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「カカシ先生、申し訳ありません…!」
目が合った途端、いきなりガバリとイルカに頭を下げられてカカシは心底面食らった。

ど、どうしてイルカ先生が謝るんだ…?謝るのはストーカーをしていた俺の方だろう…?
勝手にイルカ先生の私物を…ぬ、盗んだりしていたんだし…っ

罵声を浴びせかけられる前に謝り倒そうと、頭の中で微に入り細に渡りシュミレーションを繰り返していたカカシは、目の前で米搗きばったの様にぺこぺこと頭を下げるイルカに狼狽した。訳が分からない。
実はイルカが姿を現す少し前に昏睡状態から目を覚ましていた。目を開けたらいきなり、枕元に置かれたイルカスーパーレアコレクションNO.18の「ぬいぐるみ・ぽんちゃん」が飛び込んできて、

なんで、ここにぽんちゃんが…!?

ピントのぶれたようなぼんやりとした意識が一気にクリアーになった。

そうだ…俺の大事なお宝部屋から火が出て…!きっとぽんちゃんはイルカ先生が持ち出したんだ…すごく大切にしてたもんね…
ということは、イルカ先生も無事なんだ…!よかった…本当によかった〜よ、

一瞬涙ぐんで、続いて思い出した恐ろしい事実に硬直する。

い、いや、安心してる場合じゃない…俺の…俺の変質的趣味が…っ…長年にわたるストーカー行為が…イルカ先生にばれ…ばればればばば…っっっ!!!!

折角目覚めたのにすぐにまた意識を失いそうになってしまった。
どうしよう、とうろたえながらカカシは取りあえずぽんちゃんを枕の下に隠した。ぽんちゃんの姿に無言の圧力を感じるからだ。

多分イルカ先生は…俺の卑劣な行為への怒りを知らしめるために、このぬいぐるみをこれ見よがしに置いていったんだ…

言い逃れはできないとばかりに証拠の品として。そう思うと、カカシは泣きたい気持ちになった。
確かに傍から見れば、単なる変態、気持ち悪いだけのセクハラストーカーでその上ホモ。言い訳の余地なんて何処にも無い。

でも本当に好きで好きで…イルカ先生は俺の存在さえ知らないのに、どうしようもないほど好きで…
見詰めるだけならいいと思ったんだ…それなら…それだけなら迷惑にならないし…

カカシの中でイルカを思う気持ちだけは本物で、誰に恥じるものでもない。寧ろ胸を張って誇れるのはその気持ちだけだといえた。だが、イルカから『ストーカーの監視』を引き受けてからの自分を振り返ると、少し…いや大分説得力に欠ける。禁断のお触りから果ては合意を得ないおしゃぶり、監禁にまで至ってしまっているのだ。迷惑云々の話ではない。その時は至極真剣な気持ちだったが、よく考えると変態痴漢行為の上犯罪に大きく足を踏み入れている。とてもカカシの純情を理解してもらえそうにはなかった。

だけど…この思いだけはちゃんと伝えなくちゃ…

こんな事になる前に告白をしておけばよかったとカカシはつくづく後悔した。しかし、こんな事にでもならなければ、自分は一生告白なんてできなかったような気もする。玉砕覚悟というか。玉砕確実の告白。答えの決まった告白に今更緊張する事も無いだろうに、カカシはこの上なく緊張した。拒絶の言葉を聞くのは勇気がいる。

でも、イルカ先生が俺を嫌っても…例えばイルカ先生がこの先結婚して子供ができても…俺はずっと好きなんだろうなあ…

カカシは何となくそう思った。十何年もひっそりと思い続けてきた。思いは募るばかりで、拒絶されたからといって消えてしまうようなものではなかった。これからも変わらずひっそりと思い続けるだろう。今度こそ迷惑をかけないように。俺は真性のストーカーだなあとカカシは苦笑した。その後カカシは頭の中でイルカへの謝罪と告白の言葉を必死になって考えた。イルカが口を開く前に一気に言わなくてはと何回もブツブツと練習した。詰られたら告白の勇気が萎えそうだったからだ。それなのに練習も虚しくイルカに先を越され、しかも予想外に何故か謝られてしまった。

何に対し謝ってるの…?俺の気持ちに応えられない事…?
それともストーカーさせてしまうほど魅力的でいやらしくて申し訳ないとか…?

一体どういう事かと焦っていると、イルカは頭を下げたまま衝撃的な告白をした。
「俺が…俺がカカシ先生の部屋に火をつけたんです…!こんな…こんな事になるなんて…お、俺…っ…本当にすみません!」
「ええ…っ!?」
カカシは思わず飛び起きて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「イ、イルカ先生…ど、どうしてそんな事を…?」
口に出してしまってから、ハッとする。

どうしたもこうしたもないだろ…?あのおぞましいコレクションの数々を焼き払ってしまいたかったんだ…!

特にティッシュの山とイルカ人形の事を思うと、イルカの行動は尤もだった。ティッシュはイルカと一緒に暮らしだしてから溜まったもので、イルカの目があってなかなか捨てる機会がなかったのだ。イルカ人形もだ。いつもだったら衛生第一、使用後は風呂場で洗い人目につかない中庭に干しておくのに、それもできなかった。最新バージョンのイルカ人形は使用頻度が過ぎて、犬のおもちゃの様にボロボロにしてしまった。あれを見て退かない者はいないだろう。自分でも冷静になった時、「何やってんの?俺」とオカルティックな状況にちょっと退いたくらいだ。
「イ、イルカ先生、あの…」
今こそ自分の方が謝りを入れるべき時だとカカシが頭を下げかけた瞬間、
「あんなものじゃなく…もっと、俺を見て欲しかったんです…俺自身を…!」
イルカの口から信じられない言葉を聞いた。
「カカシ先生に、俺だけを見詰めて欲しい…」

これって都合のいい夢じゃないの…?

カカシはのぼせる頭にクラクラと眩暈がした。


続く