雪の花びら

雪、止んでくれないかねぇ。

降り積もったばかりの柔らかな雪を踏み締めながら、カカシは思った。
寒そうな色をした空から、絶え間無く冷ややかな雪が舞い落ちていた。

冷たい雪が、ただでさえ体温の低いカカシから、なけなしの熱を奪う。
今回の任務でカカシは大層疲れて極限状態だった。帰還も随分と遅れてしまった。
これ以上体力を失うようなことがあると命取りなのに、雪は止んでくれない。
雪は穢れなくひどく清浄なふりをして、そうやってカカシから大切なものを奪っていくのだ。

とんだ根性悪だ。

カカシは毒づいた。だが、ここで倒れる訳にはいかなかった。

あの人が、待っているんだから。

どこかで寒さを凌ぎ、休息を取ったほうが得策だとは分かっていた。
しかし、カカシはそう思いながらも足を止めることができなかった。早く帰りたかった。早く帰って。

どうせ休むのなら。
あの人の傍らがいい。




カカシが木の葉の里の入り口までようやく辿り着くと、そこに会いたかった姿があった。イルカの姿が。
イルカは入り口の門に寄りかかるようにして立っていた。
ずっとそこでそうしていたのか、イルカの肩や頭に雪が降り積もっていた。
カカシの姿を認めると、イルカは一瞬息を詰めて、そして大声で叫んだ。

「カカシ先生!」

イルカがそう言った時、びゅうと吹雪いた雪がカカシからイルカの姿を白く隠した。
その光景にカカシは何故か激しく動揺した。

雪が奪ってしまう、と思った。
穢れなく清浄なふりをして、大切なものを。
俺の手が届かないように。
イルカを覆い隠してしまう。

カカシは焦る気持ちのままに、急いで手を伸ばした。

「イルカ先生...っ!」

手応えと共に、渾身の力を込めて引き寄せた。見失ってしまわないように。
あまりに勢いよく引っ張ったので、二人ともバランスを崩し、そのまま勢いよく雪の上に倒れ込んだ。

「な...な...何するんですかーーーーっ!!」

雪まみれになったイルカが怒ったように叫んだ。そんなイルカの様子にカカシは安堵した。

ようやく、戻って来れた。

「うん、あんまり嬉しかったから。ごめんね?イルカ先生。ずっと、門のところで待っていてくれたの?。」
寒かったでしょ、遅くなってごめんね?

相変わらず雪の上に転がったまま、カカシはぎゅうぎゅうとイルカを抱きしめながら言った。
イルカは何か考えるようにしてから、柔らかく笑った。

「そうですね。カカシ先生を待っている間は、冷たい雪を恨めしく思ったんですけど。」

「寒かった?大丈夫?」

「いえ、俺のことじゃなくて、カカシ先生が。カカシ先生が凍えてるんじゃないかと思って。帰還も遅れてるし。きっと疲れて帰って来るのに、雪が降っちゃって。大丈夫かなあって、すごく、心配でした。」

だから待ってたんです。帰ってきたら、すぐにあっためてあげたくて。

「寒かったでしょう?カカシ先生。」

お帰りなさい。

そう言ってイルカはカカシの背中に手を回した。
雪の上に転がっているというのに、カカシの体はもう冷たさを感じなかった。
あんなに嫌だと思っていた雪でさえ。
舞い落ちる雪でさえ、花びらのように見える。
今はその花びらに包まれて、まるで春の中にいるような錯覚に陥る。

冬の寒い日だというのに、
イルカの傍はなんてあたたかい。
イルカの傍にはいつも春があるのだ。


カカシはうっとりと目を閉じた。



           終り
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