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危ないところだった…というかカカシ先生が危なかった…!

イルカは去って行った危機に一先ず安堵の溜息をついた。何が何だか分からないうちに、あろうことかあの写輪眼のカカシに下半身を銜えられ、しかももう少しであらぬ場所に指を挿入されてしまうところだった。カカシに時間の猶予の無い任務が控えていなければ、あのまま行為は続行されていたに違いない。しかしイルカはその変態行為を糾弾する事はできなかった。全て身から出た錆なのだ。イルカは自分のついた嘘が引き起こした事態に項垂れた。

俺がストーカーされてるなんて…自分勝手な嘘をついたばかりに…
あの真面目で高潔なカカシ先生に変態の真似事をさせてしまった…!!!!

イルカの後悔は尽きない。だが一方で自分の事にそんなに一生懸命になってくれるカカシに微妙に嬉しさも覚える。本当に人の心というものは複雑だ。

カカシ先生には申し訳ないけど、俺は今カカシ先生の監視の目を失う事はできない…!
まだ駄目人間化する自分を救う手立てを他に見つけられないんだ…
俺にできるせめてもの恩返しは、痩せ細るカカシ先生をなんとか元の健康な状態に戻してあげる事くらいだ…!

イルカの心中では再び、「里の機密」部屋潜入への意欲が高まった。

取り敢えず、ここを抜け出してカカシ先生の家へ帰るんだ…!

決意も新たにイルカは拳を握り締めた。トラップ潜りは結構得意だし、カカシが関ると眠っていた脳が活性化され無限の力を引き出す。生きて帰る自信があった。
だが、しかし。
「服…はどこにあるのかな…」
イルカは全裸の自分を見下ろして、誰の目も無いのに羞恥に顔を赤らめた。
そう、カカシは何故かイルカをすっぽんぽんにして、秘密のアジトに閉じ込めていったのだ。
「こ、こんな場所で全裸なんて…よ、翌朝には凍死してます…!」
イルカが抗議の声を上げれば、カカシがはあはあと息を乱しながら、
「こうみえても自家発電で冷暖房完備です。温度調整は完璧です…!加湿機能だってあるんですから…!」
因みに焼肉のべとつく煙も吸い取ってくれます、と最新型のリモコンを差し出した。

なんだか凄いぞ…!

多機能な空調設備のリモコンを、イルカがつい夢中でえいえいえと押しては楽しんでいるうちに、
「れ、冷蔵庫の中に保存食も入ってますから…あ、ああ…火、火は使えませんよ。でも電気プレートで温めは…で、できますからっっっ」
カカシがぐぐっと胸を苦しげに押さえながらも、てきぱきと指示を飛ばす。そのあまりにも苦悶に満ちた表情に、
「だ、大丈夫なんですか、カカシ先生…!?具合が悪いんじゃないですか…?最近の急激な痩せ具合…俺本当は気になって気になって…今日からの任務、代わって貰う事はできないんですか…!?」
カカシに駆け寄って背中を擦ってやれば、カカシは「ううっ…」と呻いていよいよその場に前屈みに膝を付いた。
「イルカ先生…あ、あんまり近付かないでください…そ、それに背中といえど、イルカ先生に擦られたら…大変な事に…」
訳が分からなかったが、そのあまりに鬼気迫る物言いに思わずイルカが飛びのくと、カカシはその姿勢のままムカデの様にかさかさと物凄い速さで出口へと進んだ。
「イルカ先生…本当はあなた一人を残していくなんて心配でたまらない…まだストーカーの恐ろしさを知らないままにここを出してしまったら、きっとあなたはストーカーの餌食になる……だからイルカ先生をここから出すわけにはいかないんです…!この任務に代わりはいないし、俺はもう出なければならない…いいですか、外は断崖絶壁の上トラップで一杯ですよ。くれぐれも出ていこうなんて無茶な考えは起こさないでくださいね…!」
カカシはそう言うと、呻きながら素早く鍵をあけて出て行った。呻きながらもイルカが着ていた服を小脇に抱えていくのを忘れない。殊勝な事だ。

多分裸にしておけば、恥ずかしくて外に出る気力も起きないと思っているんだろうな…

カカシの考えを分析しながら、イルカはアジトの中を服を求めてうろうろした。引き出しという引き出し、箱という箱を開けてみて、服でないにしてもせめて体を覆う毛布のようなものはないかと探し捲くった。変化の術で服を着ているように見せても、忍びの目にはややもすれば真実の姿を映し出されてしまう危険を孕んでいる。
しかし懸命に探してみても、布らしいものはまるで見つからなかった。

ああ…っ!こんな段階で躓くなんて…俺はどうしたら…!

うちひしがれながらも、イルカはくしゅんとくしゃみをした。先ほどリモコンで遊んでしまって、空調の温度管理をちゃんと設定しなおしていなかった所為で、急激に部屋の…というか洞窟の温度が下がってしまっていた。

な、なんかトイレに行きたくなったな…

イルカが急いでトイレの扉を開けた瞬間、それは目に飛び込んできた。
純白のエンボス加工ダブルロール・林檎の香り付。丸々としたトイレットペーパーを震える手で外しながら、

そうだ、これだよ…!これを使えばいいんだよ…!

イルカはガッツポーズをとった。
頭の中では大好きなお菓子「薄巻きアーモンド」が浮かんでいた。


続く