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お宝部屋の扉が開いている…!

衝撃に凍り付いたのも束の間、更にそれを上回る驚愕が畳み掛けるようにカカシを襲った。
ボンと物凄い音を立てて、お宝部屋の入り口から火の手が上がったのだ。燃え盛る火柱が見る見るうちに廊下の天井をも焦がしていく。
徐々に範囲を広げていく炎にカカシはハッと我に返った。
「か。かかか、火事火事火事、火事ですイルカ先生――――――っっっ!!!!」
大声で叫んでもイルカからの返事は無い。カカシの混乱と焦燥は最高潮に達していた。

な、なんでお宝部屋から火が…?早く火を消さなくちゃ…
その前にイルカ先生を安全な場所へ避難させて…って、肝心のイ、イルカ先生は今何処に…?

考えてカカシはサッと顔を青褪めさせた。
イルカが何処かなんて決まっている。幾重にも術と鍵が施されたお宝部屋。あの部屋の扉が開いている筈は無いのだ。
誰かが故意に開けない限り。誰が扉を開けたのか。考えられるのは一人しかいない。
「…んな、まさか…!」
カカシは震える足を叱咤してお宝部屋へと駆け寄った。
覗き込んだ部屋の中は既に火の海で、轟々と燃え盛る炎が踊り狂っていた。長年のカカシの血と涙の結晶イルカコレクションは最早影も形も無い。しかし、カカシはもうそんなものはどうでもよかった。そんなもの、燃えてしまえとさえ思った。
それよりもこの炎の奥に感じる気配。何よりも大切な唯一のものが燃えてしまわなければ、その他のものはどうなろうと知った事ではなかった。
「イルカ先生…!」
カカシはすぐさま躊躇う事無く火の海に飛び込んだ。水を被る時間さえ惜しい。カカシは炎の中を進みながら一生懸命印を組んでいた。水遁の術。チャクラ不足でなければ一発で消せるほどの小火なのに、今は僅かな火避け程度にしかならない。
「イルカ先生、返事して…!」
熱波が喉の奥を焦がし、声が掠れた。
イルカはまだ死んではいない。イルカのチャクラがそれを伝えている。でもその反応が弱い。

早く助けなくちゃ…!早く早く…

その時、部屋の奥にイルカが倒れているのが見えた。
「イルカ先生…!」
カカシは炎が肌を焼くのも気にせず、イルカの側に駆け寄った。多少水遁の術を使ったのか、イルカの回りは少しばかり火の手が弱かった。まだ少し床が濡れている。イルカが気を失ってからまだそんなに時間が経っていない証拠だ。その事にホッとしながら、イルカも万全だったらこんなところで火に巻かれ倒れる羽目にはならなかっただろう、とカカシは思った。

俺なんかを…背負って帰ってくるから…

安心と愛しさと。なんだか温かいものが胸にじわっと広がって泣きたくなった。
しかし零れ落ちる水分は残っていなかった。体力も何もかも限界を超えている。でもここで倒れるわけには行かない。

イルカ先生だけでも絶対助けてあげるからね…

カカシはもてる全てを集結させてチャクラを練り、力の入らない指先で一生懸命印を組んだ。
もどかしいほどの遅さに苦笑する。

もう本当にこれで最後だ…

最後の印を組み終わった時、猛る炎を雄々しき水龍が大きな口を開けて呑み込んだ。
しかしカカシはそれを目にする事無く、その場に崩れ落ちた。
限界を越えて放出したチャクラにガンガンと頭が割れるように痛み、体はばらばらに砕け散ってしまいそうだった。

俺、死ぬのかなあ…
殺人とストーカー行為しかしない、人とあまり交流の無い人生だったなあ…それなりに充実してたけど…

薄れる意識の中でカカシはそう思った。

死んでも離れたくないなあ…俺は幽霊の元祖イルカストーカーになっちゃうかもな…

倒れたカカシの手は無意識にイルカの手を探し、ギュッと握っていた。


続く