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カカシに避けられている事実はイルカを悲しくさせました。
ナルトに根回しして七班の任務予定を予め教えてもらい、その場に赴いたりしたのですが、流石は上忍。
イルカの気配が近付くと、あっという間に煙のように姿を消してしまうのでした。
最後の手段とばかりにイルカは火影様にカカシの住所を聞いて、仕事帰りにその家を訪ねる事にしました。
「教えるのは容易いが、辿り着くのはちと難しいぞ。」
カカシと何かあった事を察している筈なのに、火影様は何も聞かずに、その場でさらさらと地図を描き始めました。
「ほ、火影様、お忙しいのに何もそこまでしてくれなくても…番地か何か住所を教えてくれれば、後は俺が捜しますから…」
慌てるイルカを火影様は「まあ、待て」と手で制しながら言いました。
「そうしたいのは山々じゃが、カカシの家には住所がないのじゃ、」
「えっ!?」
イルカは驚きのあまり頓狂な声を上げてしまいました。
住所がないなんて、そんな事がありえましょうか。
さてはまた火影様流の冗談かと訝るイルカに、火影様は描き終えた地図を渡しました。
その瞬間、イルカは目を見張りました。
「ほ、火影様、こここ、これ…本当にこんな場所にはたけ上忍が…?」
地図を信じるならば、カカシの家は一軒家で、街中から離れた驚くほど辺鄙な山間にありました。
山道の最初の衢地を右方向に折れたところに「ここ!」と大きく丸がついています。
とってもアバウトな地図ですが、他に書き様がないのもイルカは理解できるのでした。
そこはおさびし谷と呼ばれ、ホウホウと常に砂嵐が舞っている不気味な場所でした。里の誰もがあまり近寄らない場所です。
こんなところに家があるなんて、俄かには信じられない事でした。
あわあわとするイルカに向かい、火影様はうむ、と頷きました。
「驚くのも無理もない。じゃが、真実カカシは破廉恥の術に掛かった時から、ずっとそこにひとりで住んでおるのじゃ。」
「ずっとひとりで…?」
イルカはもう一度まじまじと地図を見詰めました。

…俺も両親が死んでからずっとひとりだったけど…
家は街中にあったし、いつも周りには誰かしら居てくれて、あんまりひとりだって気がしなかったよなあ…
だけどはたけ上忍は違うだろうな…本当にひとりぼっちだ…

砂嵐の中にぽつんと建つカカシの家を思い浮かべて、イルカはなんとも言えない気持ちになりました。

はたけ上忍は…淋しくないのかな…俺だったら淋しくて仕方がないけど…

そんなにまでして人目を避けていたのでしょうか。イルカはカカシが不憫で可哀相で堪りませんでした。なんだか胸が詰まります。
イルカがぼうっとしていますと、火影様がコホンと咳払いしました。
「…どうする?慣れない者は道に迷うて、砂嵐に埋もれて死ぬ危険もある。あまり無理せぬほうがいいぞ?」
火影様の言葉にイルカは首を横に振りました。
確かに火影様の言う通りですが、このままじっとしていては何も変わらないとイルカは思いました。
「いいえ。俺は行きます…はたけ上忍の家に…!」
きっぱりと言い切るイルカに、火影様は春の弦月のように目元を煙らせて笑いました。
「そうか。ではこれを持っていくがよい。」
火影様はそう言って、何故か秋刀魚と茄子の入った袋をくれました。
「あの…嬉しいですけど、なんですか?これ…どうして秋刀魚と茄子…?」
「きっと役に立つ。いいから持って行け。」
「は、はあ…」
したり顔の火影様に押し切られる形で、イルカは訳が分からないながらも、それを持っていく事にしました。




イルカは仕事帰りにひとり、おさびし谷へと向かいました。
鬱蒼とした木々に閉ざされたおさびし谷は、イルカの想像以上に寂しい場所でした。
しかも当たり前といえば当たり前なのですが、辺りには暗い足元を照らす街灯すらありません。
「だ、大丈夫かなあ、俺…」
びょおびょおと吹き付ける風に、木々がざわざわと悲鳴を上げながら枝をしならせている様は、まるで怪奇漫画のワンシーンのようなおどろおどろしさでした。
はっきりいって怖過ぎます。イルカは怖気づきました。

