「カカシ先生、大きな桃が流れてきましたよ!」
イルカは自分のお尻を半分水面の上にだして、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと言いながら、桃が流れている様を演出した。
カカシもそれには馬鹿うけで、クククと心底おかしそうに肩を震わせながら、
「本当に大きくておいしそうな桃ですね〜!ネッシーが食べてそうにしてます〜」
馬鹿馬鹿しく囁いた。
桃に泳ぎ着いたネッシーはその柔かな果肉に潜り込んで貪りつくした。
「ネッシーは、すごく、この、桃が・・・ハア・・・美味しいと、ウウッ・・・いってます〜」
ハアハアと乱れる息の元、一生懸命そんな事を口にするカカシの鼻血を拭ってやりながら、

俺、本当にカカシ先生が好きなんだなあ・・・

とイルカは心の底から幸せを感じていた。

 

 

 

なんとか、エッチな事からカカシ先生の意識を逸らさないといけないな・・・

イルカは豪華な食事を頬張りながら痛む腰を擦った。

なんだかカカシ先生はいつも以上にやる気満々だ・・・
新婚旅行だから仕方ないのかもしれないけど・・・俺の体がもたん・・・!!

プライベート露天風呂でもかなりいたしてしまった。

この豪勢な食事が待っていなかったら、あのまま朝までコースだったよな・・・

イルカ達が湯から上がった時には、ただでさえ乳白色だった湯の色が更に濃さを増していたような気さえする。

夕飯の後は少し休みたいけど・・・どうしたらいいんだ・・・?考えただけで胃が痛いよ・・・

イルカはそんな事を思いながらも、5回目のおかわりとなるご飯をお櫃からよそった。
「・・・イルカ先生って本当においしそうにご飯を食べますよねえ。」
カカシが急にそう言ってくすりと笑った。
イルカはそんなカカシの言葉にカアと顔を赤らめた。そんなにむしゃむしゃと夢中になって食べていただろうか。
「い、いや今日は特別ですよ・・・だってこんな豪華な料理、食べた事ないですからね!
カカシ先生のお陰ですね、ありがとうございます・・・!」
イルカがニコッと笑うと、カカシが突然大きく目を見開いて、カアアア!とトマトのように顔を赤くした。
すぐさまイルカに顔を近づけてくる。
「イルカ先生・・・・」
蛸のように唇を突き出してくるカカシを牽制しようと、イルカは咄嗟に蛸の刺身をもにゅっと押し込んだ。
共食いだな、と思わずイルカが噴出すと、もぐもぐと蛸を咀嚼しながら「蛸が食べたいんじゃありません」とカカシが抗議する。
「俺が食べたいのはイル・・・」
「あ、ああ〜!?そうだっ、夕飯食べ終わったらカラオケにでも行きませんか!?ロビーの近くにありましたよね!!!!」
イルカはカカシの注意を逸らそうと、必死になって叫んでいた。

危ないところだった・・・!おちおち飯も食ってられねえ・・・!!

汗を拭うイルカに、「カラオケ・・・ですか?」
カカシはパアア!と顔を輝かせながら、何処か浮き浮きした調子で言った。

お、意外に食いついてる・・・!?

イルカは活路が見出せた気がして、「そう、カラオケです。俺また結婚式の時のカカシ先生の歌が聞きたいです・・・」
俺の為に歌ってくれませんかと照れ臭そうに鼻先をかけば、カカシが水芸の如くプシューと鼻血を噴いた。
「もももももも勿論です・・・!!!!!」
ぎゅうっと手を握ってくるカカシに本日何度目かのこよりを詰めてやりながら、

これで夕食後は少し休めるな・・・

イルカは内心ホッとしながらニコニコと微笑んだ。
「すっごく楽しみですね、カラオケvvなんか待ちきれないです・・・!」
銀髪をガシガシとかきながら何故かハアハアと股間を膨らませるカカシに、イルカは微笑を崩さぬままさっくりと言い放った。

「言っときますけど、マイク入れちゃ駄目ですからね?」

一瞬の間のあと、「な・・・っ何言ってんですか、当たり前ですよ、嫌だなあイルカ先生・・・」
ハハハと笑い声を上げるカカシの股間は、元の大きさにしぼんでいた。

 

 

 


よし!カカシ先生をおだて捲くって、一晩中歌わせるぞ!

