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「カ、カカヒ先生…っ、ここは…一体じょこなんれすか…っ!?」
袋から出され口が自由になった途端、イルカは叫んでいた。
ベリリと剥がされたガムテープのジンジンとした余韻に、呂律が上手く回らない。
唇がぽってりと赤く腫れ上がっているようだ。

本当にここは何処なんだろう…?

イルカは痛みを訴える唇を舌先で舐めながら、辺りをぐるりと見回した。
どうやら岩窟を改造した秘密のアジトらしい。硝子越しに見える隣の部屋の手術用のベッドやら怪しげな機械やらが恐ろしい。ピチョ…ンと岩肌にしたたり落ちる滴が不吉な雰囲気をより一層盛り上げていた。

ひょ、ひょっとしてここがカカシ先生の言っていた潜伏用アジトか…?
昔見た子供番組に出てきた悪の秘密基地みたいだなあ…よくごっこ遊びしたっけ…

そういえば俺はいつもじゃんけんで負けて悪の戦闘員その一だったなあと、イルカは少しだけ郷愁をそそられながら、底冷えのする洞窟に体を震わせた。
「こんな事、幾らなんでも酷いですよカカシ先生…」
ようやくまともな言葉でそう訴えると、
「ごめんね、イルカ先生…」
カカシは剥がしたガムテープを何故か大切そうに胸ポケットにしまうと、沈痛な眼差しでイルカを見詰めた。カカシの場合、体を震わせているのは冷気の所為ばかりではないようだった。何処か痛々しい。
「カカシ先生…」
憤慨も忘れてイルカは胸をどきりとさせた。

な、なんでそんな目で俺を見るんだ…?そんな痛々しい目をして…

なんだかいつもブルブルと震えているチワワを彷彿した。惨め臭い濡れた瞳が良く似ている。
痛い思いをしているのは自分の方なのに。しかもイルカは袋からは出されたものの、体は簀巻きのままでまだ身動きも取れないのに。

…カカシ先生にこんな悲しい顔をさせるほど、俺は何か失態をやらかしてしまったんだろうか…

何時の間にかイルカは至極真面目に罪悪感のようなものさえ抱いていた。
実際のところ、イルカにはカカシの豹変振りがよく分からなかった。簀巻きにされる前にストーカーと懇意になった自分の目を覚まさせるとカカシは宣言していた。しかしとてもそんな事が本当の理由とは思えない。

これは何かの謎かけなんだろうか…?カカシ先生、本当は何か俺に対しムカついていて…でも言葉にできないから実力行使を…?

そう考えるとイルカの眉尻も下がってくる。なんだか暗い気持ちが胸を塞いだ。まずい、とイルカは焦っていた。

まずい…カカシ先生が目の前にいるって言うのに…俺のやる気モードが急激に下降している…!!

憧れの殿上人写輪眼のカカシに一目置かれたい為に頑張ってきた。頑張りに頑張ってきたのだ。それなのに。

カカシ先生の不興を買ってしまったなんて…本末転倒だ…俺は…俺は一体なんの為に…!!!!

急に芯を失ってしまったかのように、体がグラグラとした。視界さえもがぼやけてくる。グータラトドモードのスイッチが入ったのだ。

そ、そんな…カカシ先生がいるのに…お、俺は一体どうなって…!?

イルカが自分自身に戦慄したその時。
「秘儀・木の葉千枚竜巻旋風の舞い…!」
カカシが目にも止まらぬ速さで印を組んだ。ザザーッと途端に巻き起こった風に無数の葉が鋭利な刃物の様に舞う。
「ああっ!?」
乱れ飛ぶ葉にイルカは翻弄されながら、

まさかカカシ先生…俺を亡き者にしようとこんな人気のない場所に…!?そこまで嫌われていたなんて…!

一瞬目尻にじわと涙を浮かべた。しかしその涙はすぐに別の涙へと変わった。
シュシュシュすぱすぱすぱーっと軽快な音をさせて木の葉がイルカを襲う。木の葉がイルカを襲って…なんと服を切り刻んでいたのだ。

…え?

木の葉と共に散り散りに舞い乱れるかつて服だったものの残骸を見詰めながら、イルカはしばし茫然とした。
何故かパンツだけが原形を残していて、カカシの手にハッシと収まったように見えたのは見間違いだろうか。風が止むとベールの様に自分を包んでいた木の葉もはらりと下に落ちた。そこから現われ出たのは、丸裸なあられもない自分の姿だった。

えええええええーーーーーーーーー!!!!!?????

あまりの驚愕に固まってしまって前も隠せないイルカの心情を察してか、ひらひらと最後まで舞っていた葉っぱの一枚が優しくイルカの股間にぺたりと張り付く。その葉っぱは「もう大丈夫ですよ」とイルカを励ましているようだった。
「なななな…なっ、何するんですかーーーーーーーーーーーーーー!!!!!????」
イルカは大絶叫を上げていた。こんな状況なのに、少しばかりトドモードを回避できた事に安堵している自分に目頭が熱くなる。
「このアジトから逃げられなくする為ですよ。」
カカシはアッサリと平坦に言い放った。
「イルカ先生…あなたはストーカーの恐ろしさをちっとも分かっていません…真のストーカーがどんなに恐ろしいか…」
そこまで言ってカカシは顔を苦しそうに歪ませた。

ええ…!?や、やっぱりストーカーの話だったのか…?これはストーカー対策の一環なのか…!?
ってか、これの何処がストーカー対策に繋がるんだ!?

イルカが戦々恐々としていると、カカシが熱の籠もった目でイルカを見つめた。
「だから…少しだけストーカーの恐ろしさを教えてあげます…!」
貞操帯装着の時の様に、有無を言わせぬ迫力だった。

続く

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