な、何か出てきたらどうしよう…

「何か」とは勿論、イルカが大の苦手な水木しげるや梅図かずおちっくなものたちの事です。
今にも目の前の木々の間から、何か白い着物を着た女性の姿などが見えそうで、イルカは身震いしました。思わず足が竦みます。
けれどもイルカは懐中電灯を取り出すと、決死の覚悟で足を踏み出しました。

ゆ、幽霊がなんだ…!はたけ上忍はこの道をひとりで歩いて来たんだ…破廉恥の術に掛かった時から、ずっとひとりで…
こんな人気のない寂しい道を、どんな気持ちであの人は登ったんだろう…

十二、三歳の子供の姿をしたカカシが目の前を歩く姿が見えるようでした。
肩を落として、とぼとぼと歩く淋しそうな後ろ姿が…。
イルカは焦りにも似た気持ちに衝き動かされて、歩く速度をあげました。一刻でも早く、カカシのもとへ行ってやりたい、そう思ったのです。

はたけ上忍はなんとも思っていないのかもしれないけど…俺が嫌なんだ…
こんな場所にはたけ上忍がひとりぼっちでいるなんて…俺が…

びゅうびゅうと吹き付ける風にいつしか砂塵が混じり、気が付くとイルカは砂嵐の中にいました。

こ、これが噂に聞くおさびし谷の砂嵐か…!呼吸はおろか、目も開けていられないぞ…!

イルカは目を瞑りながら、手探りで準備してきた水中眼鏡を取り出し、すちゃりと装着しました。

これで何とか視界を確保したぞ…!

安心したのも束の間、イルカはすぐにそれが無意味な事に気付きました。
というのも、水中眼鏡をしてみたところで、ごうごうと巻き上がる砂塵に右も左もわからない状態だったからです。
砂漠の真ん中に迷い込んでしまったかのような錯覚に、このまま自分は砂に埋もれて死んでしまうのではないかとイルカは大慌てしました。

た、大変だ…!つ、次はどうしたら…おおお、落ち着け、俺…!

あわあわしながらもイルカは方位磁石を取り出しました。
視界がきかなくても、方向さえ分かればこの砂嵐を抜け出す事ができます。
しかし、一体どうした事でしょう、イルカの手の中で磁石の針は発条のようにぐるぐると回り、留まる事がないのでした。
どうやら砂嵐の中は磁場が狂っているようでした。

そ、そんな…!

愕然とするイルカの鼻の穴に容赦なく砂塵が吹き込みます。
ちりがみで鼻をかんでもかんでも、砂は見る見る間にイルカの鼻の穴を塞ぎ、呼吸を奪うのでした。苦しくて堪りません。
イルカははあはあと喘ぎながら、何となく、ガーリックバターで入り口を塞がれたエスカルゴを思い出していました。
同病相憐れむ、イルカはエスカルゴに対し急に親近感のようなものを覚えました。

…エスカルゴもこんなに苦しい思いをしていたんだろうか…?
よーし、俺は里に帰ったら、もうどんなに火影様に勧められてもエスカルゴだけは食べないぞ…!

砂嵐の中、よく分からない事を決意しながら、イルカは歩き続けました。
方向も分からぬままに闇雲に歩き回る事は体力も消耗しますし、自殺行為にも等しい危険な事といえます。
しかしだからといって立ち止まっていたら、たちまち砂嵐に飲み込まれてしまうのは目に見えていました。歩き続けるしかないのです。
どれくらい砂嵐の中を彷徨ったでしょうか。苦しい呼吸に意識の朦朧としてきたイルカは遂にがくりとその場に膝をつきました。そのままどさりと崩れ落ちた身体が砂に沈みます。
砂は柔らかな底なし沼にも似て、ゆっくりと、確実に、イルカを飲み込んでいきました。

