不揃いの手のひら


「まだやってたんですか。」

風呂から出てきたカカシが濡れた髪をタオルで拭きながら言った。

「まだやってました。」

イルカはせっせと手を休めることなく答えた。

「後幾つで終るんです、それ?」

カカシがイルカの隣に腰を下ろし、その手元を覗き込んだ。
イルカが作業をしている卓袱台の上に、ドングリで作られた独楽が所狭しと犇めき合っていた。
イルカは明日の授業で使うドングリ独楽を作っていた。情操教育科目である「生活」の時間に使うのだという。

イルカの指はずんぐりむっくりしていて無骨で、見るからにぶきっちょそうだ。
事実ぶきっちょなその指は、小さなドングリに錐で穴を開け楊枝を差し込む度に傷を作っていた。
指の所々に巻かれたバンドエイドに血が滲んでいるのを見て、カカシは眉を顰めた。

「ドングリ独楽が忍の育成に必要とは思えませんがね〜。どーいうカリキュラムですか、それ。」

カカシは僅かに苛立った様子で言った。自分はアカデミーを駆足で卒業してしまったので、満足に授業を受けたことが無かった。こんなことまでするのか、と驚くばかりだ。

すると今まで手元しか見ていなかったイルカが、目線をカカシに移した。

「忍に必要なわけじゃないですよ。子供達に、必要なんです。」

当然の事のようにきつく言い放つと、イルカはまた視線を手元に戻した。キュッと口を結んで、黙々とドングリに錐で穴を開ける。イルカは少し怒っているようだった。
こういうことは、よくある。カカシの何気ない一言が、時々イルカの癇に障るらしかった。だがそれは言葉にして追求するほどでもない、ほんの些細なすれ違いなので、結果二人は黙り込んでしまうのだ。
今もどうしてイルカが怒っているのか、カカシには分からなかった。寧ろカカシの方が怒りたいくらいだった。
だって、イルカの手が。

カカシは溜息をついて、転がっているドングリを手にした。

「手伝います。」

「結構です。俺、自分でやりますから。」

カカシの申し出にイルカは頑なな態度で断りを入れる。

「あんたがやるより、俺がやったほうが早いデショ。後幾つ作るの?」カカシの声も自然と大きくなる。

「だからいいですってば!そんな嫌々手伝って欲しくありません!」イルカも負けじと声を荒げたその瞬間、手元が狂って持っていた錐がぐさりとイルカの左手に突き刺さった。

「痛っ...!」イルカの持っていたドングリが卓袱台を落ちてコロコロ転がった。

「何やってんの!?」カカシは咄嗟にイルカの左手を引き寄せて、血が滲み出る傷口に己の唇をあてて、ちゅうと啜った。

イルカは反射的に手を引こうとしたが、カカシはそれを許さず、流れる血を丁寧に舐った。

「だから、手伝うって言ったのに...」カカシはイルカの手から口を離すと、拗ねたように呟いた。

傷だらけの、イルカのずんぐりむっくりした指先を、カカシの長くて綺麗な指がそっと包み込んだ。

「こんなに傷を作って....。こんなになるまで、あんたがすることないんだ。」カカシは視線を手元に落としたまま呟いた。

俺以外の誰かのために。あんたがこんなに傷を作るのは。
俺は、嫌です。だから手伝わせください。

カカシの手の中で、イルカの手がフルリと震えた。

カカシが顔を上げると、横に背けられたイルカの顔が赤く染まっていた。

「それじゃあ、お願いします....。」

そう言ってイルカはカカシの手をキュッと握り返した。それだけでカカシの心は跳ねた。
重ねた指先からじんわりと熱が込み上げてきて、二人を黙らせる。

イルカのずんぐりむっくりした指と。
カカシの長くて綺麗な指と。
不揃いの手のひらを重ねる。

不揃いの、心が重なる。

                  終
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