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大変だ…イルカ先生、俺の留守中に絶対逢引するつもりだ…!

カカシは確信を抱きながら、深い森の中を疾走した。背中には簀巻きのイルカを背負っている。
ロープでぐるぐる巻きにしたイルカは抵抗する事もできず、ただ大人しくカカシの背中に背負われていた。

こうしていると、イルカ先生が俺に全てを委ねているように思うけど…
勘違いしちゃ駄目だ…何時の間にかイルカ先生は外の誰かに心を奪われかけていたんだから…

カカシは熱くなる目頭にきゅっと唇を噛み締めた。
至福にして不幸なイルカとの同棲生活に、カカシは精根尽き果てていた。
イルカを押し倒しそうになるのを渾身の力で押し止め、機密部屋に駆け込む日々。実際に繋がれない事へのジレンマはより一層カカシの右手の動きを激しくした。

このままでは俺は自慰のし過ぎで死んでしまうかもしれない…!

げっそりとやつれた顔でカカシはそう危ぶんだ。しかもなんて惨めで孤独な死だろうか。

自慰の途中で死ぬ事に比べたら、腹上死のなんて素晴らしい事か…!
とりあえず、繋がって死ねるってだけで幸せだ…相手がいなくちゃできない死に方なんだからな…

それに比べて俺は、とカカシは自分を擦りハアハアとしながらも、ぼろりと大粒の涙を零した。

な、なんとかしなくちゃ…あんまりこの機密部屋に籠もっていても怪しまれるし…
最近は自慰し過ぎで、遂精しても空打ちが多いし…先っぽからは精液というより魂が出ちゃってる気がするよ…

まさに精も魂も尽き果てるとはこの事か、と全く使いどころと漢字を間違ったまま、カカシは深く感じ入った。どうにかしなくてはと焦りつつも、無防備なイルカとの至近距離での付き合いに、自慰する手は止まらない。その上、そんなに欲望を吐き出しても、以前のような満足感がないのだ。自慰行為はイルカを抱きたいという衝動に拍車をかけるものでしかなかった。

ああ…俺は…俺は一体どうしたらいいんだ…!?

最近はそんな思いに悶々とするあまり、昼間のストーカー生活、つまりイルカの監視にも今一つ気が入らない。覗く先の映像よりももっと刺激的な生活を送っているのだ。覗きに熱が入らなくなっても仕方の無い事といえた。
ふと意識をそらした一瞬の間に、イルカにラブビーム全開の怪しい人影が群がっていた…という事がままあって、カカシは恋敵に塩をおくってしまった自分に歯軋りをした。

俺とした事が…!俺の目の前でイルカ先生に恋敵が接近するのを許すなんて…!

いつもなら接近を目に留めた瞬間物陰に拉致って瞬殺だ。カカシは息巻きながらも、すぐに大きな溜息をついた。

でも最近はそれも完璧じゃないんだよな…

ガックリと肩を落としながら、恐ろしい現実に体を震わせる。
そうなのだ。最近イルカは遂に木の葉の里の人気ナンバー1の座についたのだ。
幅広い年齢層に支持される、癖のない好感度が人気の秘密だ。
その為に未曾有のイルカフィバーぶりで、ライバル全てを凹に仕切れない。

闇に葬り去るには人数が多すぎる…!

全てを殺って殺れない事は無かったが、木の葉の人口密度が急激に下がる事になってしまう。果ては木の葉の経済や発展にまで影響しそうな問題だった。国をどうこうする、それは忍びとしてやる事じゃないとカカシには変なところでポリシーがあった。
そういうわけで、イルカに恋敵が接近するのを完璧に防ぐ事ができない日々は、過ぎる自慰生活に体力と気力が限界に来ていたカカシに良くない影響を及ぼした。段々と、

俺がこうしているうちに…イルカ先生は誰かに心を奪われてしまったんじゃ…

と妄想めいた考えに取り憑かれるようになってしまったのだ。
イルカが誰かに笑いかける度。廊下で呼び止められた同僚と立ち話をする姿を見る度。

今の奴とできてるんじゃないか…?

そんな事を疑うようになってしまった。色々疲れ気味だったことは確かだ。
しかもこのところ、イルカの自分を見る表情がどこか痛ましいものを見るようで、同情めいているところがカカシはすごく気になっていた。

あんな目で俺を見て…ひょっとして「そんなに俺の事を好きでも、俺は他に好きな人がいるんです。すみません。」とでも思っているんだろうか…?俺は…俺は…憐れまれてる…!?

疑ってはすぐに、邪気ないイルカの笑顔にそんな事あるかと力なく笑い飛ばす。
常にそんな感じで、それはカカシの精神を追い詰めていた。
そんな時にまたしても任務が入ってしまったのだ。しかも二週間も。

イルカ先生をこんなところに一人で置いていくわけには行かない…!
だけど連れて行けないし…ど、どうしたらいいんだ…!

考えに考え抜いて、カカシはイルカに自分の秘密のアジトに身を隠していてもらおうと考えた。
誰にも近寄れない、イルカも逃げ出す事のできない秘密の場所。
それはなかなかいい考えに思えた。

きっとイルカ先生も頷いてくれる筈…ストーカーが怖いっていってたもんね…!

カカシが任務の事を告げると、イルカが瞬間ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせた。
「そうですか…!二週間も…カカシ先生お気をつけてください…!」
すぐに神妙な面持ちに戻ったものの、そんなイルカにカカシは疑心がむくりと首を擡げるのを感じた。

い、今、俺が任務で留守にするって言ったら、イルカ先生喜んだ…?
う、嘘だろう…今までは行かないでくださいって、あんなに…どうして今回は…?

良くない予感に体を震わせながらカカシが潜伏作戦の事を告げると、イルカはおろおろとしながら言った。
「だ、だって…俺仕事があるし…無理です。」
まるで後ろ暗いことがあるといったように酷く動揺した様子で。
その瞬間、カカシは今までの疑心が全て現実の物である事を知った。

イルカ先生は…イルカ先生は誰かとできてしまったんだ…!!!
多分、イルカ先生を追いかける熱狂的ストーカーのうちの一人と…!
だからあんなに怖いといっていたストーカーが気にならなくなってしまったんだ…
それを俺に言えないんだな…!監視まで頼んでおいて言えるわけないもんな…!!!!

悲嘆と嫉妬、憤怒と絶望にカカシの中で何かがぶつりと切れた。
気がつくとイルカを簀巻きにして背中に背負っていた。

イルカ先生はストーカーに騙されているんだ…!ストーカーにまともな奴なんていない…!
きっと今に変態ちっくでマニアックで嫌らしい真似をされて、後悔するに決まっている…!
俺には手に取るように分かる…!!!!!

自分の事は棚上げでカカシは心に誓った。

イルカ先生の目を覚ましてあげます…!兎に角引き離して冷静にさせなくちゃ…!

カカシは森を全力疾走しながら、ハアハアと息を荒げた。

続く

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