まずい…早く立ち上がらないと…

イルカはそれを感じていましたが、身体をうまく動かす事ができません。
関節という関節に砂が入り込み、自由な動きを奪われてしまったようでした。

このまま俺は死ぬのか…

そう絶望した瞬間。
ちかりと砂嵐の中で何かが光りました。
その正体がなんなのか、朦朧とした意識の中でもイルカはすぐに分かりました。
夜の闇にも、砂塵にも負けない強い輝き。
乱舞する砂塵を殴るようにして、黄金のパンツ姿のカカシが姿を現しました。
それはなんて頼もしく、なんてイルカをホッと安堵させるのでしょう。
「イルカ先生…っ、どうしてこんなところに…っ?大丈夫ですか!?しっかりしてください…!」
カカシに助け起こされながら、イルカは気持ちが昂ってくるのを感じました。
胸の奥が熱くなるような、何処か痛いような、だけども心地良いような…今まで感じた事もない気持ちです。
「…はたけ上忍、俺…俺…」
大丈夫じゃないです、何処か具合が悪いのかも、とイルカが真剣に答えようとした時。
ぱあああっ!とカカシの身体が眩い光に包まれました。新しい黄金アイテム出現の前触れです。
唐突なカカシの発光にイルカはたじろぎました。
このところ、とんと新たな黄金アイテムが出現するような事態にお目にかかった事が無かったからです。
イルカ自身、もうこれ以上黄金アイテムが増えるような事はないのかのような気がしていました。

一体何処まで増えるんだろう…?ってか、何が増えたんだろう…?

徐々に明度を下げる光の中にある影を、イルカは目を凝らし見詰め、そして仰天しました。
あまりに意表をついた展開です。

う…っ!ま、まさか、なんだってそんな…っ!?

そこには黄金のかっぽう着を着込んだカカシが、心配そうにイルカを覗き込んでいました。




謎の割ぽう着の出現について、イルカは言及できないまま、カカシの家へと連れて来られていました。
激しい砂嵐に呼吸を奪われ、それどころではなかった所為もありますが、何故にここで割ぽう着が増えたのか、よく分からなかった所為でもあります。

俺の最高に格好いいと思っていた服装に、割ぽう着なんて入っていたかな…

火影様に父親、走れメロスにバカボンパパ…
その外に憧れる男性像に思い当たる節がありません。
黄金のアイテム出現の法則性について、自分の立てた仮説が間違っていたのだろうか、とイルカは困惑しました。
しかも新しく出現した割ぽう着の輝きと言ったら、神の国に懸かるという黄金の太陽ですら敵わぬだろうというほどのものでしたので、イルカの困惑は増しました。
格別な輝きには、何か深い意味があるような気がするのです。
何かこう、眩しい中にも酷く心安らぐものがあるような…
イルカはその正体を見極めたいのですが、

眩し過ぎてはたけ上忍の姿がよく見えないんだよなァ…

と溜息をつきました。
暗い夜の砂嵐の中ではさほどではありませんでしたが、明るいカカシの家の中ではその姿は直視に耐えません。
わざとではないのですが、イルカはどうしても伏目がちになってしまいました。
「大丈夫ですか、イルカ先生…?こっちに洗面所がありますから、どうぞ使ってください。顔を洗ってうがいをしたほうがいいでしょう。」
そう言ってタオルを差し出すカカシに、
「は、はい、すみません、ご迷惑をおかけして…」
イルカは水中眼鏡もそのままに、下を向いてもごもごと返事を返す事しかできませんでした。
兎に角眩しくて仕方がないのです。
するとカカシが小さく溜息をついたのが分かり、イルカは胸をドキリとさせました。
呆れたような。苛立ったような。
小さな溜息にカカシの心情が現れているようでした。

そ、そりゃあそうだよな…なんの約束もないのに、いきなりはたけ上忍の家を訪ねて…
しかも俺と来たら途中で遭難しかかってるんだから、迷惑この上ないよな…呆れられるのも無理はない…

そう考えてイルカは急にどよんとした気持ちになりました。
蟹鍋の晩の事を謝りに来たのに、事態は一層悪い方向へと向っているような気がしたからです。
今この場で蟹鍋の件や今晩の失態を詫びても効果があるのか、イルカはよく分からなくなっていました。

お、俺が今日ここへ来た事は…余計な事だったのか…?
あのままほとぼりが冷めるのを待っていたほうがよかったのか…?

