裸の上忍様
(21−25)

次にはもっと美味しいものを作るなんて言っちゃって…どうするんだよ?俺…財布は空っぽなのに…

イルカは昨晩の己の迂闊な発言を思い出して、はあああ〜と大きな溜息をつきました。
昨日の今日でカカシがやって来るとは思えませんが、その可能性がないとも言い切れないのです。
自分で誘ったのですから、いつ何時カカシがやって来てもいいように、冷蔵庫の中を豊富な食材で満たしておくのが普通でしょう。

ああ〜…ふ、不安だ…っ!ど、どうしよう…こうなったら同僚にでも金を借りるしか…!!

ですが、なんと言っても月末ですし、同僚の財布もあまり当てにできそうにありません。
特にイルカの職場は所帯持ちが圧倒的多数を占めるのです。
奥さんに財布の紐を握られた同僚の月の小遣い額を知っているだけに、イルカには言い出し難いものがありました。
内勤中忍の月末は侘び寂に満ちています。

い、いざとなったら火影様に給料の前借を申し出てみようか…?

イルカがひとり思い詰めていますと、
「イルカ先生、朗読の途中で溜息なんかつくなよ!」
突然子供達の間からブーイングが上がりました。
「そうそう、さっきから全然話が先に進まないよ。今日のイルカ先生なんだか変だよ。」
「いいところなのにィ〜先生、早く続き続き!続きを読んで!」
やいのやいのと子供達に口々に責め立てられて、ハッと現実に引き戻されたイルカは慌てふためきました。
子供達の言い分はもっともでした。
そう、今イルカはアカデミーの教壇に立って授業をしている真っ最中だったのです。
しかも情操教育に当たる授業で、イルカは子供達の為に本を読んでやっていたのでした。
本当なら心を込めて読んでやらねばいけないところです。
それなのにイルカは朗読途中で他に意識を飛ばして溜息をついたり、考え込んだりして、お話を中断してばかりだったのでした。
これでは教師失格です。イルカはそんな自分を大層恥ずかしく思いました。

何をやってるんだ?俺は…今は余計な事考えている場合じゃないだろ…!今は子供達に集中しろ…!

イルカは己を内心叱り付けながら、
「皆、ごめんな。今度はちゃんと読むから。」
子供達に向って素直に頭を下げました。
真剣な瞳をして自分の話しに耳を傾ける子供達に、心底申し訳ないと思ったのです。
大人が考える以上に、子供達は如何に大人が自分達に真剣に向き合っていてくれているかという事を気にしているのです。
誤魔化しが一番子供達を失望させる事は経験上分かっていました。
だから悪いと思ったら子供相手にでもきちんと頭を下げる事が、イルカにとっては当然の事なのでした。
子供達は仕方がないなあ、と皆笑ってイルカを許してくれました。
それにホッとしながらイルカはよしと気合を入れ直して、再び手元の本を読み始めました。
今回のお話は太宰治の「走れメロス」です。
友情と信頼の為に、ズタボロになっても最後まで諦めずにひた走る男の信念が、悪徳の王の猜疑心をも打ち負かす、感動的なお話です。
子供の頃イルカもアカデミーで同じように先生に読んでもらって、このお話が大好きになりました。
両親にせがんで本を買ってもらって、家でも繰り返し読んだものです。

主人公のメロスが苦難に挫けそうになりながらも、最後までやり遂げるところがすごいんだよなあ…
メロスを信じて待つセリヌンティウスもまた格好いいし…!

