姿を見つけただけで嬉しい。
だけど、話しかけられると少し困る。
俺は口下手で、おもしろい話の一つもできないから。
イルカ先生、と名前を呼ばれると切なく、にっこり微笑まれると苦しい。
苦しくて仕方がないので、顔を合わせたくないなあと思ったりするのに、会えなかった日は淋しい。

一体どうなっているんだ。俺は。

自分でも混乱する。混乱するのに、こんな気持ちも悪くないと思ったりする。
悪くないというより、きっと。


HappyHappy  SIDE   Iruka

カカシ先生が受付所にヒョコリと姿を現した。眼の端にそれを認めただけで、俺は何となく浮き足立ってしまう。
カカシ先生は必ず俺の列に並ぶ。俺って結構好かれてる?と幸せな勘違いを自分に許す。ささやかな勘違いが恋の原動力だ。99%無理だとわかっていても、残り1%の希望でやっていけるシロモノなのだ。

「コンニチハ、イルカ先生。」
「こんにちは、カカシ先生。」

お決まりの挨拶の後、俺は報告書をチェックする。今カカシ先生は俺のこと見ているのかなあ、と思うと顔も上げられず、一心不乱に報告書を見ているふりをする。なんだか手に汗を掻いてしまって、紙が水分を吸収して変な形にしなる。ああ、焦る。チェックも終って、「はい、結構です。」と顔を上げると、カカシ先生は明後日の方向を見ていた。視線の先に色っぽいくのいちが座っていた。自分の自意識過剰さに呆れると同時に、少し、いや実はかなりショックを受けながらも俺は笑顔で言った。

「任務、お疲れ様でした。」笑顔ニ割増!そういえば、昔好きな女の子に給食を少し多めに盛ったりしたな。

「いいえ〜全然疲れてませんよ〜ありがとうございます、イルカ先生。」にっこり。

カカシ先生の笑顔はいつも困ったような感じで、そこがなんともカカシ先生らしくていいのだ。いいのだけど、それを見ると途端に俺は苦しくなってしまう。胸がぎしぎし痛む。きっと欲しいのに手に入らないものを見るのが辛いのだろう。多分。

それでも、これで話が終ってしまうのは味気ないので、俺はいつもナルトの事をきいてしまう。

「ナルトの奴はどうですか?うまくやってますか?」ナルトをダシに使ってしまう自分に自己嫌悪。

「イルカ先生、ご心配なく。ナルトも大分成長しましたよ、イルカ先生。」ただの呼びかけなのに、名前を呼ばれると少し切ない。

「そうですか!それを聞いて安心しました。ご迷惑をおかけすると思いますが、ナルトをよろしくお願いします!」もっと話していたいけど、列に並ぶ人の数が多くなってきた。今日はここまでだな。

相変わらず社交辞令的な会話しかできなかった。もうちょっと親しくなりたいなあとは思うけど、カカシ先生は上忍で、中忍の俺とは世界が違いすぎる。話ができるだけでも、名前を呼んでもらえるだけでも、かなりいいほうだ。それだけで満足しなくちゃな。



本当は満足していないけど、満足しなくちゃいけないと言い聞かせる。この関係を壊したくないから。
だって、会えなかった日は淋しいのだ。顔を合わせるのが気まずい関係にはなりたくなかった。

それなのに、カカシ先生は言った。

「イルカ先生、今晩飲みに行きませんか?ナルトの事で聞きたいこともあるし。」

俺は一瞬表情を失う。臆病な心が断れと俺に囁く。どうしよう、と見上げたカカシ先生の顔が俺と同じに不安げに見えた。
それは例の幸せな勘違いなのかもしれないけど。それは99%駄目でも残りの1%の希望を動かす厄介な力なのだ。
俺も男だ!と腹を括った。

「ええ、喜んで!」



カカシ先生のことが気になりだしたのは、俺がかなり落ちこんでいる日だった。
落ちこんでいたのはミズキの処罰が決定されたからだった。
かなり厳しい処罰だった。ミズキは忍びとしての記憶を封印され、木の葉から追放になるという。
俺は処罰の軽減を嘆願していたのだが、その結果がこれだった。
アカデミーからの友人だったミズキ。
いい奴だったのに。ミズキの企みに俺は気付けなかった。気付いていたら。
止めてやることができたのに。
あいつも魔が差しただけなのだ。俺が気付いて諌めてやれば、きっとあんなことしなかったはずだ。
後悔と、友人を失ってしまった悲しみと。
俺は川辺リに座ってぼんやりと沈む夕陽を眺めていた。嫌なこと、悲しいことがあるとよくそうして夕陽を眺めるのだ。
沈む太陽と一緒に、その悲しみも憂いも地平線の彼方に沈んでいくような気がするからだ。
どれくらいそうしていたのか、もう帰ろうと思って振りかえると、そこにはカカシ先生が立っていた。
とても驚いた。
「こ、こんにちは。」と俺が挨拶すると、カカシ先生も「コンニチハ」とにっこり笑った。
そして、すっかり暗くなっちゃいましたね、と言ったのだ。カカシ先生はただ事実を言っただけだったのかもしれないけど、そこで俺は幸せな勘違いをしてしまったのだ。ひょっとして、カカシ先生は俺が座っている間、立ち止まって一緒に夕陽を見ていてくれたのだろうか。それは考えるだけでひどく優しい光景に思えた。本当にそんな些細な思いこみが始まりなのだ。

最近は飲みに誘われることも多くなり、俺の勘違いには益々拍車がかかる。
カカシ先生が俺のことを好きならいいのに、という俺の思いが見せる蜃気楼のようなものだ。
それでも俺の幸せな勘違いは許容量を超えて、もう胸から零れるほどになってしまった。
今ももう、口から零れそうだ。

好き、です。


                  終
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