イルカは固い決意の元、夕食後早速カラオケへと繰り出した。

マイクの事はきつく釘を刺したし・・・もうカカシ先生のスイッチを押すようなものはないよな・・・
とにかく部屋に入ったら伸し掛かられるよりも早く速攻で曲を入れて、済崩し的に一人リサイタルをして貰おう・・・!!

イルカはカラオケの受付で指定された部屋を探しながら、その手順を何度も頭の中でシュミレーションした。
絶対に失敗は許されない。
イルカの隣では、あまりカラオケに来た事がないらしいカカシが、
「うわあ・・・カラオケって全部個室なんですね・・・vv」
と目をきらきらさせながら期待に股間を膨らませている。
しかしその程度のことでは動じなくなってきたイルカだ。

カカシ先生のアレって犬の尻尾と同じなんだよな・・・
嬉しいとすぐに反応するところが・・・

分かりやすくていいよなあ、などとイルカが呑気に思ったりしていると、
「あっ、209号室・・・ここですよ、イルカ先生!」
カカシが嬉しげに声を上げた。
「早速歌いましょうカカシ先生!俺曲入れますね!『チャコの海岸物語』でしたよね!?」
イルカが勝負とばかりに内心腕まくりをして扉を開けた瞬間、
隣に立っていたカカシがボタボタボタッと滝の如く鼻血を噴いた。
「カ、カカシ先生・・・ど、どうしたんですか・・・!?」
イルカは嫌な予感に体を震わせながら、カカシの視線の先に目を向けた。そこにあったのは。

壁に掛けられたマラカス。

イルカはマイク以上に危険なものがあることにこの時ようやく気付いた。

し、・・・しまった〜〜〜〜〜!!!!!

青褪めたイルカが心の中で絶叫した時には、カカシがマラカスを手にシャカシャカさせながら、軽快なステップで近付いてくるところだった。そのマラカスを振るカカシの手つきが恐ろしい。

か、神様ーーーーー!!!!

イルカの悲鳴は激しくなるマラカスの音に掻き消された。

 

 


縛られていた。両手首をマイクのコードに。
そしてマイクの部分はイルカの口元にあった。
イルカが思わず喘ぎ声を上げると、マイクを通してエコーがかかる仕組みだ。

くそ・・・なんでこんなことに・・・!
これなら露天風呂に入っていた方がマシだった・・・!

涙ぐむイルカの背後から、
「カラオケって最高ですねvv」
伸し掛かったカカシの嬉しそうな声が聞こえる。
カカシは夢中になってイルカにマラカスを出し入れしていた。
シャカシャカというマラカスの音を聞きながら、

うう・・・入れられてるのは柄の部分だよな・・・!?
幾らなんでもマラカスの頭の部分じゃないよな・・・!?

イルカは思いながらも恐ろしくて後ろを振り向く事ができなかった。
そんなイルカの心配を他所にカカシは手を休めることはなかった。

ズボズボ。
シャカシャカ。
「あっ、あっ、」
ズボズボ。
シャカシャカ。
「んっ、んっ、」

激しく抜き差しされるマラカスの音にあわせて、イルカの喘ぎ声がマイクに乗って部屋中に響き渡る。
それは見事な8ビートを刻んでいた。
「イルカ先生、すごいリズム感があるんですね!」
本気で感心したように叫ぶカカシに、ふざけんな!とイルカは怒鳴りつけてやりたかったが、言葉にならなかった。
というのも、その淫猥なビートに合わせてカカシが歌いだしたからだ。
「心から好きだよ〜イルカ〜抱き締めたい〜♪」
すごく音痴な上調子っぱずれだ。

マラカスの出し入れは正確なリズムを刻んでいるのに・・・
どうして歌はテンポが滅茶苦茶なんだ・・・?

イルカは喘ぎながらも、そんなことを不思議に思っていた。

 

 

 

気がつくと何時の間にか朝でイルカは布団の中にいた。

マラカスの事は夢だったのか・・・?
よ、よかった・・・幾らなんでも変態すぎるもんな!