ふたりのように人の心を疑わない、強い人間になりたいとイルカはずっと憧れていました。
懐かしさに駆られながら、イルカはお話を読み進めました。
「『急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。
メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。
見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。』…」
イルカが朗読している頁には挿絵がついていました。そこにはズタボロになりながらも走っているメロスの姿が描かれていました。
しかし子供の目に触れる事を考慮してでしょうか、本文中では殆ど全裸である筈のメロスは、挿絵の中では何故か古代神のような薄衣を腰にだけ纏っていました。
子供の時はなんとも思わなかったのですが、今見るとなんだか不自然です。
真剣な場面だというのに、イルカは思わず噴出しそうになりました。

…このスカートみたいな腰巻を、俺はずっとひらひらしたパンツだと思ってたんだよなあ…
男がスカートみたいなのを穿くって概念が無かったから…

そう昔の事に思いを馳せた瞬間。
落雷にうたれたかのような激しい衝撃がイルカの身体を貫きました。
驚くべき事実にイルカは気付いたのです。

挿絵のメロスが腰に巻いている、ひらひらとしたスカートのような薄衣…
それはまさしくカカシが穿いている黄金のパンツと全く同じものだったのでした。


はたけ上忍が穿いていたのは、メロスの腰巻風パンツだったんだ…!
だけど、どうしてメロスのパンツなんかが見えるのんだ…?

イルカは授業が終わって職員室に戻った後も、ずっとその事ばかり考えていました。
『走れメロス』の事なんて、今日授業で朗読するまですっかり忘れていました。
今まで散々カカシの黄金のパンツ姿を目にしていますが、その間一度もメロスの姿を思い浮かべた事はありません。
だけれどもイルカのメロス好きとカカシの腰巻風パンツとが無関係であるとは、とても思えませんでした。
偶然の一致と片付けるには、あまりに不自然過ぎます。

メロスのパンツの謎が解ければ、一見不可解で法則性の無いはたけ上忍の黄金のアイテムの出現の謎も解けるような気がする…

根拠はありませんがイルカはそう直感しました。
何か、分かりかけているのです。後少しで真理の扉が開かれるような…カカシの神秘に辿り着けるような…
イルカの頭の中では実体のわからないもやもやとしたものが見え隠れしていました。もう一息なのです。イルカは懸命に考えました。

メロスの黄金パンツとU首型ランニング、そして腹巻とに共通するものとは一体…
メロスパンツ、ランニング、腹巻…メロスパンツ、ランニング、腹巻…

ブツブツと呪詛のようにその三単語を繰り返しながら、

そういえば、はたけ上忍の黄金パンツにメロスは思い出さなかったけど…
黄金のU首型ランニングに、父ちゃんのランニング姿を重ねたりしなかったか俺…?
確か首の部分が伸びているところまでも同じだと、吃驚したような…

その時の事をふと思い出した瞬間。
頭の中で全くバラバラだった黄金のパンツとランニングと腹巻とが、突然ひとつの線で繋がり、イルカは思わずあっと声を上げました。

そう、そうだよ…!何で今まで気がつかなかったんだ…!?
メロスのパンツに父ちゃんのU首型ランニング…そして腹巻はバカボンパパのものだったんだ…!!!!
はたけ上忍の黄金アイテムは全部…俺が…俺が大好きで、その時最も格好良いと憧れていたものだったんだ…!!!!

強い信念の下、ズタボロになりながらも走り続けたメロスのパンツ一丁姿。
イルカを安心させる頼り甲斐のある父の、U首型ランニングの広い背中。
この世の不条理を全て「これでいいのだ」と一言で片付ける、バカボンパパの男気を視覚的にも訴える腹巻。
今思い出しましたが、イルカは漫画「天才バカボン」に出てくるバカボンパパが大好きで、子供の頃はよく母親手製の腹巻をしていたのです。
真面目で細かいところに注意が行ってしまうイルカにとって、バカボンパパの奔放さは何処か憧れるものだったのでした…

よく分からないけど…俺の中で最高に格好良いと記憶されているアイテムが、何故か黄金化して無意識の内にはたけ上忍に投影されているみたいだ…

「…って、なんだそりゃあ…!?」
ようやく辿り着いた結論に、イルカは思わず大声を上げて頭を抱えました。
よく分かったような分からないような…考えれば考えるほど頭がズキズキと痛み眩暈がするようです。

取りあえず、黄金のアイテムに共通性がある事が分かったけれど…それが何だって言うんだ…!?
こんなの…俺の潜在意識が勝手にはたけ上忍に黄金アイテムを着せてるってだけなんだから…
やはりこれは俺の脳味噌のいかれ具合の問題で、破廉恥の術を解く手掛かりだとかなんだとか、期待できるような類のものじゃないだろう…!

