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下半身丸出しの自分に似た南極ニ号もどきの姿に、イルカは固まったまま動けなかった。
無造作に床に投げ捨てられた観の南極ニ号もどきは、何故ちゃんと衣服を身につけていないのか?
陳列された等身大人形の中で最も無残なその姿は、中忍服のベストを身につけているだけあって、今のイルカに背格好が一番近いもののようだ。

よりにもよって、その人形だけこんな悲惨な有様だなんて…一体どうしてなんだ…?

下半身剥き出しの己の擬似人形を見ても、まだイルカはカカシの異常性を疑っていなかった。
というか、あまりに尋常で無い光景はイルカの理解のキャパシティを超えていた。
よもや世の中に自分の成長に合わせ人形を作り、その人形に悪戯をしているような輩がいるとは思えなかったのである。
しかし勿論イルカが如何に鈍いとはいえど、頭の片隅で何かが警鐘を鳴らす音は聞こえていた。
聞こえてはいたが、現実を直視したくない心が強制フィルターをかけているようだった。
イルカはうつ伏せになった南極ニ号もどきを腰を屈めてしげしげと覗き込んだ。
尻の部分が酷使されたのか、補修の跡がある。恐る恐る引っ繰り返してみて、イルカは「うっ、」と息を詰めた。
乳首の部分が胸から吃驚箱の仕掛けの様に、ボヨヨーンとコイル状のものと共に飛び出している。
唇は噛み切られたようにギザギザで、中からジェル状のものがはみだし加減だ。
しかし尤もイルカの目を釘付けにしたのは、股間のイチモツだった。
リアルな出来のそれは本当にリアルで、現在の己のモノと形も大きさも酷似している。

どどどど、どうして、こんなに実物に似て…!?し、しししかも、こ、これ…勃起した状態のモノじゃないか…!

その勃起した状態のモノがもげている。途中からボッキリと。
駄洒落ともども目の前の光景は見も凍るほどだというのに、イルカは身を震わせながら少しだけプッと噴出してしまった。

い、いや、笑っている場合じゃない…これは由々しき問題だ…

ボロボロの人形の状態から、イルカは何か憎悪のようなものを感じた。

他の人形は無事なのに…俺に一番近い背格好をしたこの人形だけがこんなにボロボロなのは、俺に対する何かの謎かけなんじゃないか…?

そう考えてイルカは眉間に皺を寄せた。大いに在り得る事だった。自分はカカシに迷惑しかかけていないのだ。
あの人の良い笑顔の下で、自分の事を疎んじていたのだとしたら…その可能性を突きつけられて、イルカは俄かに胸がドキドキした。

ひょっとして…俺の所為でカカシ先生、痩せ細っていた…?

突き詰めて考えるのが怖くて、イルカは「それよりも臨床実験の証拠、証拠」と自分を追い立てるようにもごもごと呟いた。
イルカはティッシュがぎゅうぎゅうにつめられたゴミ袋の山を見詰めた。中に詰められているものは違うが見慣れた光景だ。

このティッシュの山に馴染みのある刺激臭…自慰の後始末のティッシュだと思うけど、尋常じゃない量だ…!とても一人から絞り出したものとは思えない…!

イルカはくさやの干物的な発酵臭の中で鼻をつまみながら、もしやカカシ先生は精液を使って、ご法度の遺伝子操作の研究をしていたのではとハッと思い至った。遺伝子操作の研究はご法度中のご法度だ。火影自らが「神の領域」と定め、命を弄ぶものと厳しく研究を禁止している。それを破った罪は重い。

カ、カカシ先生、まさか…!?

鈍器で殴られたような衝撃がイルカを襲った。臨床実験どころの話ではなかった。

こ、こんな恐ろしい秘密…俺は一体どうしたら…!?

もっとこの部屋を物色している間に、動かぬ証拠が出てきたら。その事を考えると鳩尾の辺りがすうっとする。
「ううっ、」
思わずへたり込んだイルカの手は、偶然南極ニ号もどきの口の中へと指先を突っ込むような形になってしまった。
その瞬間。にゅると指先を絞るように人形の口腔に圧迫されてイルカはぎくりとした。
『本物同様の質感をここまで実現!』
いかがわしい謳い文句が頭の中でフラッシュバックする。
本物同様かどうかは童貞だから知らないが、良く知ったこの感触。

温度を確かめる為に、コンニャクの切れ込みに指先を入れて確かめたっけなあ…

その感触に、何だか似ている。しみじみと過去を懐かしみながら、指を抜こうとして少し動かすと、何故か人形の股間の半分もげたイチモツがブルブル震える。
よく出来ているなあ、とその連動性を確かめながらイルカはこめかみをぴくぴくさせた。
これは南極ニ号もどきも何も。
「南極ニ号そのものじゃねえかーーーーーーー!!!!!!!!」
沸騰した頭から湯気を出し、イルカは思わず絶叫を上げていた。


続く