イルカがホッとしたのも束の間、起き上がろうとして腰に走った激痛に、「うう・・・っ!」と呻き声を上げた。
何やらあそこもジンジンする。

この痛み・・・やっぱり夢じゃなかったのか・・・
そうか・・・俺は途中で気を失ったんだな、きっと・・・

イルカが腰を押さえて涙ぐんでいると、楊枝を咥えたカカシが姿を現した。
「イルカ先生、起きてたんですか・・・?」
にこりと笑ったカカシの前歯に海苔がついていた。イルカはその様子にはっとした。お腹がグウグウ鳴っていた。
「カカシ先生・・・まさか朝ごはんもう食べちゃったんですか・・・!?」
情けない一言だったが、イルカは旅館の食事を心の底から楽しみにしていたのだ。
こんなに高級な旅館の食事を一回でも食べ損ねるなんて、あってはならないことだった。
しかも食べても食べなくても宿泊料金に入っているのだ。
イルカの焦燥を他所にカカシは事も無げに答えた。
「イルカ先生、朝ごはんどころか・・・今は昼ですよ?俺、昼飯食べてきたところです。」

がーーーーん!!!!
一度ならずに二度までも食い損ねていたとは・・・!!

イルカはクラリと眩暈がした。
それは空腹の所為なのか、それともやり過ぎの所為なのか。
「どうして起こしてくれなかったんですかーーーー!?」
詰め寄るイルカに、
「や、だってよく寝てたから・・・起こしたら可哀想かと思って・・・
やっぱり結婚式からすぐ新婚旅行とハードスケジュールだったから、疲れてるんだろうなと・・・」
照れ臭そうにカカシが頭を掻く。

疲れてるのはあんたの(やり過ぎの)せいだっつーの!!!!

イルカは内心突っ込みを入れながらも、カカシのずれた気遣いにほだされかけていた。

ずれてるけど・・・変態だけど・・・
俺のことを思ってるって分かっちゃうんだよなあ・・・

イルカが自分の性分に大きな溜息をついた瞬間、それをかき消す勢いでお腹がグウウウと鳴った。
するとカカシは満面の笑みを浮かべて風呂敷に包まれた重箱を差し出した。
「イルカ先生の食事、重箱に詰めてもらったんです。イルカ先生、旅館の食事を楽しみにしてたみたいだから。」
ほら、おいしそうでしょ?と自分のことのように嬉しそうに蓋を開けてみせるカカシが可愛い。

これだから厳しくいえないんだよなあ・・・

イルカは弁当を食べようとしてふと手を止めた。
明日はもう里に帰る日だ。
新婚旅行最後ともいえる日に布団の中で弁当を食べている場合ではない。

そいうえば、修験者も修行する荘厳な滝つぼがあると聞いたな・・・
森林浴に訪れるのにおすすめだとか・・・折角だから行ってみるか・・・

イルカは痛む腰を擦りながら、楽しみだな、と顔をほころばせた。

 

 

 

はあー・・・一足伸ばしただけでこんなに景色が違うなんて・・・

イルカは山道を歩きながら清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

修験者の滝つぼまでの道のりは散歩には結構な険しさだったが、忍びの二人には苦にはならなかった。

まあ、ちょっと腰が痛いけど・・・

イルカが何気なく腰を擦ると、「疲れましたか?」とカカシが目敏く手を指し伸ばしてくる。
なんだかんだ言ってもカカシは優しいのだ。いつもイルカの僅かな変化にも気を配っている。
「大丈夫です」
イルカは答えながらも差し出された手を握った。

だって、里に帰ったら手を繋いで歩くなんてできないし。
たまにはいいよな。

「カカシ先生、暫くこうしていてもいいですか?」
イルカがにっこり笑うと、カカシは大きく目を見開いて顔を真っ赤にした。
ああ、とか、うう、とか呻き声を上げた後、カカシは嬉しそうに頷いた。
散々あんな事やこんな事をしているというのに、繋いだカカシの手は汗ばんで震えていた。

可愛いところもあるんだよなあ、
Hが変態なだけで・・・

カカシの顔の赤さが伝染したように、イルカの頬もなんだかカッカとする。
付き合い始めの恋人同士のように、どぎまぎとしながら暫し無言のまま歩いていると、ドドドドドと瀑布の水を打つ音が聞こえた。
深まる緑を掻き分けるように進むと、そこはもう別世界だった。
飛沫を上げながら流れ落ちる滝。
苔むした岩石の間を流れる清流。
神々の息衝く禁域に踏み込んでしまったかのような錯覚。
「うわあ・・・!すごい・・・!!修験者が訪れるのも分かるな・・・何処か神秘的な感じがしますよね・・・」
敬虔な気持ちは、しかし清流に遊ぶ岩魚の姿にあっという間に吹き飛んでしまった。
「カカシ先生、岩魚、ほらっ、岩魚がいますよ!!釣竿を持ってきたらよかったですねえ!」
イルカはもう夢中だった。昔から川遊びが大好きなのだ。

来て良かったな・・・!新婚旅行のいい思い出になった・・・!