それが決定的なものになったような気がして、イルカはガックリと肩を落としました。
火影様やカカシの力になれそうにはありません。
いよいよ両者の期待が重荷になってきて、イルカはその旨を火影様に伝える決心をしました。
火影様の執務室へと足を進めながら、

それにしてもどうしてはたけ上忍の衣服は一枚ずつ増えていくんだろう…?一体俺は何を考えてるんだよ…!?
何でパンツ一丁からのスタートなんだ…?次には何が増えるんだ…?

様々な疑問が頭に浮かびました。
自分自身の事なのにイルカにはよく分かりませんでした。



火影様はイルカの話に黙ったまま耳を傾けてくれました。
悩んでいた事を吐き出して幾分気持ちの楽になったイルカは、
「…というわけで俺ははたけ上忍にかけられた破廉恥の術の解術に、何等お役に立てそうにありません…
だから俺への条例特別措置を取り消してくださって結構です…この銀の腕章もお返しいたします。」
静かな気持ちで腕章を取り外そうとしました。
しかしその手を火影様の厳かな声が止めました。
「待てイルカ。お前の言い分は分かったが、腕章を取り外すにはまだ早い…」
「ほ、火影様…でも…」
「確かにお前の言う通り、黄金の衣服が見えるのは脳の伝達系統に異常がある所為で、解術に何等関係がないかもしれん…
それなのに期待されて、お前が気に病んでいる事も…分かっておる。だが儂が一番期待しておるのは解術の事ではないのじゃ…」
「えっ、」
火影様の意外な告白にイルカは目を大きく見開きました。

一番期待しているのは解術の事じゃないだって…?ほ、他に何があるっていうんだ…?

戸惑うイルカに火影様は窓の外を眺めながら言いました。
「…カカシには同年代で親しく付き合う者がおらんのじゃ…友達のひとりもいない…今までずっとそうじゃった…」
「えぇ…っ!」
驚いた声を上げるイルカに、火影様は苦笑しました。
「そんなに驚く事はなかろう、容易に想像がつく事じゃ。全裸の男とまともに付き合おうと思う者がいると思うか・・・?」
「あ…」
火影様の指摘にイルカはすぐに納得しました。
確かに事情を知っていたとしても、全裸に見えていては目のやり場に困りますし、何処かへ一緒に出かけようという気にはなりません。自分の被るリスクが大き過ぎます。
事情を知らない者達から見れば、ただの変質者ですから、側に近寄る事もないでしょう。皆目も合わせない筈です。

…俺にはパンツ一枚とはいえ…全裸じゃないように見えていたから平気だったけど…全裸に見えていたら退いていたかもしれないな…

パンツ一丁姿でも大概の人は退くものですが、生来大らかなイルカはそう思いました。
今更ながらにカカシの置かれた状況の悲惨さをひしひしと感じます。

今までずっと友達のひとりもいなかったなんて…あんなに立派で優しい人なのに…神様は何て残酷な試練を与えるんだろう…

昨晩イルカの誘いに嬉しそうに頷いたカカシの笑顔を思い出しました。
イルカにとっては何気ない誘いでしかありませんでしたが、カカシにとっては特別な事だったに違いありません。イルカの胸がズキズキと痛みました。
項垂れるイルカに向かい、火影様は優しく諭すように言いました。
「だからイルカ…お前がカカシの話し相手になってくれれば、と思うのじゃ。」
「火影様…」
「これはカカシが全裸に見えぬお前にしかできぬ事じゃ…儂はカカシが不憫で仕方がない…
あやつが術にかけられたのは十三歳の時の事じゃ…強がってはおったが、思春期に入ったカカシが如何に心無い言葉や態度に傷ついたか…
カカシの方も頑なになり、子供や動物以外に滅多に心を開かぬようになって、儂はずっと心配しておったのじゃ…」
深い声音に火影様のカカシを思い遣る気持ちが伝わってきて、イルカは不覚にもじ〜んと涙が零れそうになってしまいました。

火影様は本当に里のひとりひとりに気を配ってくれるているんだな…
俺の両親が死んだ時もそうだった…毎日のように俺の様子を見に来てくれて…あの時は里の復興に大忙しだった筈なのに…
ひとりぼっちの俺に火影様がついていてくれたように…はたけ上忍もひとりぼっちだというなら、今度は俺が…!

