(5)

「しっかりしてください、イルカ先生…!一体何があったんですか…!?」
ガクガクと体を激しく揺さぶられる感覚に、イルカは薄っすらと目を開けた。
「カ…カカシ先生…?」
信じられないといった様子で一瞬大きく目を見開き、ホッと安堵の溜息を漏らすと、イルカはすぐに眉を吊り上げた。
「お…遅いじゃないですか、カカシ先生…任務は、と、十日間だって言ってたのに…!俺…心配したんですよ…っ!?」
あまりの剣幕に、カカシも驚いたような表情を浮かべていたが、イルカ自身も吃驚していた。

な、何天下の上忍にむかって怒鳴ってるんだよ…!?カカシ先生の帰還が遅れたからって、俺が怒る権利はないじゃないか…
それどころか何て礼儀知らずなんだ…!!ここは笑ってお疲れ様でした、と言うところじゃないのか…!?

心の中で自分を窘めながらも、イルカの口は次々と恨みがましい言葉を紡いだ。
「カカシ先生が…遅いから…俺…俺…っ」
生活不能者になっていました、と言いかけてイルカは慌てて両手で口を覆った。
しかしそれは真実だった。カカシが任務に出てすぐにイルカはやる気をなくした。しかも今回イルカを襲った虚無感は前回の比じゃなかった。カップ麺の空の容器を卓袱台の上に次々と重ねながら、ゴミに占拠されていく部屋の真ん中で、ぼんやりと転がる日々だった。ゴミをゴミ袋に詰める事さえかったるく、部屋の隅に寄せては積み重ねていたら、頭上を何かがブーンと飛んだり、体の近くを何か黒いものがかさこそと動いたり、畳から童話の中で見たようなきのこが生えていたりしたが、全く気にならなかった。

俺…どんどん駄目になっていく…

カカシが無理矢理装着させた貞操帯も、外でトイレに行きたくなったらどうしようと始めのうちは戦々恐々としていたが、何の事はない。家から一歩も出なくなってしまったので、その心配は無意味だった。

俺の中でこんなにもカカシ先生の存在が大きくなっていたなんて…

ゴミの中で屍の様に転がりながら、イルカはカカシの帰還を待ち続けた。しかし、予定の十日を過ぎても戻らないカカシにイルカは戦慄した。カカシが戻ってこない場合の事をまるで考えていなかった。

カ、カカシ先生が帰ってこなかったら…!俺は一体どうなってしまうんだろう…!?
ずっと無気力なままなんだろうか。きっとそうだ…!

その頃には食欲もわかず、動く気力も失っていたイルカは、そのままゴミの中で即身仏になった自分の姿を想像して恐れ戦いた。
カカシが戻らなかったら貞操帯が一生取れないかもしれない、というもっと深刻な事実はイルカの頭に全くなかった。
「遅過ぎですよ、カカシ先生…!」
でも無事帰って来てくれてよかった…

突然体に漲るパワーに、

もうこれで大丈夫だ…!

イルカは瞳から安堵の涙を溢れさせた。その様子にハッとカカシが体を震わせる。その震えがガクガクと尋常じゃなかったので、
「カ、カカシ先生…?」
イルカが怪訝な声を上げると、突然カカシがガッとイルカのズボンに手をかけた。
「え?わ…ちょっと…!」
あまりの出来事に焦るイルカが、何をするんですか!?と叫ぶよりも早く、スポンとズボンを脱がされていた。
そして次の瞬間、「ああっ!?」とカカシが悲痛な叫び声をあげた。



な、なんて事だ…鉄壁のガードを誇る貞操帯が…ゆ、緩んでいる……!!!!!

説明書には蟻も通さないと書いてあったのに、イルカの体と貞操帯の間には子猫ですら通り抜けられそうなほど隙間が開いてしまっていた。そんなところを子猫は通り抜けないが、とにかくカカシはそう思ったのだ。

こんなんじゃ、全く貞操帯の意味がないじゃないか…!男の手だって入りたい放題だし、脱げないまでも横にずらせばアソコはまるで無防備だ…!!!!ま、まさか……

そこでようやく腰骨の浮き出たイルカの激痩せ具合に気付いてカカシはハッとした。

まさかイルカ先生…ストーカーに監禁されて…貞操帯が自然に緩むよう、絶食させられていたんじゃ…!?

