(27)

信じられないな…俺は一生分の運を使ってしまったんじゃ…

カカシは所在無げに二十四畳のリビングを行ったり来たりした。ちらと対面式キッチンに目を向ければ、料理途中のイルカが気づいてニッコリと微笑を投げる。
「もう少しで夕飯の用意ができますから…お疲れのところすみません」
「はあ、いえ…はい……」
カカシは訳の分からない返答をしながら、ガシガシと豊かな銀髪を掻き混ぜた。
何度その目で確認しても信じられない。

イ、イルカ先生が俺のうちにいるなんて…というか、い、いいい、一緒に暮らす事になるなんて…

所謂一つ屋根の下同棲時代、枕は二つ布団は一つ…とまではいかないが、それにリーチがかかった状態にカカシは激しくなるばかりの動悸を抑える事ができなかった。
そうなのだ。突然の展開ではあるが、イルカが自分の家で一緒に暮らす事になったのだ。しかもそれはイルカからのたってのお願いであった。
「普段カカシ先生の家に居候していると知ったら、ストーカーもいなくなるんじゃないでしょうか?まさか天下の上忍の家に忍び込もうとする馬鹿な輩がいるとは思えませんし…カカシ先生が不在の間でも、ストーカーを遠ざけられる気がするんです…」
イルカの言葉を聞きながら、カカシは夢を見ているかと思った。疲れのあまり、都合のいい幻聴が聞こえているのかと。それはナチュラルによくあることなので、カカシは暫しの間茫然とする事しかできなかった。するとイルカはハッとした様子で恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あ、あの…カカシ先生の家を決してゴミ御殿なんかにしないですから…掃除も洗濯も食事の用意も…全部誠心誠意を込めてやらせていただきます…!本当です、だ、だから…お願いします!」

ガバリと頭が下げられた拍子にむき出しになった項の色っぽかった事…

カカシはその時の事を思い浮かべて、ははは〜と無意味に笑って高速で銀髪を掻き毟った。勿論すぐさまOKだった。ゴミ出しをしたその足で、速攻でイルカを家に連れてきたカカシだ。

苦節十余年…雨にも負けず風にも負けず、ストーカー生活を貫き通した俺への、神様のご褒美かな…?

キッチンに立つイルカは、極自然にエプロンなんかをしている。ブルーのチェックのそのエプロンはよく似合っていた。

こうして料理が出来るのを待っていると…ま、まるで…し、新婚みたいだな…

うわっ、何図々しい事考えてるの、俺!?とカカシは真っ赤な顔を両手で覆った。イルカの生活を覗くだけで満足だったので、突然舞い込んだ過ぎる幸福にカカシはどうしていいか分からなかった。体の内側からマグマの様に噴出してくる無駄なエネルギーに、とりあえず柱に向かってとりゃとりゃと稽古をつけたり、指たて伏せとスクワットをセットで1000回ほどこなしてしまった。
そんなカカシの姿に、
「さすがカカシ先生忍の中の忍…常に鍛錬を怠らず、一分たりとも時間を無駄にしないんですね…!」
イルカはきらきらと尊敬の眼差しを向ける。
「い、いえ、いつもこうじゃないんですけど…ははは…」
言葉を交わすだけで幸せで、カカシは胸がいっぱいになった。

だけど…これで本当にストーカーが出没しないようになって、イルカ先生が俺の家を出て行ってしまう時が来たら…一体俺はどうなってしまうんだ…?こんな贅沢に慣らされてしまったら…もとのストーカー生活で満足できるとは思えない…!!

カカシが恐れ戦いて表情を暗くしていると、料理の皿を持ったイルカが心配そうに覗き込んできた。
「やはり任務帰りで、カカシ先生酷くお疲れみたいですね…それなのに俺のゴミの片付けをさせてしまって…す、すみません。あの…!お、俺、布団の用意をしましょうか?寝室はこっちですか…?」
皿をテーブルの上に置くと、慌てた様子で沢山ある扉の前を右往左往する。その中の一つの扉にイルカが手をかけた時、カカシはあっと大声を上げた。

まずい…あの部屋は…!

「イルカ先生、そこは開けないでください…!そこには里の機密が…っ!!!!」
カカシの切羽詰まった声に弾かれたように、イルカが伸ばした手を引っ込める。
「里の…機密が…?」
目を白黒させるイルカに、カカシは低い声で念を押した。
「絶対に開けちゃ駄目ですよ…?俺以外が開けたら大変な事になる仕組みです…」
イルカはゴクリと唾を飲み込んで、無言のまま頷いた。
危ないところだった、とカカシは胸を撫で下ろした。その扉の奥は長年のストーカー生活の集大成ともいえるお宝部屋だった。クリスタルに金をあしらった豪華な陳列棚に、今までのイルカコレクションがディスプレイされている。勿論取り扱う時は、白い手袋を着用している。
イルカ実物大人形も成長に合わせたものが保管されているし、壁には死んだ人の様にイルカの写真が額縁で所狭しと飾られている。花瓶に飾ってあるティッシュで作った花は、イルカが鼻をかんだもので作ったリサイクル品で地球に優しい。
カカシが世界で一番落ち着ける場所、心のサンクチュアリだ。

だけど、それを決してイルカ先生に見られるわけにはいかない…!

頑丈な施錠をしなければとカカシは固く心に誓った。
イルカはその扉の前で戸惑った表情を浮かべながらも、どこか好奇に目を輝かせていた。

続く

戻る