イルカは外しかけた腕章をまた自らの手でしっかりと留めました。
「…火影様が言いたい事は分かりました…そういう事でしたら、俺…俺、頑張ります!!!」
「うむ、頼んだぞイルカ。」
力強く胸を叩いて見せるイルカに、火影様は嬉しそうに頷きました。

中忍の俺がはたけ上忍の話し相手になれるか分からないけど…頑張るぞー!

火影様の執務室に入って来た時の愁眉の面持ちが嘘のように、明るい笑顔を浮かべるイルカに向かい、火影様もまたにこにことしながら突然大きなトロ箱をどん!と差し出しました。
「それからこれもついでに持って帰るがよい。波の国から今日届いたんじゃが、とても儂ひとりでは食べきれん。」
イルカがトロ箱の蓋を開けると、そこには新鮮なホタテ貝とたらば蟹が詰まっていました。
意外なところからの助け舟に自分の心配事がもう一つ消えていくのを感じて、イルカは更に顔を輝かせました。

や、やった…!これではたけ上忍がいつ来ても大丈夫そうだぞ…!なるべく鮮度のいいうちに来て欲しいなあ…

先ほどまでの心配は何処へやら、現金にもそう思うイルカの心は天に通じたのでした。




その晩イルカが帰宅して部屋の電気をパチッとつけた丁度その時、コンコンと控えめに戸を叩く音がしました。
こんな時間にイルカの家を訪れる人なんて、一人しか思いつきません。

はたけ上忍だ…!やっぱり今日も来たか…!それにしてもなんてタイミングの良さなんだろう…!

イルカは抱えていたトロ箱を卓袱台の上に置くと、急いで玄関へと戻ってその扉を開けました。
扉の向こうには想像通りカカシの姿がありました。
「こんな夜分にすみません…」
カカシはぎこちない様子でそう言いました。
何か理由が無いと来難かったのか、
「今日の七班の任務は畑仕事の手伝いだったんですが…沢山農作物を貰っちゃって…これ、お裾分けにどうかなと思って、」
とカカシは野菜のぎっしり詰まった背負い籠をイルカに向かって差し出しました。
思いも寄らない手土産にイルカはぱあっと顔を輝かせました。
蟹にホタテとメインの心配はなくなったものの、それだけでは野菜が足りないと頭を悩ませていたところだったのです。
プランターにシソと小ネギがありましたが、それで鍋を作るのは無理でしょう。

まさかはたけ上忍がネギを背負って遣って来てくれるとはなあ…!

己の幸運を噛み締めながら、
「あ、ありがとうございます…!」
イルカはにこにこと野菜を受け取りました。
籠の中に入っていたのはネギだけではありません。丸のままの白菜に、小松菜、しいたけ、青えんどう…かぼちゃや人参といったものまであります。

今晩は無事蟹鍋にありつけそうだぞ…!それにこれだあれば月末まで十分もつ…!お釣りがくるくらいだ…!

嬉しくって、イルカは子供のように歓声を上げました。
「うわあ、すごいなあ…!こんなに沢山…本当にいいんですか!?」
イルカはにっこり笑いながらカカシに向かって尋ねましたが、何故だかカカシからは返事が返ってきません。
カカシはぼうっとした様子で、眩しいように目を細めて、イルカを見詰めていました。なんだか一楽で見たサスケの表情に似ています。

…なんだろ、やはり師弟ともなると表情まで似てくるもんなんだろうか…?

