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しかし、そんなイルカの喜びも束の間、次に続くカカシの言葉にあっという間に掻き消された。
「…それでね、イルカ先生…もう貞操帯は役に立たないって分かったでしょ…?だから今回はどうしようかなあって、俺すごく考えたんです…」
「え…っ!?」
イルカは過去の尋常ならざる出来事をすっかり忘れていたので、そのカカシの発言には心底吃驚した。

あわわ…カ、カカシ先生…か、考えたって…一体何を考えたんだろう…!?

全身から血の気が引いていくと同時に冷や汗がどっと噴出す。
カカシはいつもイルカのストーカー問題に全力で取り組んでくれている。
正義感の強い真面目な人柄なのだ。そんなところも尊敬すべきところなのだが、如何せん行き過ぎなところがあるのは否めない。

そ、そうだよ俺、この前の任務の時は貞操帯を装着されて酷い目に…
ああっ…どうしよう…嘘をついた俺が悪いんだけど…で、でも…もうあんな目に会うのは嫌だ…!

あんな目といいつつも今回はどんな目なのか、イルカには想像もつかない。
だけど想像もつかない恐ろしい出来事が待っているのだけは分かる。

な、なんとしてもカカシ先生を安心させて、ここは阻止しなくては…!

ブルブルと体を震わせながらも、イルカは精一杯の作り笑顔を浮かべて見せた。
「カ、カカシ先生…俺、思ったんですけど…カカシ先生の家に居候するようになってから、ストーカーの気配を感じないんです…この作戦が功を奏している証拠じゃないでしょうか…?だから今回はそんなに心配しなくても、カカシ先生の二週間の不在くらい俺一人でも何とかやり過ごせると思います…」
「そんな訳には行きません!」
カカシは即答してダンとテーブルを拳で叩いた。
「油断しちゃいけません!天災は忘れた頃にやって来るというでしょ!?備えあれば憂い無しですよ。ここで気を抜いたら彼奴の思う壺です。案外それを狙っているのかもしれない…!」
カカシの双眸はぎらぎらと怪しく輝き、激しく息は上がってしまっている。
そのあまりに真剣な様子にイルカの心はちくちくと痛んだ。

カカシ先生にこんなに心配を掛けてしまうなんて…ああ、俺って奴は…
ストーカーなんて本当はいないのに…しかしストーカーって天災だったのか…そうか…

微妙に軌道を外れた点で感心しながらも、罪悪感に流されていく。イルカは「それでカカシ先生の気が済むなら」とカカシの提案を受け入れる気持ちになっていた。

嘘をついている俺へ、神様が罰を与えているんだと思って我慢しよう…!
そ、それに貞操帯よりひどいことがあるとも思えないしな…

そう決心して自ら進んで話の先を促した。
「分かりました…カカシ先生は今回どんな方法を考えたんですか…?」
「イルカ先生には俺が帰るまで、身を隠していてもらいます。」
アッサリと告げられた言葉に、イルカは一瞬きょとんとした。
「は…?え…?み、身を隠すって何処に…?」
「俺が潜伏作戦の時につかう、秘密のアジトのうちの一つです。ちょっと里からは離れていますけど…暗部でもおいそれと近づけないようなトラップが仕掛けられてますし…絶対に誰にも見つかりません。勿論イルカ先生も俺が帰るまで一歩も外に出る事はできません。」

なんだか恐ろしい事を言っている。

いい考えでしょう、とばかりにニコリと微笑むカカシにイルカは戦慄した。
「だ、だって、俺仕事があるし…」
「休んでください。」
「ええっ!?そ、そんな無理です…!」
「イルカ先生…」
カカシは鋭い眼光でイルカを射抜いた。
「おかしいですね…この前まではあんなにストーカーが怖いと必死に訴えていたのに…ここに一人でいるよりは隠れ家の方がずっと安全だというのに…まるでここに一人で残りたいみたいだ…ま、まさか…!?」
カカシは突然ハッと何かに気付いたような顔をして身を震わせた。その様子にイルカもドキリと胸を跳ねさせる。

カカシ先生に嘘がばれた…!?そ、それとも留守中に機密部屋を暴こうとしているのが分かってしまったんだろうか…!?

ドクドクと激しく心臓が鼓動を刻むのを聴きながら、イルカは嫌な予感に脂汗を滲ませる。
カカシは鬼の形相でイルカの肩をがしっと掴み、ガクガクと揺すった。
「まさかイルカ先生…俺の知らない間に…す、ストーカーと懇意になったんじゃないでしょうね・・・!?だからそんなに平気な顔を……俺の留守中にストーカーと一体何をするつもりだったんですか!?」

なんじゃそりゃあーーーーーー!?

ストーカーはイルカの想像の産物なのでそんな事ありえなかった。というよりも、こんなに二十四時間一緒にいて、何処にストーカーと懇意になる隙があるというのだろうか。カカシの考えている事は全く理解できなかった。

ほ、本気で言っているんだろうか…?それともこれは冗談なのか…?

常識的に考えて前者である筈がない。ここは笑っとけとイルカが無理矢理笑おうとした瞬間、口にガムテープを張られ、抵抗もできないほど素早く簀巻きにされていた。

どうしてこんな事を…!?俺はどうなってしまうんだ…!?

そのままでかい袋の中に詰められながら、恐怖に顔を歪ませるイルカに向かって、
「イルカ先生、しっかりして…!ストーカーに洗脳されかかっているあなたの目を覚ましてあげます…大丈夫、怖くありませんよ。」
にっこりとカカシが優しげな笑みを浮かべた。


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