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驚愕に目を見開くカカシを前に、イルカは居た堪れない思いをしていた。
誰だって裸の股間に葉っぱ一枚の姿を他人に見られたとあっては、とても冷静ではいられないだろう。

こんなに早くカカシ先生が帰ってくるなんて…というか、こんな状況で会いたくなかった…

そう思うものの、最早どうする事もできないし、これ以上体を隠すようなものもない。
イルカは瞳に込み上げてくるものをぐっと堪えて、腰に手を当て快活に笑った。
「あっはっはっ、驚かせてすみませんカカシ先生。」
恥ずかしがったら負けだとイルカは背筋をしゃんと伸ばした。するとカカシが真剣な顔でごくりと喉を鳴らした。視線は葉っぱに注がれている。イルカが幾ら何気なさを装ってみても、カカシはイルカの格好が気になるようだった。

そりゃあそうだろうなあ…幾らなんでもパンツ一丁ならぬ葉っぱ一枚じゃなあ…

イルカは何処か穴があったら入りたいような気持ちに顔を赤くしながらも、努めて平然とした様子で言った。
「暇だったからトラップに挑戦してみたら、意外に簡単に攻略できちゃって…断崖絶壁まで伝い降りたのはいいんですけど、今度は帰れなくなっちゃいまして…途方に暮れていたんです。」
尤もな言い訳をしながら、足元のリュックをそれとなく蹴って茂みの中に押し隠す。
里に帰り着くまでの食料と水を詰め込んだリュックだ。カカシに見つかると、計画的脱走がばれて不味い。
「どうなる事かと思ってましたが、カカシ先生に会えてよかった…!」
心にも無い事を言って微笑むとカカシがカアと頬を赤く染めた。
「じ、事情は分かりましたけど…イルカ先生、裸で外に出る事に何の躊躇も感じなかったの…?」
「そ、それは…」
鋭い質問にイルカは返答に詰まった。

躊躇ったに決まってるだろ…だから俺はトイレットペーパーを体にぐるぐる巻きにして…

イルカは五日前の事を思い出していた。アジトの中に服やそれに代わる布地は見つからなかった。
しかしトイレットペーパーを見た時、イルカは閃いたのだ。

そうだ、トイレットペーパーを体に巻きつけて服の代わりにするってどうだろう…!?

幸いな事にトイレットペーパーは手付かずのものが3ロールもあった。イルカはトイレットペーパーを体に巻きつけながら、自らもくるくる回ってみた。目が回るけれど、少しだけ楽しい。イルカは鼻歌混じりに3ロール全てを巻き終えると、その出来栄えに満足した。

何重にも巻いたから結構丈夫な感じだし…それに意外と保温性もあって温かい…

見た目はチープなミイラ男のようで怪しい事この上ないが、素っ裸でいるよりはずっとましだった。

よし、後は食料を詰めてここを脱出するだけだ…!

イルカはリュックを見つけると、その中に食料をできるだけ詰めてアジトを後にしようとした。
しかしまず扉に仕掛けられた術を無効化するのに一日、高度且つ巧妙なトラップを潜り抜けるのに二日、そして断崖絶壁を伝い降りるのに半日を費やしてしまった。それでもイルカの実力でそんな短時間に無傷でアジトを抜け出す事ができたのは、奇跡以外の何物でもなかった。普段のイルカだったら絶対に無理だ。絶対に命を落としている。だがカカシが関係すると、イルカは無敵だった。眠っている潜在能力を二百%発揮することができるのだ。

俺、凄すぎ…!今の俺は超人だ…人の能力を超えた神に近い男だ…!いや、神に近いっていうか、紙を巻いた男だけど…!

無事に断崖絶壁から降り立ったイルカはそんな事を考えながら、使役鳥を空に放った。空から里の方角を探させる為だ。使役鳥が戻ってくるまでイルカは休憩を取ることにして、リュックから食料を取り出した。真空パックのご飯を手にして暫し黙考する。

このままでも食べられるけど…冷たいご飯って嫌いなんだよなあ…

食料の器として小さな鍋を持ってきたイルカは、そこにペットボトルの水を張ると「じゃーん!」と虫眼鏡を取り出した。アジトに火器は無かったが虫眼鏡があった。外で火をおこすのに役立ちそうだと念の為に持って来たのだ。幸い天気はよく虫眼鏡で容易に火がおこせそうだった。イルカは拾ってきた柴の上に小鍋を置くと、虫眼鏡をかざした。やがて柴からぱちぱちと火が上がり、その上で鍋はグラグラと煮えた音を立てた。

これで温かいご飯が食べられるぞ…!

イルカが嬉々として鍋を下ろそうとした瞬間。
「あっちーーーーーーーーっ!!!!!!!」
思わず恐怖の大絶叫を上げていた。腕から少しばかり解けて垂れたトイレットペーパーに引火したのだ!

あわわわーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

一瞬にしてミイラ男から火達磨へ。トイレットペーパーを焼きメラメラと勢いを強くする火にイルカはパニックに陥った。
「水水水ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

近くに川は無いか、どうなのか。どうかあってくれ…!

イルカの願いが通じたのか、すぐ側に川が流れていた。一瞬の迷いもなくイルカは川の中へとダイブした。

ああー…よかった…!九死に一生を得た…!

消えた火に安堵して岸に上がろうとして、イルカは己の状況に気付いた。
「水に溶けやすい」が売りのトイレットペーパーは、川の流れと共に全て流れ去っていたのだ。
イルカは放心しつつもおこした火で暖を取りながら、取り敢えず森の中で一晩過ごした。

トイレットペーパーも無く、これからどうしよう…

そう考えあぐねていた矢先にカカシに見つけられてしまった。咄嗟に毟り取った葉っぱで股間だけ隠してみたが、考えてみれば全裸の方がまだ潔かったような気がする。なまじ葉っぱがある為に、なんだか物凄く変態ちっくだ。

どうしてこんな無意味な事をしてしまったのか…

イルカは後悔しながらも、カカシの質問に虚勢をはって見せた。
「お、男ですし…素っ裸で外に出たからって何だっていうんです?第一ここは人の目がある街中でもないし…別にどうってことないですけどね。むしろ開放感があって清々しい気持ちと言うか何というか…」
豪快に笑い飛ばすと、それを聞いたカカシの瞳がぎらりと冷酷な光を放った。

続く