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「そ、そんな馬鹿な…」
カカシは秘密のアジトの入り口に佇み、茫然と呟いた。
何度目を瞬かせてみても、目の前の状況は変わらない。アジトにイルカの姿は無く、部屋の中は蛻の殻だ。
アジトに足を踏み入れる前から、無効化されたトラップにある程度予想していた事とはいえ、カカシはあまりの衝撃にがくりと膝を付いた。

い、一体俺の留守中に何があったんだ…!?イルカ先生は何処に…!?

敵襲にあうようなアジトではない。

イルカ先生が逃げた…?いや、その筈はない…中忍レベルであのトラップを無効化するのは無理だ…

残された可能性は後一つしかない。

まさか…ストーカーに…イルカ先生を狙う男達に拉致された…!?

そう考えてカカシは全身から汗がどっと噴出すのを感じた。心臓が飛び出してしまいそうなほど脈打っている。まだ決まったわけでもないのに、「ストーカーにイルカが拉致された」という考えはカカシの中で確定した事実となっていた。
あのイルカが誰か他の男の手に。そう考えただけで激しい嫉妬と深い絶望にカカシはくらくらと眩暈がした。その眩暈は何故か空腹と睡魔も伴っていた。というのも、カカシはニ週間の任務を五日で終らせてきたのだ。不眠不休飲まず食わずで死に物狂いで頑張った。体も気力もとっくに限界を超えていた。

そんな俺に運命は鞭打つような仕打ちを…酷い…酷すぎる…!

カカシは目頭を熱くした。零れ落ちる筈の涙は水分不足で涸れていた。少しだけ濡れた目元を拭うと、カカシはふらふらと立ち上がった。体は休息を求めていたが、悠長に休んでいる暇は無かった。

一刻も早くイルカ先生を助けださなくちゃ…!どんな目にあっているか分かったもんじゃない…!

最後に見たイルカの姿がカカシの脳裏に浮かんだ。
小麦色に焼けた健康的な肌を惜しみなく曝け出した、すっぽんぽんのイルカの姿が。

食べてくださいと言わんばかりのあんな姿でイルカ先生を放置するなんて…俺はどうかしていた…
あの時俺はイルカ先生が逃げ出さないようにする事ばかり考えて、誰か第三者に踏み入られた場合の事を失念していた…

あのトラップを突破できる者がいるとは努々思わなかった。己の迂闊さをカカシは呪った。

イルカ先生の可愛い裸体を目の前にして、理性の保てる奴がいるだろうか…?

いる筈が無いとカカシは力なく首を横に振った。

もし、いたとしたらそいつは不能に違いない。間違いない…!

断定すると同時にワナワナと体を震わせる。つまり今頃もうイルカは…。そう考えただけでカカシは掻き毟りたくなるほどの胸の痛みを覚えた。頭がおかしくなりそうだ。

兎に角、これ以上ストーカーにイルカ先生を好きにさせるわけには行かない…!

壮絶な戦いになるとカカシは気を引き締めなおした。気力を振り絞って断崖絶壁を伝い降りると、忍犬にイルカの臭いを辿らせる。勢いよく走り出す忍犬の後を懸命にカカシは追った。暫く森の中を走ると、突然犬がわんわんと吠えた。

…え?

カカシは目をぱちくりさせた。まだ森は抜けておらず、辺りには鬱蒼と生い茂る木々と茂みがあるばかりだ。それなのに忍犬は足を止めてわんわんと吠え続けた。この茂みの奥にイルカがいるといわんばかりに。

ま、まさか…!す、ストーカーに強姦されて殺され…!?し、死体を放置された…?

考えも及ばなかった最悪の可能性を突きつけられてカカシは愕然とした。
「イルカ先生…っ!」
夢中で忍犬が示す茂みを掻き分けた先に、カカシが見たものは。
「あ…カ、カカシ先生…」
全裸の股間を大きな葉っぱで隠し、お帰りなさい、と焦ったように頭を下げるイルカの姿だった。


つづく