「イルカ先生、危ないですよ。」心配そうなカカシを他所に、
「大丈夫ですよ、」とイルカはズボンの端をくるくると捲ると、躊躇うことなく川に入った。
「はは・・・っ冷た・・・っ!!やっぱり山の水は冷たいですね!」
イルカがご機嫌で振り向くと、カカシの鼻から滝の如く鼻血が零れ落ちていた。

何で興奮してんだよ・・・!?

イルカがアワアワとしながらポケットのティッシュを弄っていると、カカシがハアハアしながら、真剣な顔をして言った。
「俺は・・・川で遊ぶ女性のふくらはぎを見て、修行を不意にしてしまった久米仙人の気持ちがよく分かります・・・!!」

・・・はあ?

またこの人何言って、とイルカが首をかしげていると、
「イルカ先生のくるぶし、俺、今までよく見てなくて!!!ま、丸くて、可愛いくていやらしいですーーー!!!」カカシが絶叫した。

いや、くるぶしはいやらしくはねえだろ!

イルカは突っ込もうとしたが、すぐにカカシに伸し掛かられてそれどころではなくなってしまった。
冷たい川の水に全身を濡らし、その上裸にむかれてイルカはあまりの寒さに歯の根が合わなかった。

ささささ寒い〜〜〜!!!!

何処も彼処も冷たく寒い。
縋るカカシの体も勿論だ。それなのに。

カカシ先生のアレだけが物凄く熱いんですけど・・・

全てが冷たい中でそれだけがホッカイロのようだった。
「イルカ先生の中、冷たくて気持ちいい・・・」
うっとり呟くカカシに、

俺も別の意味で、カカシ先生のがあったかくて気持ちいいです・・・

寒さにガタガタと身を震わせながら、イルカは心の中でそう呟いた。

 

 


滝つぼでのHはずっと無理をしていたイルカに止めを刺した。
夕方になる頃には40度近い高熱が出て、起き上がれないほどになってしまった。
「だ、大丈夫ですか、イルカ先生!?」
おろおろするカカシの隣で、旅館が呼んでくれた医者が厳しい顔する。
「かなり疲れているみたいですな。今晩は絶対安静にしてください。」
医者は何種類かの薬を処方すると、お大事に、と帰って行った。

折角の新婚旅行にこんな事になっちゃって・・・
カカシ先生に悪いなあ・・・それにまた旅館のご飯を食いっぱぐれちゃったな・・・

高熱に浮かされながらイルカがそんなことを思っていると、
枕元でカカシがえぐえぐと泣き出した。
「お、俺がいけないんです・・・俺がイルカ先生に無理させたから・・・
疲れてるって分かってたのに・・・っイ、イルカ先生が死んじゃったらどうしよう・・・」
真剣にそんな事を心配してボロボロと大粒の涙を零すカカシに、イルカは呆れたような笑みを浮かべた。
まあ、確かにカカシの所為といえなくもない。だけど。

結局俺がそれでいいと思ってるんだからなあ・・・

イルカは熱で重い体をよっこらしょと起こして、
「縁起の悪いこと言わないでくださいよ。今晩安静にしてれば大丈夫って、お医者様が言ってたでしょう?」
聞いてなかったんですかと言いながら、カカシをギュッと抱き締めた。
「それにあんたを置いて死ねませんよ。」

だって、こんな手のかかるおっきな子供・・・俺しか面倒見切れないだろ・・・?

心の中でそっと呟きながら。
「イルカ先生・・・」
イルカの言葉にカカシの涙は止まるどころか益々溢れ出た。
ついでに鼻水もずぴーと流れ出ている。
イルカはハアハアと熱い息を吐き朦朧としながらも、ティッシュを取ってカカシの鼻をチーンとかませた。
そのティッシュに鼻水以外の赤いものが混じっている事に気づいて、イルカは思わずカカシの股間に目をやってしまった。
そこは何時の間にか欲望に膨らんでいた。

ちょ、ちょっと流石に今からは勘弁してくれ・・・!!
本当に死んじまう・・・!!

