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イルカの大胆な作戦は大成功を収めた。
二人羽織り作戦―――それはカカシの上着に上半身を潜り込ませ、頭を出さない状態でカカシを背負っていく作戦だ。上着を二人で共有する形の上、一人は顔を出していない。だから「二人羽織り」と言う訳だ。
勿論イルカの考えたこれは芸でも何でもないので、カカシの上着に視界確保の為の穴を二つと呼吸用の穴を二つ、開けさせてもらった。

幾ら緊急時とはいえ、これは弁償かもなぁ…

上質な絹の手触りのアンダーに穴を開けてしまった後で、「一体幾らなんだろう」とイルカは一瞬戦々恐々とした。
カカシの忍服は全てオーダー製で、配給される均一規格の物とは違うのだ。カカシ曰く、ちょっとのフィット感の違いが生死を分かつ場合もあるということだ。確かに肘の部分がパツパツで、上手く手裏剣が投げられなかったとか在り得そうだなあ、とイルカは妙に感心したものだ。

だけど何でかなあ…この手触り…俺のアンダーにも似たような手触りのものがあった気がするんだよなあ…
でもそんなはずないよな…カカシ先生のは特注品の最高級品質のものなんだから…

イルカは首を傾げながらも、すっくと立ち上がった。

兎に角。これで顔は見えなくなったから、誰も俺だとは分かるまい…

誰だか分からないから、ふんどし風に包帯が巻かれた下半身が剥き出しでも恥ずかしがる事は無い。
何も心配の無くなったイルカは、その「二人羽織り」状態で森を駆け抜けた。走る振動に合わせて、邪魔な括り髪を下ろした頭の上にカカシの鋭角的な顎がガツガツとあたる。鳥の嘴で突かれた様な痛さだ。それだけならまだしも伸縮性に欠ける絹が、強引に潜り込んだイルカの顔をぎゅうぎゅうと潰すように張り付いて、顔面神経痛のような痛みを齎していた。首から上が死ぬほど痛い。

は、発想の転換が必要だ…心の持ちようによっては痛みも減るはずだ…!

イルカはスピードを緩めず、自分自身を励ました。カカシを一刻も早く家につれ帰ってやりたい一心だった。

そ、そうだ…あ、頭の痛みは毛髪育成の為の頭皮マッサージだと思えばいい…!
最近ちょっと薄くなったような気がして気にしてたし…血流を良くする為には丁度いい刺激だ…!

そう思っただけで、痛みに対しゆとりができた。いいぞ、とイルカは更に自分を励ました。

顔の痛みも…小顔マスクで締め付けられているのだと思えば…!

イルカは真面目にそう思った。小顔マスク。それを被れば今流行の小顔になれるという代物で、常々顔の大きさが気になっていたイルカはこっそり通販で購入した事がある。しかし後頭部で留めるマジックテープがどうしても留まらず、未使用のまま押入れ行きとなった因縁の品だ。それを今実際に装着しているのだと思い込む事で、イルカの小顔マスクに対するトラウマも晴れていく様だった。

よし、あと一息だ…!

痛みを克服したイルカは、木の葉の里の門を前に猛ダッシュした。
門番も道行く人々も。誰もイルカの「二人羽織り」に気が付かないのか、不審顔で呼び止める者は誰一人としていなかった。

ははは…ひょっとして皆、カカシ先生が下半身に包帯巻いて、激走している様に見えているのかもしれないな…!

「二人羽織り」作戦に絶対の自信を持っているイルカだから思える事で、無論誰の目にもその怪しい姿は十分見えていた。
実際はあまりにも怪し過ぎるその光景に度肝を抜けれ、「見なかったことにしよう…」と皆係わり合いになる事を恐れたのだ。
そうとは知らないイルカは、

二人羽織り作戦…どうなる事かと思ったけど、大成功だ…!

心の中でガッツポーズを決めた。
そのままカカシの高級マンションへ直行すると、イルカは手際よくカカシをパジャマに着替えさせ、ベッドの中に押し込んだ。氷枕を頭の下に入れて、次には部屋を温めると今度は台所に立っておかゆを作る。

後は薬を用意して…

自分の呟きに、「ん?」と救急箱を物色する手が止まる。

薬…そうだ、薬だよ…カカシ先生は今意識を失っているし…新薬の臨床実験をしている証拠を掴むチャンスじゃないか…!

イルカは「里の機密」部屋の扉を見詰めて、ゴクンと唾を呑み込んだ。

続く

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