最終回

 

 

 
 イルカの予想通り、カカシに掛けられた破廉恥の術は解けていました。
 イルカの報告を受けて、火影様が特殊諜報部に命じて、周囲への首実検ならぬ身体実験を何度も行わせ、夥しい量のデータを取った上で出した結論ですから、間違いはありません。
 その事実を受けて、はたけカカシ条例は来週の議会での承認を以って撤廃される予定で、里に混乱の無い様、その日火影様とカカシは共同で「着衣声明」を発表する段取りになっています。
 「裸の上忍様」の長く悲しい歴史にようやく幕が下りる日がやって来たのでした。

 こんな日が来るなんてのう、もうこれで思い残す事も無いわ、

 と火影様は事ある毎に四代目の遺影に話しかけては、目元を拭う毎日です。
 どうして破廉恥の術が解けたのか、それはまだ解明途中ですが、
「カカシの好きになった相手が同じようにカカシを思ってくれた上、同じように人前で真っ裸になってくれる事……おそらく、このふたつが破廉恥の術を解く為の必要条件だったんじゃろう、」
 火影様は解術が立証された後、カカシとイルカを前に己の見解を述べました。
「今更改めて言う必要も無いが、この術を掛けたものは人の心を熟知した相当の手練よ……万が一にも全裸の男を好きになる物好きが現れた時に備えて、人前で真っ裸になるという難しい条件を咄嗟に付加したんじゃからの……用心深いというか容赦ないというか……いやはや。しかし流石の敵もカカシの為に人前で全裸になる馬鹿がいるとは、考え付かなかったようじゃの〜」
「火影様、馬鹿は余計です…」
 ニヤッと人の悪い笑みを浮かべる火影様に、イルカはごにょごにょと抗議しました。
 思わず小さな声になってしまったのは、確かに俺って馬鹿かもなあ、とちょっと自覚があったからです。
 解術については一頻り自論を展開した火影様も、しかし話が黄金アイテムの出現の謎に及ぶと、途端に言葉を濁しました。
 
火影様は黄金アイテムの出現について、どうにも説明が付かぬようで、
「イルカよ、お前が見たという黄金アイテムの数々は結局何じゃったんかのう…解術とは無関係のようじゃし…」
 やっぱりお前の言う通り、一時的な脳波の異常が見せた幻覚だったのかのー?と心配そうに眉根を寄せるばかりでしたが、当のイルカは全く気にしていませんでした。
 なんとなくですが…黄金アイテムの出現について、自分の中である程度納得のいく答えが出ていたからです。
 上手く説明する事ができませんが…

 黄金のアイテムは俺のはたけ上忍への好意の度合いを表すバロメーターだったんじゃないか?

 イルカはそう思っていました。
 初めて出会った時カカシは黄金のパンツを穿いていましたが、思えばあの時ナルトを助けてくれたカカシに対し、既に特別な感情を抱いていたのでしょう。
 その思いが具現化し、カカシにパンツを穿かせたのです。
 それが自分の脳内フィルターによるものなのか、それとも敵の掛けた術が関係しているのか……その辺の事はイルカにもよく分かりませんが、兎に角黄金のアイテムがイルカの心を反映している事を確信していました。
 歴代のイルカ的男性理想像の象徴たるアイテム、メロスパンツ、火影笠、U首型ランニング、バカボンパパの腹巻…などなどをカカシが次々着込んで行ったのも、カカシに何度も危ないところを救われ、「こんな忍になりたい」とカカシを憧れ慕う気持ちがイルカの中で大きく育っていった表れでしょう。
 はじめのうちは同性として憧れているだけに過ぎなかったのが、しかしカカシにキスされた事を切っ掛けに、自分でも気付かぬうちにカカシを恋愛相手として意識し始めたのでしょう。
 その変化が初の女性アイテムを――割ぽう着を出現させたに違いありません。
 というのもイルカの頭の中を、恋愛相手=異性という単純且つ頑なな図式が支配していたからです。
 同性≠恋愛相手という考えにこだわるあまり、自分の気持ちにずっと気付けずにいましたが……
 
カカシを好きだという気持ちがMAXになって、最後にカカシを花嫁ごりょう姿にしたのでしょう。

 …あの時俺は永遠を望んだんだ、きっと。ずっとはたけ上忍と一緒にいたいって…

 男であろうとなんであろうと構わない、この人が好きだと。
 ようやく気付いたのです。
 ひょっとすると黄金のアイテムは、頑ななイルカに真実を知ら知らしめる為に出現したのかもしれません。