恐怖に固まるイルカの視線の先にカカシは気付いたのか、慌てたように自分の股間を両手で隠した。
「お、俺は最低です・・・!!熱の所為で顔を赤くしてフウフウ言うイルカ先生を見ていたら、
何だか興奮しちゃって・・・!!イルカ先生すごく苦しそうなのに・・・!!」

うわーーーん、俺は最低ですーーーー!!!!

カカシは泣き叫びながら突然外へ飛び出していってしまった。
「カ、カカシ先生・・・!!」
イルカはすぐに追いかけようとしたが、体が思うように動かなかった。
あっという間にカカシの姿を見失ってイルカは途方にくれた。

カカシ先生何処へ行っちゃったんだろう・・・

外はとっぷりと日が暮れて真っ暗で、風が肌寒い。

まだ夕飯も食べていないのに・・・探しに行かなくちゃ・・・

イルカは絶対安静ということも忘れて、ふらふらと歩き出した。

 

 


カカシ先生、何処へ行っちゃったんだろう・・・

イルカは旅館の周りをぐるっと回ってみたが、カカシの姿を見つけることはできなかった。

後、思いつくところといったら・・・

イルカは高熱の体を引き摺りながら、暗く険しい山道を登った。
昼間に訪れた修験者の滝つぼを目指して。それくらいしか心当たりの場所がなかった。

何だかカカシ先生、酷く自分を責めてたけど・・・
まさか入水自殺とかしてないよな・・・

朦朧とした頭に一瞬不吉な考えが過ぎる。
イルカはハハハと笑い飛ばそうとして、でもあの人思い込みが激しいからなあと青くなった。
その時滝が水を打つ音に混じって、とても尋常ではない、苦しげな呻き声のようなものが聞こえてきた。
それはカカシの声に間違いなかった。
「カ、カカシ先生、そこにいるんですか!?」
何かあったのかもしれない、と嫌な予感にイルカは胸の鼓動を早めた。
「カカシ先生・・・っ!!」
大急ぎで茂みを掻き分けたイルカは、飛び込んで来た光景に我が目を疑った。

修験者の如く、カカシが滝に打たれていた。
何故か全裸で。
そしてドドドドドと轟音を立てて落下する水を体で受けながら、激しい自慰行為に没頭していた。
俺がいけないんです、えーんと泣き声を上げながら。

「カカシ先生・・・あんた何やってんですか・・・?」
イルカは思わずその場にへなへなと腰を落とした。
何だか急に熱が上がってきた気がする。眩暈がするのは熱の所為ばかりじゃないだろう。
カカシはイルカに気付くと、滝に打たれたままグズグズと鼻を鳴らして言った。
「俺・・・今帰ったら絶対にイルカ先生を襲っちゃいます・・・!
だから煩悩を出し切るまで、この修験者の滝に打たれてます・・・!!!!」

う〜ん、煩悩の出し切り方が間違っているような、間違っていないような・・・

イルカはハアと深い溜息をついた。
カカシはイルカ先生は帰ってください、としきりに叫んだが、イルカはその場に本格的に座り込んだ。
「俺もちょっと一休みするんで、カカシ先生は気にしないでください・・・」
全裸で滝に打たれながら下半身を擦っているカカシ。
どう見ても立派な変態だ。

それなのに理由を聞くとちょっぴりいじましい気がするんだよな・・・
水は身を切る冷たさだと思うのに・・・無理しちゃって・・・
俺なんかの為に・・・阿呆だなあ・・・

イルカは膝を抱えて暫くその場に座っていた。
そして何度目かのカカシの吐精の呻き声を聞いた後、
「カカシ先生、そろそろ全部出し切りましたか・・・?」
静かに声を掛けた。
「はい・・・出し切りました・・・!」
カカシがぜいぜいと息を切らしながら、しかし何処か達成感に満ちた声で答えた。
「じゃあ、帰りましょうか・・・?」
イルカはカカシの手をキュッと握った。その手は案の定氷の如く冷え切っていた。

風邪を引かないといいけどな・・・

イルカは自分が安静な事も忘れてカカシの体を心配した。
するとカカシも「イルカ先生の手、すごく熱いです・・・ごめんなさい、俺のせいで悪化しちゃったらどうしよう・・・」
鼻水をたらしながらオロオロとした。
イルカはにっこりと笑って「大丈夫ですよ、」と嘘をついた。
もうかなり体はガタガタだ。
「カカシ先生の方こそ大丈夫ですか?」
「お、俺は大丈夫です!」
カカシがドンと胸を叩いた拍子に、鼻水がブーンと餅の様に伸びた。
カカシも寒さにがちがち震えているのに心配掛けまいと嘘をついているのだとわかった。

