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はあー…カカシ先生が俺の申し出に頷いてくれてよかったなあ…
絶対無理かと思っていたけど…言ってみるものだなあ……

イルカはシンクで野菜を洗いながら、自分が口にした言葉を思い出していた。

俺、カカシ先生のうちに住んでいいですか?

言ってしまった後で、上忍相手になんと図々しくも大胆なと我ながら背筋が震えた。
しかし他に方法が思いつかなかったのだ。自分の無気力生活に歯止めをするには、どうしてもカカシの家に住むことが必要不可欠第一条件だった。イルカの提案に呆れて言葉にならない様子のカカシに少しばかり怯みながらも、イルカは勇気を出して先を続けた。
「普段カカシ先生の家に居候していると知ったら、ストーカーもいなくなるんじゃないでしょうか?まさか天下の上忍の家に忍び込もうとする馬鹿な輩がいるとは思えませんし…カカシ先生が不在の間でも、ストーカーを遠ざけられる気がするんです…」
尤もらしく言い放った言葉は嘘ばかりで、真の目的は他にあった。

カカシ先生の家にいれば…俺は緊張感を保てるんじゃないだろうか…?
少なくともカカシ先生が不在でも、カカシ先生の家をゴミ御殿にするような真似はしない筈だ…
いいや、絶対にしない…!天下の上忍の家に恐れ多い…!!!!
俺はきっと精魂込めてカカシ先生の家の美化に努めるだろう……そしてその家の居候に相応しい自分であろうとするだろう…!

それは確信だった。この打開策は紙の上の空論ではなく、必ず上手くいく。
ただ、それをカカシが承諾してくれるかどうかが問題だった。
全てを言い終えたイルカの前で、カカシは困ったような表情を浮かべていた。
その表情に「断わられる」と思ってヒヤリとしたが、カカシが口にしたのは意外にもOKの言葉だった。
「貞操帯が役に立たないと分かった今…俺もイルカ先生の身を案じていたところです。成程、分かりました。イルカ先生の考えはなかなかいいと思います。俺のうちでよかったら…その…い、一緒に暮らしましょう…」
体をもぞもぞとさせながら、あさっての方向を向いて決まり悪げにカカシが言う。
本当は嫌だったのかもしれないと少し申し訳なく思ったが、背に腹はかえられなかった。

カカシ先生には悪いけど…もう俺一人の力ではどうにもならないんです…!
何か他に良い考えが浮かぶまで…俺を駄目人間から救う為に一肌脱いでください…!!

渋っているように見えたカカシは、しかし善は急げとばかりにイルカをすぐさま家に連れて行ってくれた。基本的にいい人なのだ。架空のストーカー被害を深刻に受け止めてくれている。

そんなカカシ先生の人の良さにつけこんで…俺って奴は…!

己の卑怯さを内心罵倒しながらも、その分家事を頑張ります!とイルカは心の中で固く誓ったのだった。

しかし…カカシ先生の家がここまで豪華でぴかぴかだとは…!
これを維持していくのは大変だぞ…何しろ無駄にだだっ広いし…!!

イルカは料理する手を休めずに、ぐるりと部屋を見渡した。二十四畳の居間の窓から中庭が見えている。その中庭には結構な広さのプールがあった。勿論カカシ所有のものだ。カカシの家は高級住宅街の一角にある有名な億ションの最上階を、ワンフロアーまるまる買い取ったものだった。

金がかかってるよなあ…

イルカは眩いシャンデリアを見上げながら、あれはまた掃除が大変そうだと気を引き締めた。
ある程度カカシが裕福だとは想像していたが、所詮庶民のイルカのイマジネーションは貧困だった。
道中カカシが恥ずかしそうに、
「俺のうち…犬小屋のようなところですけど驚かないでくださいね…?」
頭をガシガシと掻きながら言い訳がましく言うので、

へえ…謙遜とは思うけど…ひょっとしたら意外に質素な家に住んでいるのかな…?
そうだよな、上忍が幾ら貰ってるか知らないけど、そんなに俺達と落差がないのかもな…

それを鵜呑みにして、のほほんと構えていたのだから何と脳天気な事か。
「カ、カカシ先生…こ、これが犬小屋って…」
自分の家よりも広い大理石の玄関ポーチを前にイルカが愕然とすれば、
「忍犬を飼っている場所はもっと広いんですよ〜俺のうちは犬の方がご主人様より良い生活をしてるんです。ごめんね、イルカ先生。」
カカシが真面目に申し訳なさそうに頭を下げた。謙遜でも嫌味でも何でもなく、真実そう思っているようだった。

な、なんだよ…それじゃこの人、俺のうちはどう思っていたんだよ…?
この広さで犬小屋以下なら、俺の家は蟻んこの家か?蟻んこの家なのか…!?

イルカはクウッと唇を噛み締め体を震わせたが、それも一瞬の事だった。

天下の上忍写輪眼のカカシなんだから…こんなの予想できた筈じゃないか…!
それよりもこんな豪華で立派な家で暮らすんだ…!粗相のないようにしなければ…!

また一種独特の高揚感がイルカを包んだ。やり甲斐、とでもいうのだろうか。それは料理している今でもずっと続いていた。不器用な筈の自分の手が、料理の鉄人並みの華麗な包丁捌きを見せるのを、イルカは今更ながら信じられない気持ちで見詰めた。潜在的なイルカの能力を最大限に引き出してくれる…それがカカシの監視の効能だったが、どうやら予想通りカカシの家にも同じような効能が期待できそうだ。

いける…!やはりカカシ先生の家が俺に良い効果を齎している…!
これで…これできっと、カカシ先生が不在の間も俺は自堕落にならずに乗り切れる……!

イルカは突然開けた活路に晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

続く

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