恐ろしい考えがカカシの頭に次々浮かぶ。

それで…遂に緩んだ貞操帯の間からあーんな物やこーんな物を差し込まれて…息も絶え絶えになってここに倒れこんでいたんじゃ…!?

カカシはワナワナと体を震わせながら、
「この役立たずめ…!」
突然ぐわしと貞操帯を乱暴に掴んだ。

こんなものを信じた俺が馬鹿だった…!!!!

貞操帯に対する激しい怒りと絶望にズキズキとカカシの胸が痛んだ。

この…この…っ不良品が…!

ぐいぐいと貞操帯を引っ張ると、緩んだ隙間から何だか微妙なフォルムが見え隠れする。

この…見掛け倒しの貞操帯め…貞操帯め…

心の中で悪態をつきながらも、目の前のチラリズム的マニアック光景にカカシはゴクリと唾を飲んだ。何だか当初の目的を見失い始めていた。

ひ、久し振りの心ときめくお宝映像かもしれない…何かドキドキする…

はあはあと夢中になって貞操帯をぐいぐいしていると、
「い、痛…っカ、カカシ先生、止めてください…!ちょっと食い込んでるんですけど!なんですか、一体!?」
イルカのマジ切れ気味の声にカカシは我に返った。

お、俺は一体何を…!?イ、イルカ先生に嫌われたら元も子もないじゃないか…!まだ…まだ…遠くから見ているだけでいいんだ…!

カカシは慌てて貞操帯から手を離すと頭を下げた。
「す、すみません…貞操帯の強度が気になって…こんなに緩んでしまったとあっては、何か取り返しがないことが起こってしまったんじゃないかと責任を感じていたんです…
イルカ先生、正直に言ってください…ストーカーに変な事をされたんじゃないですか…?だからこんな惨状に…」
カカシは手の中で貞操帯の鍵をギュッと握り締めて、イルカの返事を待った。辛い任務の間もこの鍵はカカシのお守り代わりだった。鍵を握っているとイルカのアレを握っているようで、股間が熱く…じゃなくて、イルカの側にいるようで心が熱くなったものだ。
真剣な眼差しのカカシにイルカはカアッと顔を赤らめた。
「な、何もされてません…違うんです。部屋の中や俺が酷い有様なのは…
そ、そのう、て、貞操帯がきつくて苦しかったから…動くのもままならなくて…そ、それでこんな風になってしまったんです…」
躊躇いがちに告げられるイルカの言葉に、カカシは「ええっ!?」と情けない声を上げていた。
「そ、そうだったんですか…す、すみません…俺何から何まで寸分違わず計ったつもりだったんですけど…
貞操帯が出来上がるまでの間にサイズがやはり違ってしまっていたんですかね…」
カカシはあちゃあ、と自分の頭をガシガシとかいた。

なんだ…俺の初歩的ミスか…そうか…ストーカーに何かされたわけじゃなかったのか…

カカシはホッとしながらも、貞操帯が駄目なら次の任務の時はどうしようかと、次なる策に頭を働かせていた。うんうんと頭を捻っていると、「あのう…」とイルカが控えめな様子で頬を染めて言った。
「鍵を…外してくれませんか…?俺、ずっと風呂に入っていないし…ちゃんと体を洗いたいんですけど…」
「それはいいですけれど…」
カカシは息も絶え絶えなイルカの様子に、一人で風呂に入れるのだろうかと不安を覚えた。ひょっとして石鹸に足を滑らせて大怪我とか、浴槽で溺死とかありえそうで怖かった。だからカカシは純粋な気持ちで申し出た。決して疚しい気持ちではなかった。
「イルカ先生…一人で風呂に入るのも辛そうですね…俺が一緒に入って背中を流してあげますよ…?」
にっこり微笑んだカカシの鼻からツーと朱の線が流れ落ちた。