ぐるぐると考えていた所為でしょうか、イルカは何も無い場所で蹴躓いて、倒れそうになってしまいました。
何も無い場所で蹴躓く、それはイルカの一種の才能でした。
「おわっ、とっとっとっ…!」
必死で片足けんけんをして堪えるイルカの身体を、
「危ない…!」
カカシが咄嗟に差し伸ばした腕で、しっかりと抱きとめてくれました。
遭難しかかった上に、何も無い場所で転びかけるとはなんという鈍臭さでしょうか。イルカは羞恥にかあっと顔を赤くしました。
「す、すみません、」
「…いえ…足元には気をつけて…」
カカシは短く言いながら、すぐに身体を離しました。
何処かイルカを避けるようなその素振りに、イルカはまた胸をドキリとさせました。

や、やっぱり呆れられてる…?

恐る恐る顔を上げて様子を窺おうとしても、眩し過ぎて、カカシがどんな顔をしているのかよく分かりません。
ただカカシも俯いている事がシルエットで分かりました。
イルカから目を背けているのでしょうか。
自分はそんなカカシにどうしたらいいのでしょうか。
イルカがオロオロしていますと、
「ここへ…何をしに、来たんですか…?」
不意にカカシが低く尋ねました。

何をしにって…?

蟹鍋の件を謝りに来たはずなのに、イルカは酷く焦ってしまって、上手く答える事ができませんでした。
どうしよう、どうしたら、と焦り捲くるイルカの手の中で、その時かさりとポリ袋が音を立てました。
火影様が持っていけ、きっと役に立つ、と無理矢理持たせた謎の品です。
よく分からないけれど、今がまさにこの謎の品が役立つ時のような気がしました。
「こ、これを…!」
イルカは夢中になってそのポリ袋をカカシに差し出しました。
戸惑ったようにしながらも、カカシがそれを受け取り、中を覗きこむような仕草をしました。
その瞬間、はっとしたように身体を震わせて、カカシが信じられないといった風に言いました。
「…どうしてイルカ先生がこんなものを…?あ、貴方は俺の事を怒っているんじゃないんですか…?」

へ…?

思いもかけないその言葉に、イルカは水中眼鏡の中で目を瞬かせました。




イルカは知らない事でしたが、火影が持たせてくれた秋刀魚と茄子は、カカシの大好物だったのでした。
「俺の好物をどうしてイルカ先生が知ってるんですか?」
カカシの質問に、それは火影様が持たせてくれたものだとイルカは答えたかったのですが、
「嬉しいです…イルカ先生が俺の好物を知っていてくれたなんて…本当に、嬉しいです…!!」
ハハ、なんか俺舞い上がってますね、とカカシが目尻に皺を作って、にっこりと照れ臭そうに微笑むものですから、イルカはとうとう事実を言い出す事ができませんでした。