イルカは少し感心しながらも、その表情の意味が分からず困惑しました。
「あの、どうかしましたか…?」
沈黙が痛くてイルカが思わずそう尋ねますと、
「え。あ、いや…ど、どうもしません…!」
カカシがハッとして、慌てた様子でそう答えました。
「そ、その、野菜の話ですけど…っ、俺ひとりではとても食べきれないんで…イルカ先生が貰ってくれると助かります…」
「そうですか、それじゃあ遠慮なく…!」
イルカはそう言いながら、早速野菜籠を持って台所へと運び始めました。
帰って来たばかりでちょっと一息入れたい気持ちもありますが、カカシは食事をしに来たのでしょうし、すぐに準備を始めなければなりません。

はたけ上忍の腹を空かせたまま、あんまり待たせるのも悪いしな…!
今日こそははたけ上忍に美味しいものを食べさせてあげる事ができるぞ…!

「俺、丁度今帰って来たばかりだったんですよ、よかった…はたけ上忍と行き違いにならなくて、」
青えんどうは豆ご飯にしようとぷちぷちとさやを剥きながら、イルカは朗らかに言いました。
「は、はあ、そうですか…」
答えるカカシの声は何故か酷く遠く、しかも消沈している様子です。その上イルカの背後から、ひや〜と冷たい夜気が流れ込んでくるのはどういう事でしょう。

はたけ上忍、ちゃんと扉を閉めてくれなかったのかな…?

不思議に思って振り返ると、なんとてっきり自分に続いて家の中に入っていると思っていたカカシは、まだ半分開けられた扉の向こうに突っ立っているままでした。
「は、はたけ上忍、そんなところで何してるんです…!?」
驚いてイルカが声を上げますと、
「すっ、すみません、こんなところで突っ立ったままで…い、今すぐに帰ります…!」
カカシがあわあわと玄関先で帰ろうとしたのでイルカは吃驚しました。
「えっ!?夕飯食べていかないんですか…?」
「えっ?た、食べていってもいいんですか…!?」
吃驚しながらも、途端に嬉しそうに顔を輝かせるカカシにイルカは脱力しました。

夕飯を食っていけとは言わなかったけど…また食べに来いって昨日誘ったのは俺だし…
それに夕飯時に野菜背負ってきた人に、野菜だけ貰って「ハイ、さよなら」はないだろう普通…

火影様の言う通り、確かにカカシは他人との付き合いが今まで希薄だったのだとイルカは実感しました。遠慮深いにも程があります。

俺にそんな気遣いはしなくていいんだって…徐々に分かってもらおう…!

イルカの脳裏に心配顔の火影様の姿が浮かびました。

心配しないで下さい、火影様…!俺は頑張ります…!火影様に言われた所為ばかりじゃなく、俺が…俺自身がはたけ上忍の為に、頑張りたいんです…!

イルカはカカシに向かい、にっこり笑って言いました。
「勿論食べて行って下さい。俺はそのつもりでしたよ…!」
その瞬間嬉しそうにカカシが笑ったかと思うと、ぱああ!と突然その姿が発光して黄金の輝きに包まれました。
流石に三度目ともなると、それが新しい黄金アイテム出現の前兆なのだとイルカにも分かりました。

う…ッ、こ、これは…!

眩い光の中に新たに出現したそのアイテムに、イルカは目を見張りました。
ある意味予想通りのような、そうでないような…
カカシは黄金のパンツ、U首型ランニング、腹巻といったいでたちの上に、颯爽と、黄金の火影笠を被っていました。




そう来たか、俺…!

イルカは新たに出現した火影笠を茫然と見詰めながらも、なるほど、と妙に納得していました。
忍の中でイルカが最も敬い、恩人とも親とも慕う大切な存在である三代目火影がいつも被っている笠…
それは今現在もイルカの中で、不動の格好良さナンバーワンを誇っています。
この時イルカは己の立てた仮説が間違いでない事を確信しました。

やっぱり俺の最高に格好いいと感銘を受けたものが、具現化されて見えているんだ…!なんでか分からないけど…!

