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ああ、まさか家に帰るのがつらくなるなんて……

カカシは受付の天井から憂いに揺れる瞳でイルカを見詰めた。
聞こえてくる屈託の無いイルカの笑い声が、今は胸に突き刺さるようだった。
イルカは何も知らない。カカシが元祖ストーカーであるとか、恋敵を裏で凹にしてるとか、イルカに対する不埒な劣情に日々悶々としているとか。そんな事に微塵も気付いていない。

俺が今どんなに我慢しているか…この苦悩と葛藤をイルカ先生は知らない…
知らないという事はなんて罪な事なのか…

始めのうちはイルカとの同棲生活に浮かれていた。
「カカシ先生朝御飯ができましたよ」とエプロン姿のイルカに起こされ一日が始まり、「お背中流しましょうか?」とイルカに体を擦ってもらって一日が終る。すぐに息が乱れあそこが硬くなって大変だったが、その度毎に「機密の新薬を臨床実験中なんです…すみません。新しい副作用だ…!」などとと叫んで、前屈みのまま「里の機密部屋」に駆け込んだ。イルカは決して入って来ないから、安心して処理する事ができた。
しかも夜にもなると至近距離で寝姿覗き放題だ。
イルカが寝付くとカカシはこっそりとイルカに忍び寄った。天井裏とは比べ物にもならない近さから、うっとりとイルカの睫を数えた。それを新しくイルカデータにインプットしながら、

長くて可愛い睫…これがもっとクルッとしていたら可愛いんじゃないかな…

眠るイルカの睫にマカロニパーマ(睫パーマ)を施した。
睫のくるっとなったイルカの姿に興奮して、軽く五回抜いてしまった。
寝ているイルカに何かをしてあげるのはまた楽しかった。イルカに吹き出物ができていれば薬を塗り塗りし、唇が乾いていれば蜜蝋で潤してやる。課外授業で鼻先を赤く日焼けしていれば、ローションを含ませたコットンを乗せ、咳き込めば加湿器をつけ、開いた口から喉塗〜るスプレーを散布してやる。翌朝鏡を覗き込み、少しだけ不思議そうな顔をするイルカを見るのが好きだった。

それにしてもイルカ先生…忍としてどうかと思うほど寝つきがいいなあ…

段々と至近距離で見詰めているだけの生活だけでは満足できなくなっていた。
そこで勇気を出して、寝惚けた振り作戦を遂行した。

トイレに起きて…寝惚けて、入る布団を間違えちゃった…って言い訳すれば大丈夫だよね…

スヤスヤと安らかな寝息を立てるイルカの布団をめくって、カカシはそっとその傍らに滑り込んだ。そのたくましく広い背中に身を摺り寄せると、異常なほど心拍数が上がった。

まさに布団は一つ、枕は二つ…二人の筈の体は一つ…ではまだないけど!
後一息っていう気がする…こんなに幸せで良いのか?俺…幸せすぎて怖い……!

ギュウッと抱き締めてもイルカは全く起きる気配もなかった。
それどころか、「ん〜?ナルトか…?」などと寝言を言いながら、ギュッと体を抱き返してきたりした。そのまま硬くなったアレをイルカの体に擦り付けるようにして、下着を汚してしまった事は数限りない。しかも翌朝目同じ布団で目覚めても、「寝惚けちゃったみたいですね…すみません」と恥ずかしそうに白状すれば、イルカはその言い訳を心の底から信じているようだった。
「俺の事は気にしないでいいですよ…!居候させてもらってる身の上なんですから…」
あははと豪快に笑うので、カカシのその姑息な作戦は毎度実行されるようになった。
そして不味い事にどんどん歯止めが利かなくなっていた。
一緒の布団に入ることだけで満足だった筈なのに、欲望にはきりがない。

す、少し舐めても大丈夫かな…

ある時は無防備なイルカの首筋を舌で辿り、

す、少し触っても大丈夫かな…

またある時は可愛い乳首をこりこりと悪戯してしまった。
無意識の内にパジャマの上からイルカの股間を撫で回している自分に気付いた時、カカシは自分の危うさに愕然とした。

お、俺は一体何を…!?十何年も見ているだけで満足だったのに……
こうして一緒に住んでいるだけで満足の筈なのに…!
どうしよう、触れたいって思っている…舐めて擦って、イルカ先生の中に入りたいって…
こ、こんな事…お、俺…俺…どうしよう……!?

カカシは恐慌を来たしていた。今まではイルカと寝るなんて夢のまた夢で、イルカを覗いて自慰をしているだけで満足だった。それなのに突然訪れた過ぎる幸福に、抑圧された欲望は貪欲になっている。組み敷く事は簡単だ。だけど今までもそれだけはしなかった。

だって好きなんだ…本当に本当に好きなんだ…無理矢理は嫌だ。
それにまだ…勇気がないんだ。だってこの人、俺を信じきってるんだよ?
どの面下げて「好きです」なんて言えばいいの…?

情けないと思った。こんな状況になっても踏ん切りのつかない自分が。

何時まで我慢できるんだろう…?俺は…どうなっちゃうんだろう…?

恐れ戦く心とは裏腹に猛り狂う下半身を鎮めるべく、カカシは涙を浮かべながら「里の機密部屋」へと駆け込んだ。お宝部屋のはずが、生身のイルカの前ではすっかりと色褪せて見えた。

続く

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