ま、いいか…はたけ上忍が折角喜んでくれているんだし…わざわざ水を差さなくても…
それにしても、はたけ上忍は余程秋刀魚と茄子が好きなんだなあ…

イルカはなんとなくラーメンを前にしたナルトを思い出して、ほっこりと温かな気持ちになりました。
「俺もはたけ上忍が喜んでくれて嬉しいです…!」
微笑むカカシに釣られる形でイルカも微笑みますと、カカシがカアッと顔を赤くしました。
カカシはそれを隠すようにクルリと背を向け、後ろ向きのままイルカに言いました。
「ちょ、丁度夕飯の用意をしようと思っていたところだったんです…早速イルカ先生が持ってきてくれたこの秋刀魚をいただきますね…!
ああ、でも一人で食べるには沢山あるなあ…!」
すごい早口でそこまで一気に捲くし立てますと、何故かカカシはごくりと唾を飲み込んで、今度は驚くほどスロウリーにぼそぼそと続けました。
「…そ、それで…あ、あの……秋刀魚は鮮度が命ですし……っ…イ、イルカ先生の夕飯がまだでしたら…う、うちで食べて行きませんか…?」
イルカにとっては願ったり叶ったりの言葉でした。
空腹は満たされ夕飯代は浮きますし、秋刀魚を突きながら、ゆっくりカカシと話もできそうです。
でも…
「…はたけ上忍さえよかったら、喜んで…でも本当にいいんですか?」
イルカは思わずそう聞き返していました。
「も、勿論です!!!遠慮しないで是非食べていってください…!!!」
カカシがガバッと振り返り、物凄くうれしそうな顔でぶんぶんと大きく頷きました。

…遠慮というかなんというか…

そういうのとはちょっと違うんだよなあ、とイルカは困惑気味にカカシの背後の流し台を見詰めました。
そこには「今食事が終りました」とばかりに、使用済みの茶碗や皿が重なっていました。汚れた魚焼き用の網も置かれています。
そしてそこはかとなくですが…なんとなく魚を焼いていた臭いが部屋の中に残っているのでした。
まさかと思うのですが…
「あの…はたけ上忍、実はもう夕飯食べ終わっているんじゃないですか…?」
イルカは何気なくそう尋ねてみました。
カカシはビクッと身体を震わせながらも、とんでもない、と大袈裟な様子で首を横に振りました。
「ど、どうしてそんな事を思うんですか…?」
「だって、流し台に汚れたお皿が重なってますし…」
「あ、あれは…朝!朝のをそのままにしていて…!!!!俺ってだらしないんですよ〜」
「でも魚の焼いた臭いも漂ってるし…」
「そ、そそそ、それも朝焼いた魚の臭いです…!か、換気しなかったから、臭いが篭ってるんですね、きっと…!!!」
「はあ…ならいいんですが…」
「もう俺、お腹がペコペコですよ…!すぐに夕飯の用意をしますね…!」
そう言ってカカシが押さえて見せたお腹は、まるで腹式呼吸で息を吐いた時のように不自然なほど凹んでいましたが、
カカシが割ぽう着を着込んでいるように見えるイルカにはよく分かりませんでした。

まあ、はたけ上忍がそこまで言うなら、本当だろう…

イルカはようやく安心して、「それじゃあ遠慮なくご馳走になります、」と朗らかな笑顔を浮かべました。
「は、はい…!イルカ先生は座って待っていてください…!」
腕捲りして嬉しげに台所に立つカカシに、黄金の割ぽう着は大層似合っていました。

偶然だけど、まるでこの為に割ぽう着が出現したみたいに思えるな…

ランニングにメロスパンツに腹巻姿で秋刀魚を焼いていても、それはそれで味わい深く、カカシの格好良さを損なうものではありませんが、
やはり台所にはメロスパンツより割ぽう着がよく似合います。
頭には火影笠を被っていますが、イルカは一向に気になりませんでした。

なんかこうしていると…母ちゃんを思い出すな…

今時の女の子は割ぽう着などは着ず、みんなエプロンでしょうが、イルカの母親は割ぽう着を愛用していました。

だからかな…割ぽう着の似合う人が俺の理想のタイプなんだよな…

ふと、そう考えた瞬間、イルカに雷に打たれたかのような衝撃が走りました。

え…?今俺なんて…?え…?ど、どういう事だ…!?ま、まさか黄金のアイテムって、だ、男性の理想像に関する物だけじゃないのか…?
女性の理想像に関するアイテムも…?で、ででで、でも、な、ななな、なんで、そんなアイテムがはたけ上忍に……!?
「…ええええええええ――――――――――――…っっっ!!!???」
あまりの衝撃にイルカは思わず大絶叫を上げてしまいました。
その大絶叫に、カカシはびくっと身体を震わせ、
「な、なななな、なんですか?いきなり…っっっ!ああああ、朝食べた魚は、さ、ささささ、秋刀魚じゃなかったですよ…っ?ほ、本当です……っっっ!!!!」
何故か頓珍漢な事を必死で叫んだのでした。