上着やズボンをすっ飛ばして被り物が先に来るとは意表をついた展開でしたが、火影様に会ったばかりですし、そういった事も多少影響しているのかもしれません。
それにしても、黄金のメロスパンツに父親のU首型ランニング、腹にはバカボンパパ腹巻を巻き、頭には火影笠といった出で立ちで立ち尽くすカカシの姿と言ったら…!

……なんて格好いいんだ!

我を忘れ、イルカはぼうっとその姿に見惚れてしまいました。
イルカの考え得る最高の衣服を身に纏ったカカシは、言うなれば、イルカ的理想の服装と着こなしをしていました。
今から野良仕事に行くような、夏場縁側で下着姿で寛ぐ親父のような…そんな格好に口布と額当てがプラスされた様は何処から見ても怪し過ぎなのですが、イルカはどこまでもずれた感性の持ち主なのでした。
最高の格好をして全身を眩いばかりに輝かせるカカシの姿は気高く、そして神々しく、まるで後光が差しているかのように見えます。
同じ男同士だというのに、イルカはなんだかドキドキしました。
「イルカ先生…?ど、どうかしましたか…」
カカシは戸惑った声を上げながら、じいっと注がれたイルカの視線に恥ずかしそうにして股間を手で覆い隠していました。
イルカにはパンツを穿いて見えているというのに、どうも視線を感じたらそこを隠す、が習慣になっているようでした。
なんという悲しい習慣でしょうか。
イルカはハッと我に返って、顔を赤くしながら慌てて弁明しました。
「ち、違うんです、俺がはたけ上忍をじっと見詰めていたのは、実は黄金のアイテムが…」
「まさか…また、増えて…?」
カカシの問にイルカは声に出して答える代わりに頷きました。
ごくり、とカカシが唾を飲み込みます。
「それで…今度は何が見えますか…?」
「…火影笠です」
「…火影笠…」
鸚鵡返しに呟きながら、カカシは自分の頭に手を遣り、がしがしと熱心に掻き混ぜました。
「俺…今頭に何も被ってないんですけど…」
「はあ…いらした時は確かに何も被ってませんでした…」
「そうですか…」
何処か消沈したように呟くカカシにイルカは吃驚しました。今までの反応とまるで違います。

腹巻が出現した時は期待するような眼差しをして、興奮していたのに…どうしたんだろ…?

黄金のアイテム出現に解術の期待を賭ける事の虚しさに、突然気付いたのでしょうか。十分に有り得る事です。
それともまたイルカが嘘をついているとでも思って、呆れているのでしょうか…
さっきまでとは違い、今度は嫌な具合に胸をドキドキさせながら、イルカは尋ねました。
「はたけ上忍こそどうかなさいましたか…?火影笠が見えるって…信じてもらえてないですか…?」
恐る恐るといった感じのイルカの言葉に、カカシは目を瞬かせ、そして苦笑しました。
「そういうわけじゃありません…貴方の言葉は嘘じゃない…それは分かっています…。今まではただ黄金のアイテムが増えて行く事に何か期待をして、純粋に喜んでばかりだったんですが…」
カカシはそこまで言ってイルカからふいっと視線を外すと、少し自嘲気味に言いました。
「口布と額当てをした状態で、黄金のひらひらパンツにU首型ランニング、そして腹巻…俺ふと考えたんですけど、その姿ってすごくおかしいですよね…格好悪いというか…その上に火影笠まで加わったとあってはもう、おかしい云々を通り越して、不気味ですらあるような気がするんです…」
「え…」
「イルカ先生、俺の姿をどう思いますか?正直に…聞かせてください…」
カカシの言葉にイルカは目をパチパチさせました。

おかしいなんて、そんな…不気味なんて思ってないのに…
こんなに理想的な格好をしているのに…はたけ上忍はどうしてそんな事を言うんだろう…?

カカシの自信のなさそうな、不安そうな表情の理由が今ひとつ理解できません。
これは早く答えて安心させてやらねば、とイルカは急き込んで言いました。
「おかしいなんて、そんな事はありませんよ…!すごく…格好いいです!俺が今まで会った人の中で、一番格好いい服装だと思います…!」
心からの言葉にカカシの顔色がさっと変わりました。


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