 だから本当の気持ちに気付いた今は、もう見えなくなったのかも…

 イルカは黄金アイテムの不思議をそんな風に考えていました。
 根拠の無い事なので黙ったままでいたのですが、
「火影様が脳波の異常かもしれないって…だ、大丈夫ですか、イルカ先生…?一度精密検査を受けた方がいいんじゃ…」
 火影様の言葉を真に受けて、あまりに深刻な顔でカカシがしつこく言うものですから、イルカは仕方なく自分の思っている事を話して聞かせました。
「そういうわけですから、脳波の異常ではないと思うので心配しないでください」
 最後にそう言って結ぶと、カカシは納得したのか、ようやくホッとしたような表情を浮かべて、
「それにしてもどうしてパンツやU首型ランニングといったものたちが、全て黄金に輝いていたんですかねえ…」
 今度はそんな事を不思議そうに呟きました。
「それは好きな人が輝いて見える事が影響しているんでしょう、」
 イルカはアッサリと言いました。
 初めて会った時からカカシは輝いていました。
 高貴なる光を放つ、黄金のパンツをはためかせて。

 そう、多分…

「俺は…初めて会った時からあなたに惹かれていたんだと思います…」
 憧れにしろ何にしろ、それは確かな事実でした。
 イルカの言葉に カカシはカーッと耳朶まで赤く染めて言いました。
「イルカ先生が初めて会った時の事を覚えていてくれたなんて…すごく嬉しいです。てっきり忘れられているものと…」
「そんな…忘れる筈ありません。ずっとお礼を言いたかったのに今まで言えず仕舞いで…あの、今頃で申し訳ないですが、あの時はナルト共々助けていただいてありがとうございました…!」
 慌ててイルカが頭を下げると、カカシが右目を三日月に撓めてフ、と優しい微笑みを浮かべました。
「お礼を言うのは俺の方です…破廉恥の術を解いてくれてありがとうございます……裸の俺を好きになってくれて……ありがとう…」
「…はたけ上忍…」
「あなたが好きです…ナルトとあなたを川で助ける以前から、ずっと…好きでした……」
 深く染み入るような声音にイルカの心は震えました。
 カカシの言葉の一つ一つがまるで媚薬のようです。
 「好き」という言葉がこんなにも、痺れるような幸福感を与えてくれるものだとは、イルカは今まで知りませんでした。

しかし…はたけ上忍って、そんなに昔から俺の事が好きだったのか…一体いつからだろう…?何処で俺の事を知ったんだろう?

 様々な疑問が頭に浮かびましたが、聞いたところで明確な答えは無いように思えました。
 自分もカカシの事を『気が付くと、どうしようもないほど好きになっていた』のですから。
 だからイルカは何も聞かず、
「俺も、はたけ上忍の事が好きです…」
 それだけ言葉にして、にこりと笑顔を浮かべました。
 今はこの痺れるような幸福感だけを、分け合っていたくて。
 
するとカカシが一瞬痛そうに眉を顰めて、急いたように唇を寄せてきました。
 あ、キスされる…と思った瞬間。
 ゴホンとわざとらしい咳が遥か後方から聞こえて、ふたりは慌ててパッと身体を離しました。
 そうでした。気配が無いのですっかり忘れていましたが、今現在も木の葉保安庁暗部所属『はたけカカシ条例』施行委員の暗部がひとりひっそりと、カカシを背後から護衛しているのです。
 はたけカカシ条例の撤廃は決まっているものの、まだ議会の承認を得ていない為、カカシから全ての制約を取っ払うわけには行かず、こんな中途半端な事になっているのでした。
 
まあ、それも来週までの辛抱です。
 露骨にガッカリするカカシにイルカは苦笑しながら、
「来週『着衣声明』を発表したら、今度こそ大手を振って食事や映画に行きましょう、はたけ上忍は何処へ行きたいですか?」
 朗らかな笑顔を浮かべ、そう尋ねました。
「真っ裸の時はあそこに行きたい、これがしたいって、いつも考えていたのに……いざ現実になると思いつかないものですね…まだちょっと信じられないのかもしれません…この状況が……」
 カカシは真剣に考え込んでいましたが、突然思いついたようにパッと顔を上げて言いました。
「海…海はどうですか?もう泳げる時期だと思いますし、恋人の定番って感じだし……」
「海ですか…」
「あっ、」
「え?」
「あ、いや、あの……折角破廉恥の術が解けて、服を着た姿が見えるようになったのに……また海パン一丁姿になる海を選ぶってどうなのかなと思いまして……」
 真っ赤になってゴニョゴニョと言い訳するカカシの姿に、こっそりプッと吹き出しながらも、愛しさが募ります。
 
俺は本当にこの人が好きだなあ、と思いながら、イルカは言いました。
「海に決めましょう。海パン一丁姿だろうと、ちゃんと服を着込んでいようと、変わりはありません。どちらのはたけ上忍も俺は好きですから。」
 カカシは赤い顔を更に真っ赤にして、暫くの間微動だにしませんでしたが、やがてコクリと頷きました。
「楽しみですね、」
 言いながら、イルカの心は既に海へと飛んでいました。
 
帽子をかぶって。
 
お弁当を持って。
 太陽の下、何処までも続く海岸を、カカシと手を繋いで歩こう。
 その時の予行練習とばかりに、イルカが暗部の目を盗んでそっとカカシの手を握ると、カカシがそれはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべました。
 カカシの顔は真っ赤でしたが、イルカの目にはその笑顔が眩いほどにきらきらと金色に輝いて見えました。



 終わり