絶叫してしまったものの、イルカは依然として黄金の割ぽう着の出現について、カカシに告げる事はできませんでした。
出現理由が謎過ぎます。

…なんで母ちゃんの割ぽう着…

カカシと夕食を囲みながら、イルカはその事ばかりを考えていました。
悩みながらも食は進み、いつの間にか空になったご飯茶碗に、
「イルカ先生、おかわりはどうですか。」とカカシが甲斐甲斐しくご飯をよそってくれます。

…よく気がつく人だなあ…秋刀魚の焼き加減も絶妙だし、茄子の味噌汁は美味いし…
はたけ上忍って家庭的な人なんだなあ…

イルカはお櫃からご飯をよそる割ぽう着姿のカカシをぼうっと見詰めました。
その出現理由は未だ謎でイルカを悩ませるものでしたが、割ぽう着自体は今まで出現したアイテムの中で、一番カカシにしっくりしているように感じました。

…不思議なものだな…なんで割ぽう着なんかって最初はすごく吃驚したけど…
今ははたけ上忍ほど割ぽう着としゃもじが似合う男の人はいないって思える…

イルカはあくまでも真剣でした。
メロスパンツにランニング、腹巻姿のカカシもかなりカカシに似合っていたし最高に格好良かったのですが、
割ぽう着には男のアイテムが持ちえない、何か安らぎや癒しのようなものを感じるのです。
カカシの中の母性というか父性というか、そうした包容力と愛情深さが割ぽう着に滲み出ているような気がするのでした。
手に握られているのはロザリオではなくしゃもじですが、母性の象徴たる割ぽう着に身を包み光り輝く姿は、宗教画の中の聖母のように慈愛に満ちています。
しかも、そのしゃもじを握るカカシの指先の、なんとたおやかで優しげな事でしょう。
その指先にイルカはなんとなく母親の事を思い出していました。
『イルカ、口元にご飯粒をつけてるよ、』
母親はおかわりをよそった茶碗を寄越しながら、全くもう、とその指先でご飯粒を拭ってくれたものです、
カカシの指先は傍目から見れば男然としたごつい指先ではありましたが、上忍であったイルカの母親も女性にしてはごつい手をしていましたので、
イルカは違和感なくそう思ったのでした。

なんとなく、あの優しげな指先に触れられたいような…

え…?なんだそりゃ…!?

ふと頭に浮かんだ考えに、イルカは愕然としました。
今の無し!!と慌てていますと、急に目の前のカカシがふっと表情を緩めて、
「イルカ先生、口元にご飯粒ついてますよ、」
その指先でイルカの口元をくいっと拭いました。
ごく自然に。
そのご飯粒がついた指先を、カカシがぺろりと舐めたのを見た瞬間。
イルカの心臓がドキンと大きく脈打ちました。
かーっと顔が熱くなります。

な、なんでドキドキしてるんだ俺…?

おそらく真っ赤であろう顔が恥ずかしくて、イルカは下を向きました。
そんなイルカの様子にカカシもハッとして、指をくわえたまま、かーっと顔を赤くしました。
「あ…あの…イルカ先生、い、嫌でしたか…?」
「あ、いえ…その、嫌、という訳では…す、すみません…」
イルカは顔を俯けたままぼそぼそと言いました。
暫しの沈黙の後、カカシが再度尋ねてきました。
「…この前の事も、嫌でしたか?」
 
…この前の事?この前の事ってなんだ…?

思わずイルカが顔を上げますと、じっと見詰めるカカシと視線が合いました。
カカシはその視線を逸らさずに言いました。
「……俺がキスした事、嫌でしたか?」
その時になってようやく、自分がカカシにキスされた事をイルカは思い出したのでした。




続く