風呂に入るのなんて何日振りだろう…

イルカは自分の背中をごしごしと洗ってくれているカカシに向かって、
「すごい垢でしょう、カカシ先生…それに俺、臭いますよね…すみません。」
顔を赤らめてひたすら恐縮した。
「いやあ、そんな事ないですよ…っは…あっ…あの…でも、後は…っ見ないで、くださいね…すごい惨状です、から…。」
カカシが息を乱し、途切れ途切れに言葉を返しているのは、多分自分が鼻も曲がるような臭さで息を詰めているからだろうと、イルカは恥ずかしくて身を縮めた。

天下の上忍に…写輪眼のカカシに背中を流してもらってるなんて…それだけでも恐れ多いのに、俺ときたら乞食も吃驚の汚さだなんて…

いつもならばカカシの申し出は、自分的には即却下されるようなものだ。しかし体に力が入らず、歩く事もままならなかったのだから仕方がない。

また無様な姿をカカシ先生の前で晒してしまった…今度こそカカシ先生に迷惑をかけないように頑張るぞ…!

イルカはギュッと拳を握った。憧れの上忍に世話を焼いて欲しいわけじゃない。ましてや親しくなろうなどと、おこがましくも思っていない。ただ。

俺を監視してもらいたいだけなんだよな…あの眼光鋭い眼差しで、俺を厳しく律して欲しい…

そう考えてイルカはホウと甘美な溜息をついた。またカカシの監視が始まるのだと思うと、喩え様のない酩酊感を覚える。同時にメラメラと理想の自分に近付こうといういう意欲が燃え立った。

しかしカカシ先生、随分念入りに背中を擦ってくれているんだな…

カカシは擦ってはシャワーで流しを繰り返していた。それだけ汚いという事なのだろう。イルカは試しに自分の太腿の辺りを指で擦ってみて、ボロリと粘土の様に剥がれる垢に戦慄した。

でもちょっとおもしろいかも…

何となく擦っては剥がれてきた垢をどんどん一つに纏めていく。

そういえば、『垢太郎』っていう昔話があったなあ…垢から人ができるってどれほど不潔にしてたんだよって思ったけど…何だか俺も作れそうだよ…

イルカが夢中になって垢をコネコネしていると、
「ま、またボディーシャンプーをつけますからね〜…」
背中からハアハアと息苦しそうなカカシの声が聞こえたかと思うと、ビシャリとぬるぬるとした液体がイルカの背中に吹きかけられた。多分ポンプで出しすぎたのだろう。

ああ、でも随分とボディーシャンプーが生暖かく感じるなあ…ずっと真っ裸で体を洗われてるから、冷えてきたのかな…

イルカがそう思っていると、
「今度は少しボディーブラシで擦りますね…!」
カカシの言葉とともに、柔らかなショリショリとした感触が背中を滑る。
「うちのボディーブラシはもっとハードだと思っていたんですが…草臥れたたわしみたいな感じがしますね……」
イルカが不思議に思ってそう口にすると、背後のカカシがビクリと震えた。
「ハードな毛先をソフトに感じるほど…垢の層が厚いんですよ…」
言い難そうなカカシのその声音に、イルカはまたまた顔を赤くした。手の中で作った立派な垢太郎の姿に、

そうだよなあ…すごい垢なんだろうなあ…

すみませんカカシ先生、と心の中で何度も呟きながら、

また…カカシ先生が任務に出たら…俺、今度は一体どんな風になってしまうんだろう…?

イルカは手の中の垢太郎を苦悶の瞳でじっと見詰めた。その時またボディーシャンプーが背中に追加されたのを感じて、イルカは体を震わせた。




まさかこうしてイルカ先生の背中を流せる日が来るなんて…

無防備に裸の背中を向けるイルカに、カカシの胸はドキドキと痛いほど早鐘を打った。
何しろ大人一人収容するのがやっとの浴室で、イルカと二人して籠もっているのだ。体が自然と寄せ合 う形になる上、しかもお互いに裸ときている。これで興奮しない方がおかしかった。

ゆ、夢みたいだな…イルカ先生の入浴はいつも覗いているけど…やはり近距離だと迫力が違う…!