こういうのをバカップルっていうのかな・・・

イルカは笑って鼻水を拭ってやると来た道を下った。
手はずっと繋いだままだった。

 

 

その晩旅館に帰り着くなり、イルカとカカシは倒れこんでしまった。枕を並べて二人は一晩中高熱に魘されていた。

こんな状態で明日帰れるのかな・・・
カカシ先生も俺も、とても明日までに良くなっているとは思えないよ・・・

病床のイルカの心配は半分外れ的中した。
翌朝病状が悪化し、起き上がる事すらできなくなったイルカと違い、カカシはすっかり元気になっていた。

うう・・・流石腐っても上忍・・・俺とは鍛え方が違うのか・・・?

「しっかりして、イルカ先・・・!俺の所為です、俺のこと探しに無理したから・・・!」
枕元でさめざめと泣くカカシを優しい眼差しで見詰めながら、
「いえ・・・流石ですカカシ先生。俺なんかと違って鍛え方が違う・・・凄い回復力ですね・・・!」
にっこりと笑って言うと、
カカシがカアアア!と顔を赤くしながら情けなさそうに眉尻を下げた。
「す、凄い回復力なんて・・・昨日全部出し切ったと思ったんですけど・・・す、すみません、でも絶対しないように我慢しますから、俺!」

・・・はあ?

イルカはカカシの言葉の意味が分からないながらも、鍛えられた勘にカカシの股間に目をやった。
すると、そこは元気一杯に上を向いていた。

な、なるほど・・・凄い回復力だ・・・やっぱり鍛え方が違うからな・・・
で、でもヤるの我慢してくれるなんて愛だな、愛・・・はは、は・・・

イルカは高熱の所為か、ちょっと正常な思考を保てなくなっていた。
カカシは心配そうにイルカの額に手を当てて熱を計った。
「凄く熱い・・・医者に貰った薬が効いてないみたいですね・・・」
あのやぶ医者、と罵るカカシの手に不思議なものを見つけて、イルカは思わず首をかしげた。

なんだろう・・・どう見てもネギに見えるけど・・・
熱で幻覚が見えてるのかな・・・?

イルカは目をこらしながら、
「カカシ先生、何を手に持っているんですか?」
念のために尋ねてみた。
「ああ、長ネギですよ、」カカシはアッサリと答えた。
「ネギを尻に挿すとあっという間に風邪が治るんです。」
知りませんか?と、満面の笑顔でそれはもうアッサリと。
「は・・・?」

カカシ先生今なんて・・・?

「早くよくなって帰りましょうねvv」
カカシはイルカのパンツをつるりと剥いた。
「ぎゃーーーー!!!あ、あんた今日は我慢するんじゃなかったのかーーー!?」
最後の力を振り絞って叫ぶイルカに、
「何言ってるんです?これは治療ですよ、治療。」
カカシは大マジだった。

い、いやだーーーー!!!!

それ以後のイルカの絶叫は声にならなかった。



しかし意外にもネギはよくその効能を発揮し、イルカの熱はあっという間に下がった。
そして予定通りに何とか家に帰ることができたのだ。

ハニームーンというけど、蜜どころかネギ臭い新婚旅行になってしまった・・・

がっくりと肩を落とすイルカの目元が濡れていたのは、自分の下半身から立ちこめるネギのつんとした刺激臭の所為なのか。
それなのに、
「よかったですね、イルカ先生。元気になって!やはり最後はネギですね!」
屈託無く喜ぶカカシの姿に何だか心が温かくなる。
「新婚旅行楽しかったですね・・・」
イルカが微笑むと、
「結婚記念日には旅行する事にしましょう。」
カカシがはしゃいで言った。
「だってイルカ先生と手をつなげるし。」
カカシはそう言っておずおずとイルカの指先を握ってきた。
震えるカカシの手からも何だかネギの臭いがした。

どうしてかな・・・ネギの臭いも悪くないか、なんて思えるのは。

イルカは苦笑を浮かべながら、カカシの手にそっと指を絡めた。

終わり