イルカの生肌を前にカカシはゴクリと唾を飲んだ。しかもその生肌を辿る事をイルカに許され ているのだ。

こんなに近くで裸を思う存分観賞できて、いくらでもお触りOKなんて…幸せ過 ぎて怖い……!

カカシは息を乱しながら何度もほっぺを抓った。夢ではない証拠に、抓られた ほっぺがジンジンと痛みを訴える。

やっぱり夢なんかじゃない…!これは現実なんだ…今俺の 目の前にいるのは、すっぽんぽんの生イルカなんだ……!

それでもまだ信じられなくて、カカ シは次々と色々な場所を抓った。二の腕、腋の下、乳首、腹、内股…。何処を抓っても痛い。ドクドク と鼻血を零れるがままにしながら、最後に猛った己の息子をギュウウッ!と絞るように抓ると、さすが 急所、死にそうな激痛にカカシはもんどりうった。
「……!!……!!!!!」
痛い。だけど 嬉しい。
カカシは痛みに涙を流しながらも、これは現実なんだとようやく信じる事ができて、至福 の笑みを浮かべた。
二桁に渡る年数ストーカーしてきて、今まで一度もイルカの生肌に触れた事は無かった。今まさに歴史的瞬間が訪れようとしているのだ!

さっきまで貞操帯の事を役立たずだと思 っていたけど…こんな機会を提供してくれるなんて、予想外になかなかいい仕事ぶりを見せるじゃない か…!

怒りに任せて悪く言ってごめ〜んね、とカカシは心の中で貞操帯に手をあわせた。これ からは神棚の特等席に飾ってやろう。いや、そうでなくてもイルカ着用済み貞操帯は自分的にレアで大 切に保管するつもりだったのだが。どうでもいい事を忙しなく考えていると、
「それではすみませ んが、カカシ先生よろしくお願いします…」
イルカが背中越しに先を促してきた。いよいよ始まるのだ。
「いえいえ、隅々までちゃんと洗ってあげますからね…俺、イルカ先生をぴかぴかにします …!」

まあ、今のままでも十分ぴかぴかに輝いてますけど…もっとぴかぴかにしてあげますね… vv

カカシは至極真面目にそう思っていた。イルカがどんなに汚くても臭くても。カカシには いつだってぴかぴかに輝いていい匂いをさせているように思えるのだ。
今も発酵したチーズのよう な臭いを放つイルカに、「いい臭いだなあvv」と極上のワインが飲みたいような気持ちになっていた。

今のイルカ先生には貴腐葡萄の芳醇なアロマがよく似合う…vv

風呂上りに一杯飲もうと決意して、カカシは遂にボディーシャンプーに手をかけた。ハードタイプのボディタオルでそれを泡立てるカカシの手はブルブルと震えていた。

も、もうすぐ… もうすぐ、イルカ先生の生肌に触れるんだ……!

手の中でボディータオルを泡立てれば泡立て るほど、何故か股間の息子もむくむくと大きくなり、先端から熱い汁を零れさせた。あまりに急激に込 み上げる下半身からの熱に、今すぐ手をかけて扱きたい衝動に駆られる。

いつもだったら、も う2回くらいは抜いているところなのに…!ああ…っ我慢するのは何て辛いんだ……!?

「そ、それじゃあ背中を洗いますよ…」
胸をドキドキ、息をハアハアさせながら、カカシは恐る恐 るといった感じでイルカの背中にボディタオルを滑らせた。畳んだボディタオルからはみだした指先が ツーッとイルカの背筋をなぞった瞬間。

ああ…っっっ!

ドピュッとカカシの息子から 天然絞りたてボディーシャンプーが噴出し、イルカの背中をぬらしていた。

続く


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